after story 彼と彼女のハッピーエンド

after1 お墓参りに誓いを添えて

 我が校の生徒会の仕事は、主に部活動や委員会の統括、学校行事の取り仕切りなどだ。先代から引き継いだばかりな上に、しばらく行事もなにもない今の時期、これと言った仕事は特にない。

 忙しい時期は土日も出ないとダメらしいけど、今のところはそんなこともなさそうで一安心。そうなったら、面倒くさがりな我らが会長を家から引きずり出すために、わざわざ浅木まで出向かなければならない。

 さて。そんなわけで今日は土曜日。現在時刻十時をちょっと回ったところ。いつもならこの時間はまだ寝てるんだけど、昨日の放課後、智樹からお誘いがあった。

 墓参りについてきてくれ、と。

 誰のか、は問わずとも分かる。彼の両親だろう。どうして私を誘ったのか、も。なんとなく分かる気がする。うまく言語化できるわけじゃないけど、本当になんとなく。

 彼の中で、なにかしらの変化を経たから、としか言えないし、本当にそうなのかは、私自身、実際に分かっているわけでもない。智樹の心の変化は、結局智樹自身にしか分からないのだから。


「ちょっと早過ぎたかしら?」


 待ち合わせはここ、浅木駅北側のバスロータリーに十時半となっている。まだ二十分近く余裕があるけど、電車とかの時間の都合上仕方ない。遅れるよりかはマシ。

 けれど、あまり待たされるのもちょっと困る。季節は冬。既に十二月に入っていて、雲ひとつない快晴の癖に肌を刺す風はひどく冷たい。放射冷却なんて訳の分からない原理のせいで、太陽の熱は全く意味をなしていないのだ。

 だから今日はコートにマフラーに帽子に耳あてにと、完全防寒装備で来ている。

 寒さだけならまだいいのだけど、それ以外にも待たされたくない理由がひとつ。結構注目を集めてしまっている。特に男の。

 もう慣れたものではあるけど、それでも気分のいいものではない。これも私が可愛いが故の仕方のないことだけど、発情した猿どもの視線に晒されるのは、本当に気が滅入る。

 声を掛けられても面倒なので、周囲に鋭い視線を投げれば、私を見ていたやつらは散ってくれた。全く本当に面倒だ。思わずため息まで漏れてしまう。


「随分怖い目してるな。可愛い顔が台無しだぜ?」


 聞こえて来た声に顔を上げると、いつの間にそこにいたのか、黒いコートを着て茶色のマフラーを巻いた智樹が、私の目の前に立っていた。手にはお供えの花が入った袋を持っている。

 自然と頬が緩んでしまいそうになり、それを悟られないためにマフラーに口元を埋める。


「だったらあなたが周りの猿どもを駆逐してきてくれるかしら? さっきから気持ち悪い視線に晒されて困ってるのよ」

「保健所に連絡してくれ。僕じゃ無理だ」


 投げれば返ってくる軽口の応酬が心地よい。気を抜けば際限なくにやけてしまいそうだけど、それを見つけられてしまえばなにを言われるか分かったもんじゃないので自重。


「おはよう智樹。あなた、最近口が悪くなってるけど気づいてる? 生徒会長がそんなだと心配ね」

「おはよう桜。これは君のせいでもあるんだからな。一年以上毒舌の餌食になってれば、多少なりとも影響は受けるさ」


 どちらからともなく手を繋いで、バス停に並んだ。目的地の墓地まではここからバスで十五分ほど北に進んだところにあるらしい。浅木市は南北九キロしかないから、街の境目辺りまでは北上するのではなかろうか。

 しばらくもしないうちにやって来たバスに乗り込んで、一番後ろのシートに二人で腰掛ける。私達のほかに乗客はいない。まあ、浅木市で一番栄えてるのはこの辺の駅付近だし、この時間から北に上がろうなんて人はいないのだろう。


「それにしても、今日は着込みすぎじゃないか? バスの中だと逆に暑いだろ、それ」

「寒がりなんだから仕方ないでしょ。寧ろこれでも寒いくらいなんだから。あなたが暖めてくれてもいいのよ?」


 赤くなった顔を逸らす智樹。それを見て気分を良くし、クスクスと笑みが漏れる。可愛い反応をしてくれるわね。

 と思っていたら、私の左手と繋いでいた彼の右手が解かれて、右腕が腰に回され抱き寄せられる。突然のことだったからそれで姿勢を崩してしまい、ポスンと彼の肩に頭を乗っけてしまった。


「これでいいか?」

「……智樹のくせに生意気よ」

「嫌なら今すぐ離れればいい」

「いえ、このままでいいわ」


 不意打ちは卑怯よ、バカ。





 バスが進むにつれ、標高も徐々に高くなっていく。駅近くの街のような雰囲気はなくて、高そうな一軒家が建ち並ぶだけ。高級住宅街、というやつだ。

 浅木市が誇るそれは『七麓荘』と呼ばれており、ここで一番大きな家が、紅葉さんの家らしい。しかし私達の目的地は更にその北側にある。


「結構高いわね……」


 バスの中であったまること十五分。辿り着いた墓地からは、浅木市のみならず四宮市に私の住んでる蘆屋市の景色までも一望出来た。標高が高いからか、智樹と合流した時よりも体感温度は下がったように思える。

