after7 さすがですねお兄さん!
あたしは姉ちゃんが大好きだ。
お姉ちゃんの作るご飯は美味しいし、陸上の大会にはいつも応援に来てくれるし、頑張ったら褒めてくれて、ダメな時はちゃんと叱ってくれる。あたしの為に、マッサージの本を読んでそれを実践してくれたり、汚れたユニフォームやジャージを洗濯してくれたりしてくれる。
そんなお姉ちゃんが好きだ。
でも時々、お姉ちゃんのことが嫌いになる。あたしのために色々としてくれることは、素直に嬉しい。でもそれで、お姉ちゃんが自分を殺しているのは、嫌だった。
本当はあたしなんかより、お姉ちゃんの方がずっと凄いのに。お姉ちゃんはそんなことないって笑顔で言って、家族以外に親しい人を作らなかった。
お姉ちゃんはいつもそうだ。こんな自分なんかより、妹のあたしのために。そうやって、自分にまつわる全てを諦めていた。
でも、本当に悪いのはあたし。そんなお姉ちゃんに甘えて。お姉ちゃんがあたしに寄りかかっていたんじゃない。あたしが、お姉ちゃんを縛り付けていたから、お姉ちゃんは色んなものを諦めた。
あたしのお姉ちゃんは凄いんだって、色んな人に大きな声で自慢したいのに。寄りかかられて、縛り付けて。そんな姉妹のあり方が、心地よくて。
そう言うお姉ちゃんが嫌いで。でもそれ以上に、それを良しとしている自分がなによりも、嫌いだった。
敢えて言おう。お姉ちゃんよりもあたしの方が、色んなことが出来ると思う。勉強も、運動も、対人能力も、楽器の演奏や演技だって、あたしはお姉ちゃんに勝っている自信がある。
でも、そんな上っ面のステータスに、意味なんてない。
お姉ちゃんは、あたしなんかよりもずっと素敵な人なんだ。
あたしのために、誰かのためになにかを成せる人は、強い。あたし達の在り方がどうであれ、その事実は変わらない。
それを、一人でも多くの人に。いや、たった一人だけでもいいから、誰かに知って欲しかった。
ただそれだけで、お姉ちゃんは救われるはずだから。
あたしじゃダメ。お姉ちゃんの力にはなれない。あたしが何をしても、きっと逆効果になる。
そうして、いつ現れるとも知れない誰かを待ちながらも、お姉ちゃんは高校二年になって、あたしは中学最後の年を迎えて。
お姉ちゃんが、あの人の話を家でしだしたのは、そんな時だった。
無事に新年を迎え、寒さが年明け前よりも寒さが増している一月。学校は三学期に突入し、来月にはあたしもついに入試だ。
この前の模試では結果を残せているから、偏差値の高い蘆屋高校と言えど、あたしにかかれば余裕余裕。みたいな感じで調子に乗っていると、足元を掬われかねないので、一応注意は必要だけど。
さてさて、寒さに耐えながら必死に勉強しているあたしも、今日はちょっと大事な用事がお一つございまして。
いつの間にやら週末の我が家の食卓には、平日よりも少し多いご飯が並ぶ。理由は明白。お兄さんがうちでご飯を食べるから。
お姉ちゃんは大好きなお兄さんと一緒にいられて、あたしは大好きなお姉ちゃんとお兄さんが一緒にいる姿を見ることが出来て、お父さんとお母さんは子供がもう一人増えたみたいだなんて喜んでいて。週末の白雪家は、いつもよりちょっとだけ賑やかだ。
部屋からリビングに降りると、お母さんがご飯の準備をしていた。そこにお姉ちゃんとお兄さんの姿はないから、またお姉ちゃんの部屋でゲームしてるんだろう。お父さんは知らない。
もう一度二階にあがり、お姉ちゃんの部屋をコンコンとノック。返事は待たずにガチャリと開けた扉の先。
「お姉ちゃーん、ちょっとお兄さん借りたいんだけ、ど……」
「あ」
「げっ」
「あー……」
なんとまあそこにはお兄さんに膝枕してもらってるお姉ちゃんの姿が! 姉の威厳もへったくれもないね! まあ元からそんなにあったわけでもないんだけど!
