第96話

「遅い」


 三枝と適当にゆっくり歩きながら、途中たこ焼きを買い食いしたりして辿り着いたなんばグランド花月。そこには既に、他の四人が先に着いていて、遅れてやって来た僕と三枝を迎えた白雪から端的な一言を鋭い声音でぶつけられた。


「悪かったよ。この馬鹿があまりにもたこ焼きを食べたそうにしてたから、しょうがなくそっちに寄って来たんだ」

「おい俺のせいかよ。たこ焼き美味かったんだから別にいいだろ」

「確かに美味しかったけど、その代償が白雪からの罵倒じゃ割に合わない」

「智樹は慣れてるからいいじゃねぇか」

「慣れてるからってなんとも思わないわけじゃないんだよ。何度僕のガラスのハートが粉々に砕け散ったことか」

「ちょっと黙りなさい」

「ごめんなさい」


 白雪の言葉は何故か僕のみに向けられている。なんでだよ。三枝も同罪だろう。しかしそこで素直に謝っちゃうのは、最早反射のようなものだろうか。白雪がただ怖いだけだねこれ。


「全く、今からお昼食べに行くのに、なんでたこ焼きなんて食べてるのよ」

「姫もさっきそこのキャラクター焼き食べてたけどねー」

「翔子、黙って」

「甘いものは別腹とか言いながら、パクパクと。ピンクの悪魔かってくらい」

「実際別腹なんだからいいでしょ」


 白雪の場合、本当に甘いもの専用の別腹が用意されてるんじゃないかと疑ってしまう。じゃないとこんな華奢な体にあのパンケーキの量は絶対無理だと思うし。

 井坂が白雪ににゃーにゃーウザ絡みを続けながらも、班員が揃ったのでチェックポイントにいる教師の元へ向かった。因みに、僕たちがなにかスタンプとかをしおりやらなんやらに押してもらう訳ではなく、教師の方で名前を控えるだけである。さすがに高校生にもなって、スタンプラリーみたいな小学生じみた真似は恥ずかしいし。


「さて、まずはお昼ご飯かしらね」


 教師に名前を控えてもらい、さてこの後はどうしようかと全員が白雪の方を向けば、白雪は人差し指を顎に当てて考えるそぶりを見せながら呟いた。


「白雪せんせー。僕たちお腹空いてないです」

「今すぐお腹の中のものをここでぶちまけさせてあげましょうか?」

「白雪せんせー。俺はまだ普通に腹減ってるんでやるんなら智樹だけにしてください」

「最初からそのつもりよ」


 なんでだよ。


「まあ、冗談はこの辺にしておいて。一応考えてるところはあるけど、何か食べれないものがある人はいないわよね?」


 その一言に全員が首を横に振る。

 まあ、どんなに好き嫌いがある人間でも、飲食店にいけば一つくらいは食べれるものが置いてあるだろう。アレルギー持ちの人もここにはいないみたいだし。


「ならよろしい。取り敢えずついてきなさい」


 白雪の先導に従い、来た道とは逆、つまり商店街とは逆の方向に歩いて行く。さっきまでよりも人はかなり少なくて歩きやすい。それは単純な人の多さもだけど、道幅が商店街に比べると広いからだろう。

 道中、ドラクエのコンビニに僕と出雲と三枝の男三人がテンションを上げながらも呆気なくスルーされたりして辿り着いたのは、所謂オタロードと呼ばれてるらしい、いかにもな道にある、白い建物。

 なーんか見た事ある感じの雰囲気醸し出してるなーと思いつつも、店先の看板に目をやって、つい頭を抱えそうになってしまった。


『カフェ&パンケーキ』


 想定外に予想以上だ。白雪に昼食のチョイスを任せればこうなると、僕はつい二日前学んだばかりだろう。なにかしら甘いものでも食わされるのかとは予想していたけれど、まさかまたパンケーキとは……。どんだけ好きなんだよ……。


