最終章 罰ゲームの行く末は
第83話
冷えた風が身を震わせるようになって来た十一月。ついに蘆屋高校にもこの季節がやって来た。そう、冬服である。
室内でストーブをつける程ではないけれど、登校する時間帯はとても寒い。だから、中にはマフラーを巻いてる生徒も見受けられる。勿論午後からはそれなりに暖かくなるので、マフラーは午前中の登校時のみのご活躍となっているが。
さて、そんな冬服の話をしよう。端的に言ってしまえば、女子って夏服よりも冬服の方が可愛くないだろうか、と言う話だ。マフラーを巻いた時のもふっとした髪の毛とか、カーディガンやセーターによる萌え袖とか、まあ語り始めたらキリがないのだけど。僕は三枝との長年の議論の結果、夏服よりも冬服を着た女子の方が素晴らしいと言う結論に至っているのだ。
しかし残念なことに、現在部室にいる唯一の女子であるところの白雪は、別にカーディガンやセーターで萌え袖を作っていないし、室内だから当然のようにマフラーもしていない。
「はぁ······」
「人の顔を見るなりため息吐くなんて、失礼にも程があるわね。一回死んで人生やり直したら?」
思わず漏れてしまったため息を、文庫本から顔を上げない白雪に聞き咎められた。うん、今のは完全に僕が悪かった。
だけどなにも、僕がため息を吐いたのは白雪が冬服の魅力を存分に出し切っていないからではなくて。いや勿論それもあるんだけど。
「ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」
「あら、私にテストで負けたから落ち込んでるのかと思ったけど」
「それもある」
先日行われた二学期中間考査で、ついに僕は白雪に負けてしまったのだ。合計点数が僅か二点足りず。一位に返り咲いた白雪のドヤ顔は、今でも忘れられない。数時間前の終礼の時の話なんだけど。
けど僕を悩ませている主たる原因はそれでもなくて。
「もう少しで修学旅行だろ? その時にちょっと、やらなきゃダメなことがあってさ。それがまためんどくさいんだよ」
「修学旅行、ね」
今度は白雪がため息を吐く番だった。文庫本も閉じてしまい、憂鬱そうに窓の外へと視線をやる。
僕と違って人間関係が壊滅的かつ、クラス内での立場も微妙な白雪は、この手の行事があまり得意ではないのだろう。小学、中学と苦労してきたに違いない。けれど今では彼女にも、友達と呼べる相手はいるはずだ。例えば井坂だったり、理世だったり。
いや、理世は友達じゃないのか? 少なくとも本人達は否定しそう。
「それより、うちの新しい部長はなにしてるのかしら? ちょっと遅くない?」
「三枝なら、部誌がどれくらい捌けてるか確認しに行ってるよ。やる気があるみたいで結構じゃないか」
体育大会が終了してから新体制となった文芸部。神楽坂先輩が引退してしまい、予想通り三枝が新部長として任命された。と言っても、今の文芸部は特にやることもなく、毎日部室でダラダラ過ごしているだけなのだけど。
修学旅行が終われば僕と白雪も生徒会で忙しくなるので、出来れば新入部員とか確保したい。ただ、この時期に入ってくれる人もいないだろうから、来年の新入生に期待するしかなさそうだ。
「ところで夏目」
「ん?」
「その、修学旅行でやらなきゃいけないこと、ってなにかしら?」
「んー」
まさかそこを突っ込んでくるとは。あなたに告白するんですよ、なんて馬鹿正直に言えるはずもなく。言葉を濁すしか選択肢がない。
「君には関係ないことだよ」
「本当に?」
「ああ、本当だとも。僕が君に一度でも嘘をついたり、騙してたことがあったかよ」
「······」
そこで黙られると困るんですけど······。
少なくとも僕は、そんなことをした覚えはない。でももしかしたら、僕に自覚がないだけで、白雪的には嘘をつかれたり騙されたり、と感じてることもあるかもしれない。それはちょっとヤバイな。身に覚えのないってことは謝りようがないし。
いや、でも考えようによっては。罰ゲームと言うていを取っている以上、今まさしく現在進行形で、白雪のことを騙してることになるんだろうか。
「まあ、詮索はしないわ」
「そうしてくれるとありがたいよ。それより、君は修学旅行の班決めでのあてはあるのか?」
「翔子が適当に残りを見繕うらしいわ」
明日のLHRで、修学旅行での班決めが行われる。我が蘆屋高校はどの学年のどのクラスも男女二十人の計四十人から成っていると言うのに、何故か男子三人女子三人で班を形成せねばならないのだ。つまり、必然的に余りが出ることになってしまう。
だから男女でそれぞれ二つほど四人の班が出てくるのだけど、そうなるなら最初から全部四人班でいいだろうと何度思ったことか。幸いにして僕には三枝がいるから、余りになってしまうことはないが、彼がいなかったら僕も見事に余りの一人として、憐れみを受けながらどこかの班と合流していただろう。本当、親友様様である。
「男子は、まああなた達のとこでいいでしょ。翔子もそのつもりみたいだし」
「ん、こっちも特に断る理由はないしね。三枝にも言っとくよ」
「二日目のグループ行動は大阪か兵庫よね? そこなら私もある程度土地勘あるし、適当に案内するわ」
そう言えば、楓さんが関西出身だったか。その娘である白雪も、何度か向こうに足を運んだことがあるのだろう。ここは有難く案内してもらうとしよう。
「まあ、なんにせよ。僕たちもあと一人誰か誘わないとダメなんだけどね」
「どうせ三枝に任せてるんでしょ?」
「その通り」
なにせ僕は友達が少ないからね! 悲しいなぁ······。
