after20 友達と、後輩と、妹
体育祭も終わって、先月までの暑さが嘘のように気温が下がってきた十月。
私達は文芸部を引退し、二年生はもう少しで修学旅行だが、その前に一つ。今年から新しく、学校行事が追加されてしまった。
そう。生徒会選挙である。
「今回はさすがに急すぎるわよね……」
「いつもとあんまり変わらない気もするけどね。文化祭も体育祭も、智樹くん結構急に言い始めたし」
文化祭では日程の見直し、体育祭では紅白のチーム分けと、我らが会長の思いつきでいろんな仕事をやらされてきたけど。
今回は本当に一度叱ってやろうかと考えた。だって、生徒会選挙をやろうと言い出した理由が、次の役員を自分で決めるのが面倒だからって、さすがにどうなのよ。
「生徒会も大変そうだにゃー。なにか手伝えることあったら、いつでも言ってね。姫達のためなら身を粉にして働くから!」
「ありがと翔子。でも大丈夫よ。今のところ、仕事の殆どは智樹にやらせてるから」
「まあ、自業自得だよね」
今現在昼休みも、生徒会室にこもって一人で書類と向き合っていることだろう。教師の許可を取り付けるのは容易だったが、問題はそこから先。開催までだ。選挙管理委員会も設置して、その他書類関係の量もバカにはならない。蘆屋高校はそう古くないとは言え、初の試みなのだから当たり前だ。
さて、そんな智樹を放っている私達はと言うと、第二校舎は三階、その奥にひっそりと存在している空き教室にいた。叔父のコネと生徒会の権限をフル活用して、最近はこの教室を半ば私物化している。
昼休みに翔子と理世の三人、時たま年下二人も合わせた五人で昼休みを過ごすのが、ここ最近の恒例だ。
「それにしても、姫達もそろそろ生徒会終わりかー」
「それが終われば待ってるのは受験勉強だけ。嫌になるわ」
受験勉強に追われてしまえば、自然と智樹との時間も少なくなってしまう。先月風邪で学校を休んだ時のように、容易に智樹に甘えることができなくなってしまうのだ。これは非常に由々しき事態。
やはり勉強は悪い文明ね。即刻破壊してもらわなくては。
しかし現実に破壊の大王がいるわけもなく、勉強に追われるのはなにも私一人ではない。
「桜ちゃんと智樹くんは、県内の国立だっけ? いいなー。私も近場が良かったよ」
「理世は美容系の専門学校だったかしら」
「うん。実家から通えないことはないんだけどね。県外だから、電車に揺られて一時間」
「それまた遠いにゃー」
「翔子は?」
「四宮のずっと南の方にある女子大だよん。りよりんに比べたら、まだ近い方かな」
こんな感じで、それぞれがそれぞれの進路に向かって、頑張ったり悩んだりしている。一年前なんて受験のことは全くと言っていいほど考えてなかったのに、時の流れと言うのはかくも残酷ね。
「でもまあ、今からあんまり受験のこと考えてても、しょうがないんじゃないかにゃ? まだ先のことだし、暫くは気楽にやってても、問題ないと思うけどねー」
「翔子ちゃんはちょっと気楽過ぎると思うけどな」
しかし、翔子の言うことも一理ある。もちろん勉強は大切だけど、三年の三学期は登校義務がないから、今のうちに級友と親交を深めている生徒だって少なくはない。
私の場合は親交を深めるような友人がこの二人しかいないけど、翔子と理世は私と違い、友達が多い。
「でもたしかに、遊べるうちに遊んどきたいよね。今度女子会でもする?」
「悲惨な結末にしかならなそうね、それ」
理世が呼ぶとなれば、この三人に小梅と綾子の五人。つまりはいつものメンバーになるわけで。わざわざ女子会なんて銘打ってしまえば、話題に上がる人物は自然と決まってしまうわけで。
