after17 だってその方が効率的じゃない?

 季節は巡る。

 あれだけ寒かった冬はとうに過ぎ去り、桜の花弁を降らせた春は終わって、一年生達も学校生活に慣れてきただろう。

 気がつけば夏になっていて、少し外を歩いただけでも汗をかいてしまう暑さが、ここ数日続いている。つまり、ついに夏休みが到来したのだ。

 先月の文化祭では、色々と忙しかったりしたもののそれさえ過ぎればあとは平和なものだった。本当、智樹がいきなり「文化祭のスケジュール見直してみないか?」とか言い出すもんだから、結局は実行委員会まで立ち上げてしまったし、生徒会恒例らしいオープニングセレモニーの演奏の練習もあったから、相当忙しかったのだ。まあ、楽しかったからいいんだけど。定期テストで智樹に勝てたし。

 さて、何はともあれ夏休みだ。三年生の私達に宿題なんてものはないが、それでも受験勉強を怠るわけにはいかない。智樹は割と余裕そうだが、私は彼と違って、継続的な努力を惜しむわけには行かないのだ。綾子や三枝なんかには天才だのなんだのと持てはやされたりするものの、別にそんなものではない。

 本当に天才なのは智樹の方だろう。

 勉強とスポーツはおろか、文芸部ではその文才も発揮し、先日の文化祭ではベースだって難なく弾いていた。それも、ほんの少し練習しただけで。スポーツに関しては、何故かテニスとゴルフは出来ないとか言ってたけど。その後、野球経験者なら仕方ないことだとか、言い訳も口にしていたか。

 閑話休題。繰り返すようだが、私達は受験生である。二学期が始まれば受験に向けて本格的に学校も動き出すだろうし、夏休みの間に夏期講習へ行く学生だって多いだろう。志望校もそろそろちゃんと決めなければならない頃合いだ。

 そんな大事な時期に、私達は。


「次のステージ、ダンゴムシ出てくるわよ」

「うへぇ……僕ダンゴムシ嫌いなんだよね。なんか、生理的に受け付けない」

「女々しいこと言ってんじゃないわよ。それに、多少の嫌悪感があった方が、容赦なく攻撃できるでしょう?」

「思考がバイオレンス過ぎるだろ。君あれだな、小さい頃はカマキリとか焼いてたタイプだな」

「命を粗末に扱うやつは死ねばいいと思うわ」

「一つの文章で矛盾しないでくれ」


 智樹の家でゲームをしていた。もっと言えば、地球を守っていた。青い地球を守るためEDFが出動していた。因みにナンバリングは5である。この歌は4のやつね。

 いえ、別に勉強をサボってるとかそんなのではなくて。勉強もちゃんとした上でゲームしてるのだ。これは息抜き。人間の集中力なんてそう長くは保たないのだから、こうしてゲームしているのはむしろ効率がいいとまで言えてしまう。そう、これは必要な行為なのよ。誰にも咎めることは出来ないわ。

 画面が切り替わって、いざ戦闘開始。ここが決戦のバトルフィールドね。

 山岳地帯から転がってくる無数のダンゴムシども。これが宇宙船から降下してくるタイプだったら、宇宙船を墜とさない限り無限ポップだったけど、このステージは数に限りがあるからまだマシだ。


「ところで桜」

「なに?」


 嫌いだとか生理的に無理だとか言いながらも、淡々とダンゴムシを屠る智樹。彼の使っているキャラは重武装で体力も高い代わりに足が遅いから、あまり前に出て欲しくないんだけど。


「夏休み中、どっか行ったりする?」

「どっかってどこよ」

「そりゃどこかだよ。海とか山とか」

「根っからのインドア派の私には無縁の話ね。せめてプールくらいなら妥協してあげるけど」

「家族で旅行とかは?」

「お婆ちゃんのとこ行くくらいかしら。一応その時に、千佳ちゃんと会う約束もしてるわよ」

「僕の知らない間にそんな約束してたのか」

「してたのよ」


 今回は翔平さんがお仕事だから、三人だけで女子会の予定だ。

 ダンゴムシに囲まれてしまっている智樹のキャラを、私が上空から援護する。私のキャラは、空が飛べて機動力がある上に攻撃力も全キャラで最も高い。その代わり、体力がなさ過ぎるのが致命的だけど。


「なるほど。じゃあどっか行きたいとことかないのか? ほら、来月誕生日だし」

「コミケ」

「却下」


 即答された。なんでよ。


「高校生の財力で東京まで旅行とか、さすがに無理がある。うちに残ってるお金、高校卒業までしかないんだぜ?」

「でも、天城さんからの仕送りもあるんでしょう? 学費もあの人が払ってるって言ってなかったかしら」

「それとこれとは別だよ。まさか本当に、高校卒業までのお金しか残さない、なんてわけにもいかないだろう。その後のことも見据えておかないとさ」


 大学に入ってからも、当たり前のようにお金は必要だ。仮にアルバイトを始めたとしても、それだけで足りるわけがない。

 天城さんの智樹に対する溺愛ぶりを見るに、大学へ進んだあとも仕送りはやめなさそうだし、なんなら社会人になってからもお金を送りそうと言うか、貢ぎそうな感じはあるけど、それだけで生活していけるわけでもないだろう。

