第003話 再生
「現状を理解してもらえたみたいだし、次の話に移ろうか」
グレアモルの説明が終わると、ソリストネがまたせり出してくる。
自分が説明しようとしていたところをグレアモルに横取りされた為か、少し不機嫌そうな感じだ。
――――歯車に表情は無いが―――
「まずキミがこれから転移する世界『アクゼリート』、僕らの神様がいる世界だね。文明はそれ程進んでいる訳では無いね。大体キミのいた世界の中世レベルってところかな? あ、でもキミのいた世界より神々の力が強いから、俗に言う『魔法』みたいなものがあるね」
テンプレと言うかそう言うものなのか、異世界と言う単語を聞いて九郎も思い浮かべたファンタジーな世界が彼等の管轄らしい。
(――なるほど……魔法があるのか……そうすると、今流行りのアニメみたいに『俺Tueee』みたいな?)
姿や格好はチャラけているが、九郎はそう言うオタク趣味にも理解がある。
友達を容姿や趣味で選ばないので、不良からオタクまで交友関係がかなり広い。
少々、御都合主義的な未来を想像しながら、九郎はソリストネの話に耳を傾ける。
「あまり世界について詳しく話すと、感動が薄れちゃうかも知れないから、詳しくはしないね。でだ、その世界にキミが行った後、キミがすべき『
そう宣言すると、ソリストネはグレアモルと後ろを向いて何やらこそこそと話しながら何枚かの羊皮紙を見比べだした。
「……コレ大丈夫かなぁ?」
「これは他のでも達成できそう……彼ならこの辺が……」
「―――これかぁ……まぁ、いつも来る奴らよりは可能性ありそうだけどさー……」
なんとも不安を掻き立てる会話が九郎の耳に飛び込んでくる。
所在なく今は見えない左手の感覚を不思議そうに確かめていた九郎は、少し不安に駆られた。
しかし九郎が口を挟む前に話し合いは終わり、ソリストネは一枚の羊皮紙を掲げて咳払いをする。
「―――えー、富士 九郎。汝に我が世界における『
「は?」
高らかに下された宣言に単語のみの疑問の声。
(何言ってんの?)
九郎は怪訝な顔でソリストネを見上げる。
「おほん、えー『10人分の真実の愛を集めよ』!!」
「そうじゃねえよ! 意味を聞いてんだよ! 大体なんだ『真実の愛』って!? 今さっき女に浮気されて、振られて、死んじまった人間の傷口えぐるような事言ってんじゃねぇ!!!
それによ! その結果の、このバラバラ死体状態の、ゾンビも真っ青なこの姿で誰が愛を囁くんだよ!? 寄ってくんのは精々犬や鴉しかいねーよ!!!」
九郎は声を荒げてがなりたてた。
今の九郎の姿はどう見ても出来の悪いスプラッタ映画の敵方。ゾンビ映画にそのままエキストラとして出演できそうな、それはそれはグロイ姿だ。
血の匂いもしていないので忘れそうになってしまうが、自信のあった顔は今は見るも無残な文字通りのグロ面。
この姿を見て愛を囁いてくる女性がいたら、逆に九郎が引いてしまう。
ソリストネはともかくグレアモルは一応は人の姿をしているのに、何故そこに気が付かないのかと、九郎は眉を吊り上げる。
「じゃあ先ずその心配を解決してあげましょう」
思わずいきり立って立ち上がった九郎に、グレアモルは苦笑して九郎の胸に手をあてた。そして目を瞑ってぶつぶつ何やら唱える。
変化は一瞬にして現れていた。
―――赤い空気。
例えるならそんな風な、赤い粒子のような光が、九郎の見えない左手や左足、腹、顔、右腕に絡みつく。
程なくして九郎の体にも変化が起こる。
見えない左手から骨が伸びるように生成され、筋、筋肉、皮膚と現れてくる。
さながら映画の『透明人間』を逆再生したかのような、まさしく神の奇跡とでも呼べるような『人体組織の再生』が九郎の目の前で起こっていた。
九郎の体が元に戻るのにものの1分も掛かっていない。
ついぞがなり立てていたことも忘れ、九郎は見慣れた自分の腕をぺたぺたと触る。
「すげぇな……これが魔法てやつか……」
「………違うわ。これは私から貴方に贈る『
そう答えてグレアモルは薄く微笑む。
――――
その力に触れて九郎はただただ目を瞠る。
1秒後には死ぬと宣言された無残な体。
それを一瞬で元に戻す力はまさしく神の力と言って良い。
「えー。グレアモルずるい! せっかく僕が焦らして復活させようと思ってたのにー。まーた話の腰おっちゃうしさー」
ソリストネはまたも不満気に翼をばたつかせていた。
どうもこの歯車の形をした天使はおしゃべり好きな性格のようだ。
九郎は自分の掌の感触を確かめながら、ソリストネに向き直る。
「あー悪い悪い。しかしすげえな、『
神の力の一端を見た事で、九郎の中にもグレアモルの方にはある程度の敬意が生まれていた。が、どうにもソリストネに対しては態度を変える気にならない。
「ん~。あながち間違っちゃいないんだろうけど……」
軽薄な話し方が問題なのだろうかと、九郎がソリストネを眺めていると、彼は翼を器用に絡ませ、腕組みを形づくりながら言い淀む。
「この『
九郎の口調は気にならないのか、ソリストネはざっくばらんを通り越して、余りに軽い例えを持ち出し説明を始める。
