第97話

 ホテルに戻ったのは、十六時ギリギリだった。と言うのも、白雪と出雲がメロブやらとらのあなやらと言うところで大量に買い物をして、その途中でCP論争なるものに発展して大喧嘩して、それを必死に宥めてたりしてたら、気がつけば時間ギリギリになってたのだ。まあ、最終的には二人ともホクホク顔での帰還となったので良かったのだけど。

 さて、夜がやって来た。

 昨日は僕が白雪に呼ばれたりしてたから特に何事もなく三人とも寝たのだけど、どうやら今日はそうもいかないらしく。


「さあ智樹、今日のお楽しみはこれからだ」

「やめろ手をわきわきさせて近寄ってくるな気持ち悪い」


 悪い笑顔を浮かべた三枝が、気持ち悪い動きで近寄ってくる。それを蹴り飛ばして難を逃れると、その後ろにいた出雲もやっぱり、三枝と似たような表情をしていて。


「でもさ夏目。修学旅行の夜って言えば、コイバナって決まってるだろ?」

「君まで楽しんでるんじゃないよ。僕の身にもなってくれ」


 てか、出雲は僕と白雪の話を聞いて楽しいのか? 白雪のこと好きだったんじゃないの?余計に話しづらいじゃないか。


「それに、僕だけじゃなくて、そこに転がってる男から聞いた方が楽しいと思うぜ?」

「あー。そう言えば三枝って、一個上の神楽坂先輩と付き合ってるんだっけ?」


 神楽坂先輩は僕たち二年生の間でも、それなりに有名だ。なにせ一時期、大量の入部届けを抱えながら校内を彷徨いていたのだから。その上あのナイスバディと来た。男子達の注目を集めるのも無理からぬことと言えよう。

 ただ、それでも入部希望者が一人もいなかったあたり、我が校の文芸部は人気なさすぎと嘆くしかないが。


「お、なんだなんだ。世界一可愛い俺の彼女の話か?」

「馬鹿言うな。世界一は白雪に決まってるだろう出直してこい」

「智樹のくせに言うじゃねぇか。これは戦争だな?」

「返り討ちにしてやるぜ?」


 一触即発な僕と三枝の間に、呆れたようなため息が落とされた。出雲はやれやれみたいな感じで肩を竦めて、僕たちを止めに入った。


「二人とも落ち着こう。お互いの彼女自慢したいだけだろ」

「まだ彼女じゃない!」


 語気を荒げた僕に、出雲はまたため息を漏らす。そんなにため息ついてたら、幸運が逃げちゃうぜ。


「確かに白雪さんも可愛いけど、あの人はどっちかって言うと美人って方が似合うんじゃないかな。だから、世界一可愛いのは神楽坂先輩で、世界一美人なのが白雪さん。はい、閉廷」

「ふっ、分かってないな出雲。君は白雪がどれだけ可愛いか、全く分かっちゃいない」


 確かに見た目の話をするならば、白雪は可愛いというよりも美人と言った方が妥当だろう。だが、彼女の真の魅力はそこではない。なんか自分で変なこと言おうとしてるって分かってはいるけど、こうなりゃヤケだ。語り尽くしてやるからな。


「いいか君達、よく聞けよ。今から僕が、白雪桜の可愛いところを徹底的に教えてやる」

「なあ三枝、夏目が壊れたんだけど」

「俺にいい考えがある」


 二人がボソボソと小声で話し合い、三枝がスマホをチラッと操作しだした。聞く気がないということか。ならばよろしい、覚悟しろ。僕が語り始めた頃には、二人とも僕の話に釘付けになること間違いなしだからな。


「まず最初に、君達は白雪の見てくれに騙され過ぎなんだ。確かに彼女は普段から無表情の澄ました顔したクール気どりだけど、ああ見えて感情表現が豊かなんだぜ? ふとした拍子に溢す笑顔なんてもう最高だね。その時、年相応の幼さって言うのかな、まだ大人になりきれていない、子供らしさってのが出てくるんだよ。これがもう本当可愛い。で、その極め付けが甘いもの食べてる時。この前パンケーキ一緒に食べた時なんかあれだぜ、考えられないくらい満面の笑みでパンケーキ頬張ってたぜ? しかもそのパンケーキ屋まで行く途中に、顔赤くして恥ずかしがりながらも僕の手をつかむんだぜ? 萌え苦しんだね。僕は多分あの時一回死んでる。堂々とデートなんだから、とか言っちゃうあたりもヤバイ。マジヤバイ。それから君達は知らないかもしれないけど、白雪の作る料理は凄い美味しいんだよ。何回か食べさせてもらったけど、ちゃんと美味しいって言ってやればほんのちょっとだけ嬉しそうにするんだよね。ああ後外せないのは、本読んでる時かな。彼女、本読んでる時に話しかけても絶対顔あげないんだけど、僕が近づくと何故かこっち見てなくても気づくんだよ。それが猫みたいでまた可愛いんだ。更にヤバイのが、白雪は直ぐにドヤ顔したりするんだけど、その時若干胸張ってるんだよね。こう、なんて言うの? ちっちゃい子が精一杯背伸びしてるみたいな。そんな胸張ってもあんま変わんないぜって思わなくもないんだけど、それも含めて全部可愛いんだよね。ほら、どうだ二人とも? 白雪は宇宙一可愛いだろ?」