「白雪、ここはなしだ」

「なんでよ。私に任せるって言ったのはそっちじゃない」

「だとしてもさすがにここはない。なあ?」


 同意を求めるように後ろを振り返ると、出雲と目があった。彼はこくこくと頷いてくれる。


「俺も、さすがに昼飯パンケーキはちょっと無理かな」

「あなたには聞いてないわ。それ以上喋るとその口を縫い合わすわよ」


 どうやら、出雲はまだ白雪に謝れていないらしい。いや、例え謝っていたのだとしても、白雪ならこの反応をしていただろうけど。

 しかし僕に同意してくれたのは出雲だけではなく。井坂の後ろに隠れ気味な環さんが恐る恐ると手を挙げた。


「あの、私もちょっと……」

「なに?」

「ひっ、いえっ、なんでもないですっ」


 が、白雪の鋭い眼光の前に、気弱な環さんは手を下ろして完全に井坂の後ろに隠れてしまった。脅すなよ。


「あーもう、ダメだよ姫ー。たまちゃんは怖がりなんだから」

「……悪かったわよ」

「悪いと思ってるんなら、それなりの誠意を見せないとダメじゃないか?」

「さすが智樹、いい事言うじゃねぇか。全く悪びれもせず女子を口説こうとするやつは言うことが違うな」

「三枝ちょっと黙ってろ」


 折角白雪が折れそうになってるんだから余計なこと言うな! あと、僕は別に女子を口説いてるつもりはないから! 誤解だから!


「はぁ……。分かったわよ、他の場所にすればいいんでしょ? と言っても、後はメイド喫茶かラーメンかケバブ屋しかないわよ?」


 なんだその三択。他にもっとあるだろおい。


「あ、あとは油そばのお店とかもあったかしら?」


 それもうラーメン屋と同じでいいだろ。

 どうしようかと無言で視線を交わす、白雪以外の五人。環さんも顔だけひょっこり出してくれていた。

 いつもの僕なら、迷わずラーメンを選んでいるのだけど。男として見逃せない選択肢が一つある。そう、メイド喫茶だ。

 知らず、ゴクリと喉を鳴らしていた。三枝と出雲の二人と視線が交錯する。その一瞬のアイコンタクトだけで十分だった。彼ら二人の意思は、確かに僕へと伝わった。

 それを受け取り、僕達三人分の思いを言葉へと変換する。


「白雪、メイド喫」

「ケバブで決まりね」


 まだ言い切ってないのに……。睨まないでください怖いです。下心なんてなかったんだよ……。







 白雪に案内されたケバブ屋は、パンケーキ屋を表に出た堺筋と言う道沿いにあった。パンケーキ屋からはそれなりに離れていたので結構歩かされて辿り着いたのだけど。

 まずそのケバブ屋の第一印象。とても小さい。と言うか、狭い。グランド花月に行く道中でも、ケバブの屋台は見かけたけど、ここは屋台ではなくちゃんとしたお店だ。一応店内にも席はあるけど、そこに人が座ると通路を通れなくなる。

 幸いにして僕達が来た時は店内に誰もいなかったのだけど、六人全員が入れるほどのスペースもなくて、三人ずつ交代で店に入り、白雪のオススメらしいビーフのケバブサンドを持ち帰りで購入した。因みに、チキンのケバブもあったから、白雪と三枝と環さんがそっちにしていた。

 そして現在、堺筋から外れて適当なところに陣取り、購入したケバブサンドで昼食とあいなっている。


「ん、美味しいな」

「俺、ケバブって初めて食べたよ」

「俺もだ。地元にこんな店ねぇからなぁ」

「私も、です……」

「私は何回か食べたことあるにゃー。でも、ここのは美味しいね。さすが姫のオススメ」

「好評なようでなによりだわ」


 自分の勧めた店が絶賛されたからか、若干ドヤ顔の白雪。可愛い。

 そんな白雪が食べているのは、僕達と同じサンドではなくて、ケバブロールだ。春巻きみたいな薄い生地でケバブと野菜を巻いている。中のソースも違うものらしい。

 けどこれ、ちょっと食べにくいな。いかんせん肉がでかいから口に入りきらないし、サンドしてるパンの隙間からソースが漏れてしまっている。

 四苦八苦しながらもなんとか食べていると、包んでる紙からもソースが漏れて、ぼたぼたと地面に落ちる。その際思いっきり手についてしまった。


「あー……」

「なにやってるのよ、もう」


 それを見た白雪が呆れた様にため息を漏らして近づいてくる。ハンカチでも貸してくれるのだろうかと思ったら、何故か僕の手を取った。それでは白雪の両手も塞がってしまって、ハンカチで拭くどころか僕に渡すことすらできない。

 まさかと嫌な予感がするも、白雪に手を取られたことで僕の両手も塞がってしまっていて。ニヤリと口角を上げた彼女を止める術は、持ち得ていなかった。


「お、おい、白雪……?」

「いただきます」

「ちょっ……⁉︎」


 舐めた。

 白雪が、僕の手に付着したソースを。

 他の四人がばっちり見てると言うのに、何のためらいもなく、ペロリと。

 指先から体の隅々にまで、ゾワリと妙な感覚が駆け巡る。手を引こうと思っても、白雪の謎の怪力の前ではそれも叶わず。顔どころか全身燃えるように錯覚するほど真っ赤になってしまった僕を、白雪はイタズラな笑顔で見上げた。


