最終話

 後日談。エピローグ。つまりは、ハッピーエンドのその向こう側。人によっては蛇足に感じられるかもしれないけれど、僕たち当人からすれば、そこにも意味は存在していて。

 エンドロールが流れ始めたからって、僕たちの物語が終わるわけではない。テレビや映画とは違うのだ。確かにいつかは終わりの来る人生ではあれど、少なくともそれは今ではない。

 だから、今から語るのは、一先ずのハッピーエンドの、その少し先。

 僕と彼女が紡ぐ、これからの物語だ。






 修学旅行が無事に終わり、二日間の振替休日を挟んだ後の水曜日には、僕達のことは、どこから漏れたか瞬く間に校内広がってしまった。

 あの日あの時あの場所にいたのは僕達だけだったはずなのに、果たしてどこから嗅ぎつけたのやら。まあ、それも今更だ。今まで散々噂されてきたのだし、もう流石に慣れた。


「いやいや智樹よ。さすがに初っ端から手繋いで登校してたら、バレるもくそもないだろ」


 むしろどうしてそれでバレないと思ったんだ、と。対面に座る三枝が肩を竦めている。そりゃ僕だってそうは思っていなかったし、遅かれ早かれ噂されるとは思っていたけど。問題なのは、その噂自体の方で。


「みんな、あいつら漸くかー、みたいな感じだったね」


 勉強の息抜きにと部室へやって来ていた神楽坂先輩が、当時のことを思い出して微笑を浮かべている。多分その思いは、先輩自身と三枝が一番強いだろう。なにせ、この二人が全ての元凶であるのだから。

 さて。

 あれから既に、一ヶ月が過ぎた。

 三枝に神楽坂先輩、理世と小泉と樋山、更に小梅ちゃんと、一応の報告をするたびにお祝いの言葉を頂戴したけど、それがかなりむず痒かったのは記憶に新しい。

 別に何か明確な変化があったわけではないのだ。ただ、僕と彼女の関係がその名を変えただけで、僕達二人は至っていつも通り。強いて一つ挙げるとするなら、ついに新生徒会が立ち上げられたことだろうか。


「ところで夏目君、生徒会は?」

「あれです。休憩中です」

「嘘つけ。お前、放課後始まってすぐ俺とここまで来ただろうが」


 仰る通り。嘘である。

 松井前会長に頼んでいた書記のメンバーには、一年生の男子が選ばれた。副会長と会計は勿論ながら、その子も優秀なもんだから、会長であるはずの僕は、こうして堂々とサボりに来れると言うわけだ。

 いやぁ、部下が優秀って凄い楽でいいね。


「そんなサボってる会長様にいい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」

「悪い知らせからで」

「今さっき、お姫様からラインがきた。お前を探してるっぽいぞ。この様子だと、大層ご立腹だろうな」


 マジか。いやでも、会長って思ったよりもやることないんだよね。そもそも、生徒会自体があんまり仕事ないというか。

 今の時期は行事もないし、部活動の予算管理なんかは理世がちゃちゃっと終わらせちゃったし。

 そりゃまあ決裁印押さないとダメな書類とかはあるけど、それだって急ぎのものじゃない。つまり、僕はサボっていても何も問題ないという事だ。


「で、良い知らせは?」

「お前の愛しい彼女が、そろそろここに着く頃だと思うぞ」


 ニヤリと笑って言った後、部室のドアが勢いよく開かれた。唐突に大きな音を立てて開かれたため肩を震わせて驚く僕の背に、この世のものとは思えない程に冷えた声音が届く。


「見つけた」

「ひっ」


 情けない悲鳴を短く上げ、錆びた機械のようにぎこちない動きで振り返った先。そこに立っていた我が恋人様は、それはもう途轍もなくステキな笑顔を浮かべていらした。


「あっ、桜ちゃん久しぶりー!」

「こんにちは、紅葉さん。そんなに久しぶりでもないわよ。つい先週、一緒に買い物行ったばかりでしょ?」


 場違いに思えるほどのゆるふわオーラを纏った挨拶が神楽坂先輩から放たれ、それに応対する桜の表情も、柔らかなものへと変化する。

 これは行ける。先輩がこの場にいる限り、桜が爆発することはないと見た。なんとかのらりくらりと躱してたら説教を免れるはず……!