 いや、ただ生活するだけならなんとかなるのかもしれないけど、例えば遊びに行くのに使うお金とか、服や本を買うお金とか、そう言ったものも必要になる。

 お金は生きる上でどうしても必要だ。世の中世知辛い。


「意外と先のこと考えてるのね」

「そうでもないぜ? 大学に進んでなにをするにしても、お金は置いとかなきゃ、くらいにしか考えてないさ。お金がなくて君とデート出来ない、なんて嫌だしね」

「その時は私が出してあげるじゃない」

「それが嫌だって言ってるんだよ。僕にもプライドってもんがある」

「コンクリートの隙間から生えてる雑草並みにどうでもいいプライドなんて捨ててなさいよ」

「雑草だって必死に生きてるんだぜ?」

「ごめんなさい、あなたのちっぽけなプライドと同じにするなんて、雑草に失礼だったわね」

「僕に失礼だとは思わないのかよ」

「でもあんな意味わかんないところの生えてても、邪魔にしかならないじゃない? いえ、どこに生えてても邪魔なんだけど」

「もう一度雑草に謝れ」


 軽口を交わしてる間にゲームクリア。画面がまた切り替わって、取得したアイテムのリザルトが表示される。


「僕はちょっと休憩する」

「なら私も」


 自動セーブがしっかりされたことを確認して、ゲームの電源を落とした。キッチンの冷蔵庫に向かった智樹が、そこに入っていたカフェオレを持ってきてくれる。反対の手には自分用にか、ブラックコーヒーが。


「ほい」

「ありがと」

「あとついでに、これも渡しとくよ」


 カフェオレと一緒に渡されたのは、智樹がポケットから取り出した銀色の物体。

 それはどこからどう見ても、なにかの鍵で。

 思わず彼の顔を見返せば、なんでもない風に言われてしまった。


「この家の合鍵。持ってた方がなにかと便利だろう?」

「たしかにそうだけど……」


 特にこの夏休み中は、あった方が便利だけとど。それでも普通、自分の家の合鍵を、こんな簡単に人に渡す? しかもカフェオレ持ってきたついでって。もうちょっとこう、なんか他に渡し方があるでしょ?

 あまりに唐突な出来事で混乱してしまっている私に、智樹は微笑みを一つ落とした。随分と余裕そうだが、少し気に入らない。


「それに、それこそ卒業した後のことだってあるんだしさ。今のうちにってやつだよ」

「待って、卒業した後のことってなに?」


 なんだか智樹の方だけで勝手に話が進んでる気がする。と言うより、話が噛み合っていない。当たり前のように合鍵を渡されて、当たり前のようにそんなこと言われたけど、私はなにも知らないのだ。


「なにって、楓さんから聞いてるだろ?」

「本当になにも聞いてないんだけど」

「本当に?」

「私があなたに嘘を吐いたことがあった?」

「割とあるね」


 ええ、まあ、そうね。結構嘘吐いてるわね、私。それも割と爆弾級のやつ。


「それにしても、よ。こんな所で嘘を言う理由もないでしょう。本当になんの話かわかんないんだから」

「……マジなのか。いや、でもたしかにこの話したの昨日だし……」


 なにやら頭を抱えてぶつぶつと呟いているが、いい加減説明してもらいたい。お母さんが絡んでる時点で厄介なことだろうとは思うけど。

 カフェオレのプルタブを開けてチビチビ飲んでいると、よし、と口に出した智樹が、何故か急にコーヒーを一気飲みしだした。

 空になった缶をテーブルの上に置き、私に向き直る。その目は、どこか決意を秘めているように見える。

 ど、どうしたのかしら突然……。そんな目されてもかっこいいだけなんだけど……。


「桜」

「なによ」

「高校卒業したら、ここに一緒に住もう」

「いいわよ」

「………………えっ、それだけ?」


 突然真剣な雰囲気を醸し出すから何かと思えば。もう少しシリアスな話だと思ってたのに、それだけもなにもないでしょう。


「それだけって、他になにか言って欲しい事でもあるのかしら」

「いや、もうちょい悩むとかさ。色々ないのか?」

「別にないけど」


 だって、どうせ遅かれ早かれだし。

 今年に入ってからだって、智樹は毎週末私の家に来て、私の家族と夕飯を食べていた。そして今、夏休みに入ってから。私は毎日のように智樹の家に来てるし、それ以前にも土日は割とお泊りとかあったし。


「元々私も考えてはいたのよね。だって、蘆屋と浅木って地味に遠いじゃない? 電車乗るのも面倒だし、家から駅まで歩くのも億劫だし。だったら一緒に住めば解決。特に悩むこともないと思うんだけど」

「そんなものなのか……」

「そんなものよ」


 どうせお母さんは、私に黙っていることで私と智樹をからかうつもりだったんだろうけど。でも残念。いつまでも娘が親の掌の上で弄ばれていると思ったら大間違いよ。


「それより。随分とその一言を口にするのに頑張っていたようだけど」

「そりゃそうだろ……」

「可愛いわね。私が断るとでも?」

「思ってはなかったけどさ。男にも色々とあるんだよ……」


 はあ、とため息をこぼす智樹を見ていると、つい笑みが漏れてしまう。この期に及んで、変なところでヘタレな彼に。

 でもなにより、彼の口から、その提案をしてくれたことが、嬉しくて。


「まあ、時間はまだたっぷりあるのだし。これからゆっくり色々と考えて行きましょう」

「ん、そうだね」


 貰った合鍵を、ギュッと握りしめる。

 一緒に過ごすとなれば、今までと違ったことがたくさん出てきて、大変なのだろうけど。

 それでもやっぱり、その未来が楽しみだ。

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