「ふふっ、こっちも美味しいわね」

「君、はっ、なにしてるん、だよ……」


 にっこり微笑んだ白雪の目から、まるで縫い付けられたように視線を外せない。その澄んだ瞳に、吸い込まれそうになる。

 視界の外からはヒューヒューとか囃し立てる三枝と井坂の声が聞こえるし、ひゃーなんて悲鳴を上げている環さんの声も。出雲は、ちょっと分からない。白雪に想いを寄せていた彼がこの光景を見て、なにを思ってしまったのか。夜、ホテルに戻った時が怖い。


「なにしてるって、ソースが勿体ないじゃない? 私、あなたのとは違うやつだし」

「だからって、周りがいる時はやめてくれ……」

「二人きりならいいのかしら?」

「……」


 完全に墓穴を掘った。いや、まあ、二人きりならこう言うことも吝かではないと言いますか、もう是非、みたいな感じと言いますか。

 こんなこと勿論口に出して言わないが、それでも勘付いてしまうのが白雪だ。クスクスと楽しそうに笑みを漏らし、掴んだままだった僕の手を離す。


「ふふっ、ごめんなさい。揶揄いすぎたわね」

「本当だよ……。僕だって恥ずかしいとか思うんだぜ?」

「あら、人並みの羞恥心は持ち合わせていたなんて驚きだわ」

「君は僕をなんだと思ってるんだ」

「教えてほしい?」

「……いや、いい」


 またぞろ妙なことを言われてしまいそうだし。

 はぁぁ、と長めのため息を吐くと、白雪がなぜかこちらに自分のケバブロールを差し出していた。その意図が掴めなくて彼女の目を見返してみると。


「こっちも食べてみなさい。美味しいわよ?」

「なら遠慮なく」


 白雪がケバブロールをこちらの口に運んで来たので、本当に遠慮することなく大きく口を開けてガブリと頂いた。ロールはサンドに比べると、中の具やソースをまだ綺麗に食べることが出来るのか、それらが溢れるような気配はなく。


「どう?」

「おぉ、ちょっとピリ辛で美味しい。てか、君って辛いの食べれたのか」

「当たり前でしょ。甘いものしか食べられないわけじゃないわよ」


 ピリ辛な上に、僕のケバブサンドと違って、肉自体もチキンだから、勿論そもそもの味や食感も全然違う。

 いやこれ本当美味しいな。僕もこれにしたら良かったとちょっぴり後悔。


「もう一口」

「ダメよ」


 白雪の持ってるロールに口を近づけると、ひょいっと躱された。残念。

 まあ、サンドを食べ終えてお腹に余裕があるなら、また買いに行かせてもらおう。そう思って自分のケバブサンドに改めて口をつけていると、ふと、僕と白雪以外の四人が一言も喋っていないことに気づいた。さっきみたいに囃し立てることもなく。三枝と井坂は、ただなにも言わずにニヤニヤとこちらを見ているだけ。


「なに、どうかした?」

「いやー。どうかしたかって聞かれても、なぁ?」

「ねー。二人とも、そうやってあーんってするの、妙になれてるにゃーって思っただけだよん?」


 ああなんだ今更そんなことか。自分の顔がちょっと赤くなってるのを自覚しながらも、隣の白雪を見てみると。


「べ、別に、慣れてるとか、そんなんじゃないわよっ……」


 僕以上に顔真っ赤な白雪が、若干吃りながらも言い訳していた。

 いや、なんで人の平気で舐めるくせに、これでそんなに恥ずかしがってんだよ……。白雪の羞恥の基準が分からない……。

 あれか、人に指摘されたらダメなやつか。じゃあこんな人目のあるとこでやるなよって話だけど、そもそも白雪のロールにかぶりついたのは僕からだった。


「そ、そんなことよりっ! この後の予定決めるわよ!」


 白雪がそう一喝しても、三枝も井坂も、ついには出雲までもがなんか生暖かい目でニヤニヤしてくる始末。環さんに至っては、何故かまだひゃーって悲鳴を上げながら両手で顔を覆って、指の隙間からこちらを見ていた。

 ああクソ、これは本当に、ホテル帰ってからが怖いぞ……。

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