「ところで」


 などと言う考えは、当然のように呆気なく砕け散る。一転してこの場が氷河期に様変わり。先輩の癒しオーラすら凍てつかせる桜の声。

 今は十二月で、ただでさえ寒いと言うのに。地球温暖化防止に貢献するのはいいけれど、怖いからやめて欲しい。

 そしてそんな声が向けられてるのは、他の誰でもない僕。


「そこの産業廃棄物は、こんなところで何をしているのかしら?」


 僕、だよね? 僕は産業廃棄物なんかじゃないけど、僕に言ってるんだよね? うわなんか泣きそう。


「なに、と聞かれても困るな。質問が抽象的すぎる。何故ここにいるのかと、ここで何をしているのか、と言う質問はイコールにならないぜ?」

「ゴミの分際でよく喋るわね。今日は燃えるゴミの日だったかしら?」

「やめろ白雪僕は燃えないゴミだ」


 焦ると苗字で呼んでしまうのは、まだ名前で呼ぶことに慣れていないからか。そして毎度のごとく、僕がそう呼ぶと彼女は不機嫌そうに眉をしかめる。今だって、その例に漏れず。

 バツが悪くなってしまったので、矛先をニヤついてる親友へと変えることにした。


「おい親友。これのどこが良い知らせなんだ?」

「良い知らせじゃねぇか。可愛い彼女さんが迎えに来たんだぞ?」

「あら、もしかして私に会いたくなかったのかしら? 酷いゴミだわ。確か学校の焼却炉ってもう使えたはずよね?」

「ははは甘いぞ桜。僕をそこらのゴミと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。溶岩にでも突き落とさない限り処分出来ないからね」

「夏目君、まずはゴミを否定しようよ……」


 神楽坂先輩の疲れたような笑みが耳に届く。違うんです先輩。これはただのジョークなので可哀想なものを見る目をしないでください。


「取り敢えず、時間稼ぎはしときましたぜ、お姫様」

「褒めてつかわすわ。お礼にこれあげる」

「なにこれ」

「スイパラの割引券。紅葉さんと行ってきなさい」

「さんきゅー白雪さん」

「桜ちゃんありがとー!」


 あのカップルはもうダメだ。桜に買収されてしまっている。くそッ、ここに僕の味方はいないのかッ!


「さあ智樹、生徒会室に戻るわよ」

「ま、まあ待てよ桜。別に急ぎの仕事はないわけだし、今日は久しぶりに四人でゆっくり歓談と洒落込まないか?」

「いいから、立ちなさい」

「ハイ」


 僕の立場、弱すぎでは? 交際始めて一ヶ月で既にこの尻に敷かれてる感じ。いや、まあ付き合う前からこんな感じではあったけどさ。その上仕事を放り出した僕が悪いんだけどさ。あ、これ言い訳しても無意味なやつだ。


「よし、じゃあ行くわよ。紅葉さん、また今度ね。三枝も、こっち落ち着いたらまた部活に出るわ。それまでこのゴミはここの扉を潜らせないから」

「オーケー、頑張ってこいよ」

「桜ちゃんまたねー!」


 桜に手を引かれながら、文芸部の部室を出る。校舎内に残ってる生徒達は何人かいたけど、僕達が一緒にいるところなんて見飽きたのか、こちらに振り返る生徒は一人もいない。

 それこそ、修学旅行が終わってすぐなんて酷いものだったけど。廊下を歩けば他クラスの生徒から注目の的にされ、教室にいれば僕は男子達の質問攻めだし、桜は井坂にめっちゃ弄られてたし。そこに環さんも一緒に混じってたのは、少し意外だったけど。

 どうやら修学旅行で出来た友達は、千佳ちゃんだけではなかったらしい。

 そう、千佳ちゃんと言えば。


「桜、結局次に向こう行くの、いつにするんだ? 千佳ちゃんが会いたいって言ってるんだろ?」

「冬休みの入ってからかしらね。智樹も千佳ちゃんのお父さんと連絡とってるんでしょ? あちらはなんて?」

「いつでも大歓迎だと。お父さんも、有給が余ってるらしい」


 桜はあれから週に一度、千佳ちゃんと電話で話をしているらしい。その中で、千佳ちゃんが早くまた会いたいとごね出したようだ。

 それを僕も、千佳ちゃんパパから聞かされ、なら予定を組みますとなった次第である。


「ならクリスマスに向こう行く? 宿はおばあちゃんの家に泊まればいいし」

「君の?」

「私の」


 いきなり難易度高いなぁ……。桜の家ならあれから一度行かせてもらって、お父さんともご対面したけど。祖父母の家となると、また別の緊張がある。しかも、恋人と初めて過ごすクリスマスに、だ。波乱の予感しかしないのは気のせいではないだろう。

 などと話していると、あっという間に生徒会室へ辿り着いた。冬休みの楽しい予定について話していたのに、一気に現実に引き戻された。

 仕事したくないなぁ、なんて思いはするものの、いつかは片付けなければならないのも事実。それが少し早くなっただけ。なんなら、後々楽になるためだ。

 そう必死に言い聞かせていると、ブレザーの袖をちょいちょいと引かれた。その控えめな行動が可愛すぎてちょっと死にそうになりながらも視線を向けると、ちょっとかがめと手で指示される。それに従い膝を曲げれば。

 なんの脈絡もなく。桜との距離がゼロになった。

 一瞬だけ触れた優しい感触に戸惑っていると、クスリと勝気な笑みを浮かべる桜。可愛い。


「これで、少しはやる気が出たでしょ?」

「……少しどころじゃなくやる気出たよ」


 自然と僕も頬が緩む。

 この子と一緒なら。この子が一緒なら。

 きっと、いや絶対に。僕は、いつまでだって幸せで満たされてるんだろう。

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