運動音痴とは思えないほど機敏な動きで起き上がるお姉ちゃん。あたしからすると今更取り繕ったところで、って感じなんだけど、どうやら本人的には誤魔化せると思っているみたい。面白いから突っ込まないでおこう。
「んんっ! ど、どうしたのかしら小梅? もしかして、もうご飯できた?」
「ご飯はまだだけど、ちょっとお兄さん借りようかなって」
「え、僕?」
「はい。お兄さんにお話があるので!」
ニコパと笑って言えば、お兄さんも微笑みを返してくれる。その笑顔で一体何人の女の子を虜にしたんでしょうね。あたしが知る限りお姉ちゃん一人だけだけど。もしかしたらあたしの知らないところで、お兄さんの毒牙にかかった人がいるかもしれない。その人には申し訳ないけど、お兄さんはあたしのお兄さんだから、お姉ちゃん以外とのカップリングはNGなのです。
「それのレンタル料は高くつくわよ?」
「じゃあ今度、あたしもお姉ちゃんに膝枕してあげるねー」
「好きなだけ借りていっていいわよ」
我ながらどうかと思うけど、これでお姉ちゃんは釣れるんだからちょろいもんだぜ。
お兄さんを伴って、隣のあたしの部屋に入る。そう言えば、男の人を入れたのはお兄さんが初めてだ。お父さんは入れてないし。
「取り敢えず、適当に座ってください」
「そうさせてもらうよ」
勧めたクッションの上に腰を下ろすお兄さん。そう言えば、お兄さんと二人きりになるのなんて初めてかも? まあ、だからって何かあるわけでもないんですけども。
でも、ちょっとソワソワしてるお兄さんは可愛い。ナンパ野郎に見えて結構ウブとかギャップ萌え狙ってるんですかね可愛いなぁー!
「それで、僕になにか話でも?」
「まあまあ、そう急かさないでくださいよ」
ニコニコ笑顔を浮かべていると、お兄さんはちょっと引き気味に頬を引攣らせる。失礼ですね。別にとって食べたりしませんよ。お兄さんはお姉ちゃんに食べられるべきなんだから。
「幾つかお話ししたいことあるんですよね。ほら、あたしとお兄さんって、あんまりゆっくりお話ししたことないじゃないですか」
「ん、そう言えばそうだっけ?」
「夏の合宿の時くらいじゃないです?」
「あー、言われてみればそうかも」
今は懐かしの夏合宿は、それはまあ色々とありましたけども。まず話すべきはそこじゃなくて。て言うかあたしが聞きたいのはそんなことじゃなくて。
「という事でお兄さん」
「な、なんでしょうか……」
「ズバリ! お姉ちゃんとはどこまでいきましたか⁉︎ て言うかどこまでヤりましたか⁉︎」
「女子中学生が聞いていい話じゃないよ?」
素早くかつ的確に突っ込まれた。あたしとしたことが、あまりにも直截的に聞き過ぎちゃったかな。これじゃあお兄さんは恥ずかしがって正直に答えてくれなさそう。
では聞き方を変えて。
「お姉ちゃんの味はどうでしたか⁉︎」
「余計酷くなってるから」
ちょっと赤くなってるお兄さん可愛いなぁなんて思うものの、この聞き方でダメとなればはてさてどうやって聞けばいいのか。小梅わかんなーい。
心底呆れたようなため息をこぼすお兄さんは、赤い顔を隠すように片手で額に手を当てる。ちょっと気障ったらしいその動きが正しくお兄さん!って感じでいいですねぇ。
「要するに、小梅ちゃんは僕と桜についてあれやこれやと聞きたいわけだ」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
「聞き方に問題がありすぎるんだよ。と言っても、君に話して聞かせるようなものはなにもないけどね」
「え〜ほんとにござるか〜?」
例えば先月のクリスマス。お兄さんとお姉ちゃんは、二人で旅行に出かけていた。修学旅行で出会ったらしい幼女なお友達に会うため、遥々関西まで。お婆ちゃんの家に泊まったらしいけど、まさかそこで何事もなく終わるわけがない。だって恋人と二人っきりで旅行とかもうそれってつまりそう言うことじゃん。お赤飯の準備は出来てるんですよ? 今日のご飯はすき焼きだけど。
「じゃあじゃあ、お姉ちゃんと何回くらいキスしました?」
「何回って……。そんなの、一々数えてないよ……」
「数えきれないくらいしてるってことですか!」
ひゃー! やっぱりイチャイチャチュッチュしてるんじゃないですかやだー! まあ、お姉ちゃんって結構甘えたがりと言うか、キス魔になりそうな感じはあるからね!