 途中バス停が少なかったからかもしれないけど、僅か十五分でここまで来れるのか。


「ねえ智樹。前にここに来たのはいつ?」

「命日の日、五月四日に一度」

「それだけ?」

「来る余裕もなかったからね」

「親不孝ね」

「これからは来れる時に来るさ」


 桶に水を汲み、智樹が持ってきた花を私が代わりに持って、墓地を二人で進む。

 ここにも私達以外に人はいない。お盆か命日でもなければ、こんな所にわざわざ足を運ぶ人なんていないのだろう。ただでさえ街の中心から離れているのだし。

 やがて智樹が足を止めたお墓には、『夏目家之墓』と書いてあった。ここに、彼の両親が眠っている。


「やっぱり、前来た時から花が変わってるな」

「あなた以外に誰かが?」

「話さなかったっけ。僕、高校入るまではあそこに叔母と住んでたんだよ。今は仕事であちこち飛び回ってるけど、たまにここに来るみたいなんだ」


 なるほど。だからお供えされてる花も、そこまで古いものではないのか。

 少し勿体ない気もするけど、せっかく新しいのを持って来ているのだから、変えておいた方がいいだろう。


「さて、まずは掃除するか」

「ええ」


 荷物を一旦傍に置いて、二人掛かりで掃除をすることに。

 智樹が墓石に水をかけて持ってきた雑巾で拭いてるあいだに、私は落ちてる枯葉や、生えてきた雑草を抜く。その間、私達の間に会話はなかった。彼が一体、どう言う心境でここに来ようと言ったのかは分からない。それを聞こうとも思わない。きっと、言いたかったらその内言ってくれるはずだから。

 掃除が一通り終わった後、墓石に打ち水をして、新しいお花に変える。お供え用の食べ物はなにも持ってきていないから、あとは水鉢に綺麗な水を入れたら、線香をあげるだけだ。

 持参した線香にライターで火をつけ、智樹が合掌するのに倣い、私も手を合わせて目を閉じる。


 初めまして、で良いんだろうか。

 私は一方的に彼の両親を知っている、見たことがあるけれど、彼の両親が私を知ってることはないだろう。いや、もしかしたら。後輩のおチビみたいに、中学の頃の試合を見に行った私を見かけていたかもしれない。

 でもとりあえずは、初めまして。一応、あなた方の息子さんの恋人をやらせてもらってます。白雪桜です。

 なんて、そんな風に自己紹介してみた後に、学校での智樹の様子を報告してみる。文芸部として部誌を書いたこと。文化祭で一緒に演劇したこと。夏休み、一緒に合宿へ行ったこと。私のせいで、随分と困らせてしまったこと。体育大会では、リレーで派手に転んでたこと。修学旅行の、罰ゲームのこと。

 それから、彼がもう一度、マウンドに立ったこと。

 初めましてのはずなのに、報告することが多くて。きっと、智樹のご両親も困惑してしまっていることだろう。

 だけどあと一つだけ。報告じゃなくて、宣誓を。

 もう絶対に、智樹をひとりにはしません。なにがあっても、私が一緒にいます。

 本人に対して口に出すことは、あまりに恥ずかしくて出来ないけど。この場で、心の中で彼のご両親に誓うくらいなら。


 目を開けば、隣の智樹は既にお参りを済ませていたらしく、ジッと私の方を見つめていた。


「どうしたの?」

「いや、初めて来た割には随分と熱心にお参りするもんだと」

「むしろあなたは短すぎないかしら?」

「まあ、可愛い彼女ができた、くらいしか報告することもないからね」


 ……またこの男は。そんなことを恥ずかしげもなく堂々と。言われるこちらの身にもなって欲しいものだ。

 それを言ったところで、またいつもの如く妙に大人びたニヒルな笑みで流されるのだろうけど。

 もう冬のはずなのに妙に熱い顔を誤魔化すつもりで、置いてある桶と柄杓を手に取った。


「ほら、終わったなら行くわよ。ここ寒いもの」

「ああ待て、それは僕が持つから」

「あら、気がきくのね」

「荷物持ちは男の役割だろう?」


 桶と柄杓を渡し、来た道を戻る。墓地の事務所でそれらを返し、バス停へ。時刻表を見れば、次の便まではまだまだ時間があるようだ。やはり、こんな辺境までやって来るバスは本数が少ないらしい。

 バス停に置かれたベンチに腰を下ろすと、智樹がおもむろに口を開いた。


「可愛い彼女が出来たってのは、半分本当なんだけどさ。君のことを、ちゃんと報告してたんだ」

「私のこと?」

「うん。僕にもちゃんと、大切な人が出来たって報告」


 改めてそう口に出して言われると、やっぱり恥ずかしい。智樹の頬も、心なしか赤みを帯びている。けれどそれに構わず、彼は言葉を続けた。


「僕は多分、家族って言うのが恋しんだよ。千佳ちゃんと会った時のこと、覚えてるだろ? あの時僕は、情けなくも千佳ちゃんとその両親に嫉妬した。僕には、迷子になった時に探してくれる家族がいないからさ」


 夏目智樹が欲しかったものは、恋人なんかじゃなくて。きっと、失ってしまった家族を求めていたんだろう。

 それは、私では彼に与えることが出来ないものだ。私は彼の恋人で、血を分けた肉親になることは出来ない。

 だからと言って、彼の母親や父親の代わりに、誰かがなれるわけでもない。

 でも。


「桜?」


 繋いだ手に力を込めた私を見て、智樹が首を傾げる。

 彼の家族の代わりにはなれなくても、新しい家族にはなることが出来る。


「この後、私の家に来なさい。今日はお父さんもお母さんもいるはずだから」

「別にいいけど、随分急だね」

「なんとなくよ。夕飯も、私とお母さんで作るから、食べて行ったらいいわ。ひとりじゃなくて、みんなであたたかいご飯を食べるの。あなたも、一緒に」


 今はまだ、なることが出来ないけど。

 きっと、いつかの未来。あなたに、家族の温もりを。

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