どうなるのか、すでに予想は出来てしまう。
はあ、とため息を吐いた私に、理世も苦笑いを返す。分かってるなら提案しないでもらえるかしら。
「ところでさ、姫」
嫌な笑みを浮かべた翔子が、メガネを妖しく光らせて口を開いた。
一年以上の付き合いで、ある程度察しはつく。こういう時の翔子は、面倒なことを聞いてくるやつだ。
そして投げかけられた言葉は、やはりとてつもなく面倒なもので。
「卒業したら少年と同棲するって聞いたんだけど、それ本当かにゃ?」
「えぇ⁉︎ 桜ちゃんと智樹くん、同棲するの⁉︎」
またも漏れてしまうため息。情報源は、まあ小梅でしょうね。家族以外には誰にも言ってなかったし。ていうか理世煩い。体ゆすらないで。どういう事なのって聞かれてもそういう事なのよ。
「ちょっと桜ちゃん! 私それ聞いてない!」
「言ってないもの」
「なんで言わないの!」
「こうなるからよ」
本日三度目のため息。幸せが逃げて行ったら理世のせいにしよう。
私の肩から手を離した理世は、今にもうがーとか叫び出しそうだ。キャラ崩壊がひどいからそれはないと思うけど。
「その様子だと本当みたいだねー」
「あんまり言いふらさないでよ。処理が面倒だから」
「こうなったらもう、私の入る隙なんてないじゃん!」
「最初からなかったわよ」
「知ってるよ!」
ちょっとこの子、情緒不安定すぎない? 心配になってくるんだけど。
ひとしきり騒いで落ち着いたのか、椅子に腰を下ろした理世は沈痛な面持ちでこちらを見据える。そんな表情で見られてしまえば、不思議と私も真剣な表情になってしまって。
「……シたの?」
「……」
「あー! 顔逸らした! これは黒だよ翔子ちゃん!」
「これは黒ですにゃー」
なんてことを聞くのかこの灰かぶりは。そんなの正直に答えられるわけないじゃない。いえ、顔を逸らした時点で答えてるのも同然なのは分かっているんだけど。
顔が熱くなってきた。最近冷えてきてた筈なのに、もしかして夏が再来したのかしら。
しかし理世からの追求は止まることなく、ニヤニヤと笑ってる翔子と一緒に追求してくる。
「いつ! どこで⁉︎」
「私的には、四月の少年の家辺りが怪しいと思うよん」
なんで当てて来るのよ……。私、なにも言ってないんだけど……。
この際智樹でもいいから誰か助けてくれないかしら。いえ、智樹はこの教室のことを知らないから、無理なのは分かってるんだけど。
なんて思っていたら、教室の扉が勢いよく開かれた。
「こんにちはー」
「やっぱり、みなさんまたここにいたんですね。夏目先輩が探してましたよ」
入って来たのは小梅と綾子。昼食はそれぞれ済ませて来たのか、二人とも手ぶらだ。
とりあえず理世を黙らせるためにひと睨みして、最近仲のいい歳下二人を出迎える。
「こんにちは、綾子。智樹とはどこで会ったの?」
「先輩たちの教室の前ですけど」
「そう。生徒会室から出る暇があるなんて、随分余裕なのね」
「ちょっと桜ちゃーん。私の話終わってないんだけどー?」
「灰かぶりは黙ってなさい」
不満げに頬を膨らませる理世。シンデレラは所詮時代の敗北者なんだから、潔く諦めればいいものを。
「なんの話してたの?」
「小梅は知らなくていいことよ」
「どうせ夏目先輩が関係してることでしょう。この人達が言い合うなんて、それしかないし」
「お兄さんは相変わらずモテモテだねー」
「一周回ってかわいそうな気もするするけどにゃー」
「あんなのがなんでモテるのかもよくわかりませんけどね」
揃いも揃って、人の彼氏のことを随分バカにしてくれるわね。まあ、概ねその通りではあるんだけど。本当どうして、あんなのがモテるのかしら。不思議だわ。