 まだ語り尽くせてない感じはあるものの、目の前の二人の目がどんどん白けたものに変わってきたので、自主的に終わらせることにした。しかし、十分伝わったはずだ。白雪桜と言う女の子がどれだけ可愛いのか。


「どうだって聞かれても、ねぇ?」

「あー、まあ、そうだな智樹。その感想は、俺たちじゃなくてこっちに聞け」


 三枝が差し出したのは、さっきちょこちょこ操作してたスマホ。それはラインで通話が繋がっていて、その相手の名前を見て、僕は絶句してしまった。


「なっ……!」

『夏目』


 スマホの向こうから、僕を呼ぶ声が。通話を掛けている先、白雪の声だ。そこには何故か怒気が孕んでいて、直接顔を見なくても、白雪が怒り心頭であることが如実に伝わる。

 何故だ。怒られるようなことはなにも言っていないはず。むしろここはちょっと照れた感じの声が聞こえるべきではなかろうか。

 横目でチラリと三枝を見ると、声を出さずに爆笑してる。生きて朝を迎えられると思うなよこいつ。

 果たして電話の向こうからなにを言われるのかと戦々恐々としていると、ついにスマホのスピーカーが、僕の罪を告発した。


『誰の胸が、貧乳ですって?』

「なんでそこだけ切り取るんだよもっと他にあっただろっ……!」


 そんな僕の悲痛な叫びは、ブツンッという無慈悲な音に遮られてしまった。違うだろ白雪、ほら、もっと反応してしかるべきところがあっただろ……。


「ヒーッ、ヒーッ、あーだめだ腹いてぇ! 笑い死ぬわこんなん!」

「あんまり笑ってやるなよ三枝……ふふっ」

「もう殺してくれ……」


 唐突に我に返って死にたくなった。なんだ、なにをしてるんだ僕は。ていうかなんでこんな力説してるんだよ。いや嘘は一つも言ってないんだけどさ。


「けど夏目、さすがに白雪さんのこと好きすぎないか? ちょっと引いたよ」

「うるさい白雪が好きすぎて悪いかっ! そもそも、あの子と今まで一緒にいて惚れない方が無理だろう!」

「開き直るなよ、三枝が本当に笑い死ぬぞ」


 我が親友はさっきからずっとヒーヒー言いながらベッドで笑い転げている。苦悩の梨でも持ってきてやろうか。


「はー、笑った笑った。もうお腹いっぱいだわ。一生分笑ったんじゃねぇの俺」

「二度と笑えないようにしてやろうか。今世だけじゃなく来世までその次も、なんから君の家系の子々孫々に至るまで笑えない呪いを掛けてもいいんだぞ」

「悪かったよ。すまんすまん。宇宙一可愛いのは白雪さんってことにしといてやる。俺の紅葉さんは銀河一可愛いからな」


 こいつ、どれだけ負けず嫌いなんだ。


「さて、智樹の話はもういいだろ。どうせ明日になったら彼氏彼女でホテルに戻ってくるんだし。次は出雲の番だぞ?」

「俺かよ……」


 懲りない三枝が、相変わらずの悪い笑みを浮かべながら出雲に詰め寄る。今の彼にこの手の話題は、少し酷だと思うんだけど。


「白雪さんは智樹のだし、残りの二人。井坂と環さんなら、どっちがお前のタイプだ?」

「環とはよく話すけどね」


 僕の心配も杞憂なのか、出雲は三枝の余計な一言にも眉ひとつ動かさず、至極普通に答えた。

 て言うか、環さんと話すのか。意外だな。


「中学が一緒だったんだよ。この学校に来たので同じ中学出身は、俺と環しかいないからさ。なにかと世話焼いたりしてたんだ」

「へぇ〜。ほぉ〜」

「悪いけど、三枝が邪推してるようなことはなにもないよ。俺、失恋したばっかだし」

「えっ、マジで⁉︎」

「マジマジ」

「相手誰だよ⁉︎」

「それはさすがに教えられないよ」


 なるほど、出雲が環さんのことを気にかけてるのは、そう言う理由からか。

 てか、さりげなくなにバラしてるんだよ。三枝に全部バレたらまたちょっと面倒だろうが。

 なんて二人の会話を眺めていると、ポケットのスマホが震えた。ラインの着信、しかも白雪からだ。さっきの今なので怖いなーなんて思いながら開いてみれば。


『明日、覚えときなさいよ』


 可愛いなんて言葉とは程遠いメッセージが。

 こんな調子で、明日の罰ゲーム大丈夫なんだろうか……。

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