ソリストネが言うには、天使や死神は世界そのものには干渉できない決まりになっているそうだ。
唯一関われるのは死に行く直前の魂だけ。
しかし魂の殆んどは既に行き先が決まっていて彼らに手出しは出来ない。
だが行き先が決まらなかった魂。九郎のように、善行と悪行が吊りあってしまったニュートラルな魂は、続きの生を与えることで続きの人生の前に彼らが関わることができる。
そこでそういった人間に力を授けて、彼等は『
「分かり易く言うと主が親会社。僕たちが子会社。そんでキミ達がその社員って言うか、派遣のフリーター? どう? 分かり易いかな?」
分かり易いがとても軽い。神様の指令をフリーターが担っているかと思うとなんだかショッパイ気持ちになる。
身も蓋もない例え話で説明をするソリストネに九郎は渋面を向ける。
「そんで先の質問。『真実の愛』とは何かって事だけど……。これは申し訳ないんだけど僕らにもよく解らない。『純粋な好意』みたいなものだとは思ってはいるんだけど。だからそういった、皆に愛される英雄! みたいになればいいんじゃないかなぁ……」
なんともフワフワとした指示もあったもんだと、九郎の顔はさらに歪む。
しかし、先の説明から九郎の中で新たな疑問がまた一つ生まれる。
「じゃあ別のもっとわかり易い『
あえて難しそうな(ハーレムという言葉には魅かれるが)試練に挑む気にはなれない。
九郎の意見にソリストネは肩をすくめるように翼を動かす。
「その辺はこっちの都合もあるから言いにくいんだけど……。キミはさ、見た目も悪くないし、歳も若い。キミならこの『
ソリストネは身を乗り出すようにして翼を交差させた。
なんだか手揉みしているようにも見えなくもないソリストネの動作に、九郎は呆気に取られる。
その一瞬を突いてソリストネは捲し立てるよう話を続ける。
「さっきグレアモルが話したように、この部屋に来る魂ってのはさ、だいたい
―――必死だ……それはもう新聞の勧誘ごとき必死さだ。洗剤と同じ扱いで『
(こいつらはこいつらで苦労してんのかなぁ……)
凄い勢いで持て囃されて、半ば呆れて九郎は溜息を吐く。
初対面の相手にここまで誉めそやされると悪い気はしない。
「わーったよ。どの道この部屋でぐちゃぐちゃ言ってても始まらなさそうだし、続きの人生ってのは確かに魅力だしな。振られたばっかの俺には、ちと心に痛えもんがあるが……。但し、その『
「うんうん! 受けてくれるなら何だって確認してよ」
九郎が肩を竦めて見せると、ソリストネは喜色溢れる声でガクガクと歯車を回転させた。
九郎はその様子を眺めながら、湧き出てくるじんわりとした不安を隠し思案する。
(―――こいつ……表情読めねえから、いまいち騙されているようで怖ぇ……)
声色から感情が見え隠れしているが、流石に歯車の表情など分かる筈も無い。
九郎はここが山場だと感じて、大きく息を吐き出し気持ちを落ち着かせると真正面からソリストネを見つめる。
「まずは報酬の話だ。俺がその『
まず第一の確認。死の直前にあると告げられた自分が、何のために人生を続けるのか。
人は死に向かって旅をしていると言えば哲学的に聞こえるが、九郎は死ぬために生きたい訳ではない。
「ああ。もっともな考えだね。安心するといいよ。もしキミが『
――先の死の運命を無しにして再び自分の人生を歩める――。
確かに報酬としては上々だ。生きていく為にがんばるのであれば……と九郎は頷く。そしてここからが勝負だと、九郎は気合をいれて交渉に臨む。
「次の質問だ。俺はそっちの世界で10人から惚れられなきゃならねえって話だ。そうなるとただ単に生活してただけじゃ、絶世の美男子でもなけりゃ無理って話じゃね? 褒めて貰っといて何だが、俺はこの通り金も力もねえチャラ男だ。だいたい美醜の基準も違うかも知れねえしな。
てなると分かり易い男の魅力って奴、お前が言ったように『英雄』ってのが一番しっくりくる。女は金にも寄ってはくるだろうが今回の『真実の愛』てなると、金に寄ってくる女は違うだろうし……そう考えると俺にはちょっと荷が重てえ。
喧嘩できねえって訳じゃないけど『英雄』なんてはまがりなりにも呼べねえ一般庶民だ。そこんとこはどうなるんだ?」
第二の確認。神様から指令を受けたとしても、まったく知らない世界に放り込まれて順風満帆にいくなどと考えるのは余りにも楽天的過ぎる。
危険がある世界だと彼ら自身が言っていた手前、九郎は自分の身の保障を得ようとペラを回した。
少々無理やりな屁理屈だとは思いながらも、不安を拭うもうひと押しが欲しい。
九郎の伺う様な視線にソリストネは胸をはるような仕草をしてみせると、自信ありげに翼を広げる。
「そのへんは大丈夫さ。さっき言ったでしょ? ――キミにはもう一つ『
先程描いていた
気合をいれたのが肩透かしに感じるくらいに、ソリストネの言葉は魅力的だった。
(――――この条件ならいける!!!)
そう確信した九郎は立ちあがって胸を叩くと、
「わかった! やってやんよ! その『
高らかに宣言していた。
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