あけて翌日、金曜日。修学旅行まで残り一週間もない。来週の木曜日には、もう関西行きの新幹線に乗っているだろう。六時間目の今頃は、もしかしたらホテルに到着してる頃合いかもしれない。
班決めから当日までが近すぎると思うけど、先週まではテストだったからこれも仕方ないことだろう。
「じゃあ、修学旅行の班決めを行います。各々適当に班を決めて、前に報告しにくるように」
担任の適当な号令の下、クラスメイト達が教室内に散らばる。殆どの生徒は休み時間にでも決めていたのか、その足取りに迷う気配はない。
僕も取り敢えず立ち上がろうかと思うと、前方から三枝がやって来た。
「よう親友。ホテルでの枕投げの覚悟は出来てるか?」
「気が早すぎるよ。中学の時みたいに障子破って怒られても知らないぜ?」
「んなこともあったなぁ」
ケラケラと笑ってみせる三枝の背後に、僕よりも背の低い男子が付いて来ていた。三枝が捕まえた班のメンバーだろうか。
「出雲が残りの一人か?」
「ああ、いつも連んでるやつらから見放されちゃってさ。三枝に声を掛けられたんだ。よろしく、夏目」
「うん、よろしく出雲」
「さて、男子の顔合わせも終わったことだし、お姫様の方に行きますか」
立ち上がり、三枝を先頭にして一番後ろの窓際の席へと向かう。そこにある白雪の席には、白雪本人と井坂、そしてもう一人の女子が集まっていた。僕の前の席、いつも三枝に占領されてるその席の主である、
「よっすお姫様方。こっちのメンバー集めてきたぜ」
「ご苦労様。で、そこの男は誰かしら?」
「おっと、さすがは姫。クラスメイトの名前すら知らないとは中々だにゃー」
褒めるとこじゃないぞ井坂。クラスメイトの名前すら知らないって相当だぞ。僕ですら、クラス全員の名前は把握してるって言うのに。
「クラスメイトの出雲です。よろしく、白雪さん」
「こっちはあまりよろしくするつもりもないけど」
「君な······」
あまりな物言いに、思わず突っ込みたくなる。一応、修学旅行の二日目を一緒に過ごすんだから、もう少し友好的に出来ないものか。
しかし、白雪と出雲なら趣味も合うだろうし、仲良く出来るのではないだろうか。
「なあ出雲。君、ライトノベルとか好きか?」
「ラノベ? まあ、嫌いじゃないけど、最近のラノベはあんまり好きでもないかな。ありふれた主人公にありふれたヒロインが織り成す何番煎じかも分からない展開だらけで、とても読む気は起きないよ」
フッと鼻で笑い飛ばす出雲。そしてそれを聞いた白雪の片眉がピクリと上がったのを、僕は見逃さなかった。これはちょっとまずいやつだ。
「随分な言い草ね。最近のラノベ? ありふれた何番煎じかも分からない? これだから読解力もない癖にラノベに手を付けるやつは嫌いなのよ」
「俺は事実を言ったまでだよ。昨今のラノベはやれ異世界転生だの無双だのハーレムだのと、個性がなさすぎるんだ」
「そうやって大きな括りのみに囚われて小さな面白さを逃すのは愚の骨頂ね。ありふれた話の中にある、その作者だけの強み。それこそが最近のラノベにおける醍醐味なのよ?」
「使い古されたテンプレのどこに魅力を感じろと?ああ言うのは王道と言うんじゃない。ただ作者が王道と言う使い勝手のいい言葉に甘えた思考停止の末に生み出されてるものなんだよ」
「作者の人格否定まで始めるなんて、下の下ね。一回死んでげっ歯類にでも生まれ変わりなさい」
両者一歩も引かず、互いに睨み合いまだ口論を続けようとする。オタク同士だからと言って分かり合えるわけではないのか。まあ、野球好き同士が贔屓にしてる球団の違いで喧嘩することだってあるし、それと似たようなものなんだろう。
結局口論を続ける二人を無視して、僕は残りのメンバーに向き直った。
「三枝、これは人選ミスじゃないか?」
「そんなことねぇよ。白雪さんと対等に会話してるだけでも、これ以上ない人選だと思うぞ俺は」
「まあ、確かにそうだけど」
出雲は他のクラスメイトのように、白雪を始めから嫌悪している様子は見られなかった。ものの数秒で喧嘩になってしまったとは言え、しかし彼は彼女の噂や容姿、二学期始めのあの騒動すらも無視して白雪と関われる貴重なクラスメイトだ。
そしてそれは恐らく、井坂の連れてきた環さんも同じなのだろう。
「えっと、改めてよろしくね、環さん」
「は、はいっ。よろしくお願いしますっ」
ちょっと井坂の後ろに隠れている環さんに挨拶すれば、若干怯えられながらも挨拶を返してくれた。うーむ、僕、怖がられること何かしただろうか。
「たまちゃんは人見知りだから、あんまりグイグイ距離を詰めるのはオススメしないぜい、少年ども。特に三枝君は要注意ね」
「おいおい、俺は人畜無害な一般人だぞ?」
「ただでさえ身長差があるんだから、怖がられるのも無理ないだろう。それくらい察しろよ」
「背が高いってのもいいもんじゃねぇな······」
環さんはかなり身長が低い。小泉と同じくらいじゃないだろうか。つまり三枝との身長差は約四十センチほど。威圧感を感じるには十分すぎる。
「さてと。それじゃあ先生に班のメンバーを報告してくるよ。その後、二日目にどこ行くか考えよう」
未だ口論を交わしている二人以外から返事を受け取り、教卓で待機している担任の元へ向かう。グループ行動は二日目、学校側が出した大阪と兵庫のいくつかの候補の中から選んで回るのだ。他と被っても取り合いとかにはならないらしいし、これもサクッと決めてしまおう。
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