噂をすればなんとやら。机の上に置いてあったスマホが震え、画面を覗き込んでみれば智樹からのラインだった。
メッセージはシンプルに一言。『助けて』
さすがにそろそろギブアップと言ったところかしら。放課後はちゃんと手伝ってあげる旨を伝えれば、顔を輝かせた猫のスタンプが返ってくる。
それが微笑ましくて、クスリと笑みを一つ。
スマホをスリープモードにして机の上に置き、ふと顔を上げれば。他の四人全員の視線が、なぜか私に向いていた。
「なに、どうしたのよ」
さすがにちょっと怖くて少し身を引けば、呆れたような苦笑を浮かべた小梅が、四人の意思を代弁した。
「なんかお姉ちゃん、最近丸くなったよね」
「……体重はあんまり変わってないんだけど」
「そうじゃないですよ。白雪先輩、去年と比べてよく笑うようになったの、自覚あります?」
ため息を吐きながらそう言ったのは綾子。それに理世と翔子も、うんうんと頷いている。
「最近、桜ちゃんの毒林檎はあんまり見なくなったもんね」
「昔はもっと、近づくもの皆傷つけるギザギザハートの白雪姫、って感じだったのににゃー」
「あんまり自覚はないんだけど……」
しかし、この子達が言うのならそうなのだろう。智樹を除けば、最も親しくしているのがこの四人だから。
たしかに最近は、と言うよりも理世とちゃんと友人になってからは、誰かに対して無闇矢鱈に毒を吐くことはなくなったけど。
よく笑うようになった、なんて初めて言われたし、意識してそうしていたわけでもない。
「でもまあ、良いことなんじゃないですか? 少なくとも私は、昔よりも今の白雪先輩の方が好きですし」
「あっ! 綾ちゃん先輩がデレた!」
「デレてないから!」
いえ、今のはデレてたわね。さすがはツンデレ。それをもう少し、樋山にも向けることが出来たらいいのに。とは、思っても言わないであげましょう。
「綾子のデレはどうでもいいとして」
「それはそれでムカつきますね」
「私、そんなに笑うようになってたのね……」
思い返してみれば、心当たりがいくつか。智樹といる時、この子達といる時、紅葉さんとたまに会う時。たしかに記憶の中の私は、笑顔を浮かべている。
それはきっと、少し前の私では、決してあり得なかったものなのだろう。
悪くない変化だ。どころか、これはむしろ好ましい類のもの。そしてそんな変化を私に促してくれたのは、どう考えても彼で。
「今、少年のこと考えてたでしょ」
ニヤリと笑った翔子が、揶揄うように言ってきた。だから、なんで分かるのよ本当に。怖いんだけど。
「さて、どうかしらね」
「そーんな幸せそうな顔しといて、少年以外のこと考えてるとか、ありえないにゃー」
「……そんな顔してた?」
「それはもう思いっきり」
途端、顔が赤くなるのを自覚した。いくら心を許しているとは言え、そんな顔をこの子達に見られるのは恥ずかしい。
特に歳下二人には、あまり見られたくなかった。私だって、出来ればカッコいい先輩と姉でいたいのだから。
「あーもう! 姫は可愛いにゃー!」
「翔子さんずるい! あたしもお姉ちゃんに抱きつくー!」
「ていうか! 私の前で惚気ないでよ!」
「理世先輩、いい加減諦めたらどうですか?」
翔子と小梅が抱きついてきて、理世が騒いで綾子がそれを宥める。
些か騒がしい四人ではあるが、それでも私の大切な友達と後輩と妹だ。智樹とはまた違った意味で、とても大切な存在。
ならばきっと。いえ、絶対に。私がここまで変わることが出来たのは、この子達のおかげでもあるんでしょう。
なんてことを思った、とある秋の昼休み。
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