「そんなことより。小梅ちゃんの話って、それが本題じゃないだろう?」
一人でキャーキャー盛り上がってるあたしに、未だ顔が赤いながらもさっきよりちょっとだけ真剣な目のお兄さんが問いかけてくる。確かにその通りではあるんだけど。お兄さんには言っておかなきゃダメなことがあるんだけど。もうちょっと余韻に浸らせてもらってもいいんじゃないですかね、なんて内心唇を尖らせてみたり。
でもあたしだって、今からは真剣な話をしたいから、ちゃんとテンションを落ち着かせてからお兄さんに向き直る。
うーん、真剣な目のお兄さん、結構かっこいいかも。これはお姉ちゃんが惚れるのも納得。
「お姉ちゃんのことです」
「桜の?」
「はい」
お兄さん的にはいまいち心当たりがないのか、キョトンと小首を傾げている。頭の上にはてなマークが見えるようだ。
どうせお兄さんのことだから、あたしがこれからなにを言ったとしても、お礼を言われるようなことじゃーなんて言うに違いない。
それが分かっていたとしても。
「ありがとうございました。あたし達姉妹を、変えてくれて」
それでもあたしは、ちゃんとお礼を言いたかった。
歪な姉妹の在り方を変えてくれた、この人に。
「あたしじゃ、お姉ちゃんを救えなかった。お姉ちゃんの力になることすら出来なかった。だから、本当に感謝してます」
立ち上がり、頭を下げる。視界に映るのは絨毯のみで、お兄さんがどんな表情をしているのかは分からない。
戸惑ってるのかな。それともやっぱり、気障ったらしい笑顔かな。あたし的には前者だと面白いんだけど。どうやらどちらも違うみたいで。
「うん。どういたしまして」
聞こえてきたのは柔らかい声色。頭を上げると、あたしが今まで見たことないような、穏やかな笑顔を浮かべていて。
けどきっと、お姉ちゃんには何度も見せたことがあるんだろう。それがちょっと、羨ましかったり。
「予想してた反応と違いますね」
「おっと、それは悪かったね。でも、頭を下げてまでお礼を言ってくれたんだ。それを素直に受け取らないのは、かえって失礼ってもんだろう?」
むん。確かに。お兄さんがそこまで礼儀の弁えている人だとは驚き桃の木山椒の木だけど。
それに、と続けたお兄さんは、やっぱり笑顔で。加えて、どこか誇らしげに。歌うようにして言葉を紡ぐ。
「今の僕には、桜を助ける事が出来た自覚がある。桜に、僕のお陰だと言ってもらえる自信がある。なにより、僕自身が桜に助けられた自負もある。それを否定するのは、嫌だからね」
お姉ちゃんは、幸せ者だ。
こんなにも想ってもらえて。こんなにも、想うことが出来ていて。そしてそれは、お兄さんもまた然り。
そんな二人を見せつけられると、本当に羨ましくなる。
「すかさず惚気を挟んでくるとは、さすがですねお兄さん!」
「いや、そう言うんじゃないんだけど」
「いやいやさすがお兄さんですよ!さすおにさすおに!」
茶化すように持ち上げれば、お兄さんから漏れるため息。幸せ逃げちゃいますよなんて言いたいけど、この人から幸せが逃げていくなんて想像できない。それ即ちお姉ちゃんと別れるってことなんだから、そんなことは未来永劫あり得ないのだ。
と、ここでなんともタイミングよく。部屋の扉がノックされた。
「小梅、ご飯できたみたいよ」
お姉ちゃんの声だ。あたしとお兄さんの大好きな、お姉ちゃんの声。
立ち上がったお兄さんが扉を開けて、その先にいたお姉ちゃんと並んで立つ。
うんうん。やっぱりどこからどう見ても、お似合いの二人だ。その二人を、部屋の中から眺めるあたし。なんだかニヤニヤとした笑みが勝手に出てきてしまう。
いけないいけない。こんなの見せてしまえば、お姉ちゃんがまた拗ねちゃう。
「小梅? 早くしなさいよ」
「うんっ!」
二人に続いて部屋を出て、扉を閉める。
お姉ちゃんはなにやらお兄さんを言葉で詰っていて、お兄さんがまたいつも通りの笑みで軽口を返す。
そんな二人の関係が、本当に羨ましい。
あー、あたしも早く、素敵な出会いが欲しいなー!
なんて、中学生にしてはませたことを思ってみるのでした!
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