after13 甘いのは苦手なんですけど
たまには、私達の所属している生徒会の話でもしようと思う。
生徒会と言っても、漫画やラノベやアニメにあるような、絶大な権力を誇る、みたいなやつじゃない。残念ながら現実の生徒会は、その殆どの仕事が雑用だ。
文化祭や体育祭などの行事では先頭でその舵を切るものの、普段の仕事は本当に雑用以外のなにものでもない。
会長が智樹で、副会長は私。会計が灰砂理世。そして書記は、一年生の
そんな私達生徒会が今現在追われている仕事は、さすがに雑用とは言い切れないものだった。
「はい、というわけで。今年の球技大会の種目を決めたいと思います」
『球技大会』と大きく書かれたホワイトボードの前に立つ私が言えば、他の三人から控えめな拍手が上がる。
我が校の球技大会は、三学期の二月初旬に、一年生と二年生のみが行う。三年生は受験やら三月初めの卒業式の準備やらがあるから、球技大会なんてやってる暇はない。
どうしてこの寒い時期にわざわざ球技大会なんてやらないといけないのか、私には到底理解出来ないが、クラスの男子どもは割と乗り気なようで。今日の朝も、三枝や出雲が騒いでいたのを覚えている。
「副会長、随分やる気がないみたいですね」
「白雪さんは寒いの苦手だからじゃないかな? 野球部来た時も、いっつも寒そうに丸まってるし」
「最近は文芸部の部室でも完全防寒だぜ? まあ、ろくな暖房設備のないあの部室がおかしいんだけどさ」
「煩いわよ。さっさとなにかしら案を出しなさい」
ギロリと睨めば、はーいと気の抜けた返事が返ってくる。どうも最近、この三人には睨むだけじゃなにも効果がないことが判明してしまった。智樹と会計は兎も角、稲葉まで。なんだか先輩としての威厳が損なわれてる感じがするけど、深く考えたら負けだろう。
「取り敢えず、二年男子は野球にしよう」
「却下」
智樹の発言を即座に切り捨てる。野球は安全面がどうやらこうやらで、教師から許可が下りないだろう。そうなった時が面倒だ。
ちょっと拗ねた感じになってる智樹(可愛い)には悪いけど、ここは我慢してもらうしかない。
「野球がダメなら、ソフトボールにすればいいんじゃないですか?」
「ソフトボールだと僕が活躍出来ないじゃないか」
「野球だとあなたが投げて完封しちゃうでしょ。勝ちが見えてる試合なんて面白くないからダメよ」
「うちのクラスの方が野球部多いんだけどなぁ……」
灰砂理世のクラス、五組には野球部部長の新井を含め、四人の野球部がいる。しかし、もし仮に球技大会が野球になったとして、智樹が投げれば、それに対応出来るのなんて片手で数えて足りるか怪しいところだ。
「それに、あなたにまとわりつく余計な虫が、増えないとも限らないし」
「確かに、これ以上ライバルが増えるのはよくないかも」
「あら、あなたもその余計な虫の一人なんだけど?」
「あはは、やだなー白雪さん。私は智樹くんの友達なんだから、虫なんかじゃないよ?」
「会長、モテモテですね」
「おいおい稲葉、褒めてもなにも出ないぜ?」
今のは稲葉も褒めたわけじゃなくて、ただの皮肉だと思うんだけど。でもどうせ智樹も、それすら分かった上でそう返しているんだろう。今はその余裕がちょっとムカつく。
「そういうことだから、野球はなし。ソフトボールでいいでしょう?」
「まあ、仕方ないか」
「よし。ほら書記、仕事」
「副会長が書くんじゃないんですね……」
当たり前でしょ。私書記じゃないし。じゃあなんでホワイトボードの前にいるんだって話だけど。ここのリーダーがこんなのだから、私が仕切らないとそもそも会議の体すら成さないし。
その後話も順調に進み、二年男子のソフトボールに続いて女子のバスケ、一年男子のサッカー、一年女子のドッジボールと決まり、各競技のルールや参加人数なども簡単に決まった。
あとはこれを先生に報告して、ソフトボール部から道具を借りる旨を伝えれば終わり。ああ、各クラスに配布するプリントも作らなきゃだけど、その辺りは稲葉に任せてしまっていいか。
「それじゃ、僕は教師に報告してくるよ」
「私はソフト部に行ってくるねー」
「了解。こっちで残りの雑事は片付けとくわ」
智樹が職員室、会計がソフトボール部に向かい、生徒会室に残されたのは私と稲葉の二人だけとなった。
さて。この稲葉疾風だが。さすがは松井一夜先輩がスカウトしただけあって、頗る有能だ。正直、書記なんて下っ端に収めておくには勿体ないほどに。智樹なんて、代わりに会長やってくれと最早口癖のように言っている。その上やる気もあるのだから、やる気のない智樹よりも会長に相応しいかもしれない。
「それじゃ、プリント作成は任せたわよ」
「副会長も手伝ってくださいよ。なんか、みんなして僕に色々押し付けすぎじゃありません? 僕なんかに任せてもいいことないですよ」
「頼られてるって事でしょ。それを卑下するのはオススメしないわ」
ただ一つ欠点があるとすれば、自己評価があまりにも低い。
私の恋人もそれは中々のものだったが、この後輩はそれより更に。自分がどうして生徒会に選ばれたのかすら、当初は分かっていなかったようだし。
逆に、そんな奴を見つけてきた松井先輩が凄いと言わざるを得ないんだけど。あの人、本当に何者なのかしら。
「あんまり自分のことを自分で貶していると、それはつまりあなたを選んだ松井先輩や、あなたに任せた智樹と私まで貶してるのと同じ意味になるわよ?」
「……副会長のそういう屁理屈、セコイと思います」
「屁理屈じゃなくて、単なる事実よ。そしてあまり私たちのことを馬鹿にするのも、オススメはしないわ」
「はぁ……。分かりました、やりますよ」
脅しが効いたわけでもないのだろうけど、稲葉はため息を吐きながらも仕事に取り掛かった。とは言え、プリントの作成なんてそう時間のかかるものでもない。
あとは頼れる後輩に任せて、私は優雅に放課後ティータイムと洒落込みましょうか。
この生徒会室には、前生徒会が残した備品がいくつか置いてあり、その中の一つに電気ケトルがあった。どうやら、松井先輩達はこれを使って紅茶を飲んでいたらしい。
しかし私はカフェオレ派なのだ。家から持ってきたカップに、これまた家から持ってきたの粉を入れて、事前に沸かしていた電気ケトルのお湯を注ぐ。その後、これまた同じく前生徒会が置いて行った冷蔵庫の中にある牛乳と、家から持ってきた砂糖を投入すれば、特製カフェオレの出来上がり。
頑張ってくれてる後輩を労うために、稲葉のぶんも紙コップに淹れてあげた。
「はい、これ」
「……ありがとうございます」
なにか、妙な間があった気もするけど。まあ気にするほどのことでもないでしょう。
一口含み、ほっと息を吐く。この室内は暖房が効いてるとは言え、一歩外に出れば極寒地獄。こうして体を温めておかなければ。
けれど、少し砂糖が足りないかしら? そう思って砂糖を少々追加投入。マドラーで十分に混ぜていると、稲葉からドン引きしたような目で見られているのに気づいた。
「なによ」
「いえ、副会長は近い将来必ず糖尿病になるな、と思っただけです。あと太りますよ」
「失礼ね。私、太らない体質だから大丈夫よ」
「糖尿病は否定しないんですね」
「否定できる要素がないもの」
そこは認めるしかない。最近自分でも、ちょっとまずいかなーとは思っているのだけど。好物なのだから仕方ない。やめたくてやめれるものじゃないのだ。
智樹からは一度、もう砂糖そのまま食べればいいのに、なんて馬鹿みたいなことを言われた。全く分かっていないわね。砂糖そのままではなにも意味がないことに。
まあ、昔は砂糖をそのまま舐めては床に落として、家にアリが侵入したこともあったけれど。それはそれ。昔の話だ。
「会長が愚痴ってましたよ。僕まで甘党に調教させられそうだーって」
「元よりそのつもりなのだから、なにも問題はないわね」
などと会話することしばらく。カップの中身が無くなって二杯目を淹れようと思った頃には、生徒会室内にある印刷機が音を立てて稼働し始めた。
そちらに近づき、吐き出されたプリントを取ると、早速ソフトボール用のプリントが完成している。
「さすが、仕事が早いわね」
「副会長が作っていれば、もっと早く出来上がってましたよ」
「それはどうかしら」
さっと目を通した限り、修正箇所なども見当たらない。私がやっていれば、もう少し時間が掛かったことだろう。
続けて別の競技のプリント作成に取り掛かった稲葉。私が淹れてあげたカフェオレには、手をつける気配がない。
「……カフェオレ、早く飲まないと冷めるわよ」
「甘過ぎるのはそんなに得意じゃないんで、ゆっくり飲ませてください」
「そんなに甘くしたつもりはないんだけど」
私だってそれくらいの気遣いはする。自分の好きなものを他人に押し付ける行為ほど、馬鹿な真似はこの世に存在しない。それは食べ物しかり、趣味しかり。
この世の人間の数だけ、物事に対する捉え方があるのだから。私が好きなものが、他の人も好きとは限らないのだ。
その後会話もなくなり、次のプリントが印刷されたのと同時、智樹が生徒会室に帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい。早かったわね」
「……」
「なに、変な顔して」
生徒会室に入ってきた智樹は、なんとも言えない微妙な表情をしている。はて、教師になにか言われてきたのだろうか。生徒会長と言っても、その実態は中間管理職のようなもの。なにかしらお小言でも頂戴して来たのかもしれない。
なんて、私の予想は的外れだったようで。
「いや、なんか今の、夫婦みたいで良かったなーって」
「……馬鹿じゃないの」
そうは言いつつも、顔が勝手ににやけそうになる。表情筋を必死に駆使して堪えるけど、どうもそれすら智樹にはお見通しのようで。
「なんだ、桜だって満更でもないじゃないか」
「煩い。さっさと仕事の続きしなさい馬鹿」
彼は微笑みを一つこちらに向けて、自分の席へと向かった。
なんか、悔しい。クリスマスを経てからこっち、向こうが妙に上に立ってる気がする。
でも、そう……。夫婦ね……。うん、悪くないわね、ええ。むしろ好ましいわ。
「甘いのは苦手って言ったばっかなんだけどなぁ……」
私の淹れたカフェオレを啜りながら、後輩が疲れたな声を絞り出した。
悪かったわね、甘々で。
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