第82話
特に盛り上がりを見せずぬるっと始まった体育大会は、競技中に馬鹿みたいな盛り上がりを見せたくせして、始まった時と同じくぬるっと終わった。因みに、自分で言っていてなんだけど、ぬるっとって言うのがどんな感じなのかは私にも分からない。なんかこう、ぬるっと始まってぬるっと終わったのよ。
うちのクラスは優勝を逃してしまい、五クラス中三位と中途半端な位置に収まった。別に何位だろうとどうでもいいが、意外と悔しがってるクラスメイトが散見された。その中には夏目や三枝の姿も。
まあ、夏目の場合は午後から戦力外だったし、しかもリレーで派手にやらかしてしまっているので、戦犯と言っても過言ではない。
さて、体育大会本番も終わった私達運営委員には、まだ最後の仕事が残されている。テントや入退場門などの後片付けだ。
幸いにして野球部やサッカー部、他にも何人か手伝ってくれている人がいるから、そこまで時間はかからないだろうけど。前日の準備の時よりも、明らかに作業ペースが落ちている。まあ、みんな疲れているから無理からぬことだろう。
「こう言う力仕事は、男子に任せておけばいいのに」
「まあまあ姫。男子だろうが女子だろうが、人手が多いのに越したことはないでしょ?」
来賓席に並べられたパイプ椅子を、手伝いに来てくれた翔子と一緒に倉庫へと運ぶ。数はそこまで多くないものの、やっぱりやる気なんて起きない。て言うか疲れたから早く帰りたい。
「いやー、それにしても今日は楽しかった! まさか少年があんな派手に転ぶとは······」
思い出して笑いが込み上げて来たのか、ふふっ、と息を漏らして肩を震わせている。まあ、確かに見ていて滑稽ではあった。
「あんまり笑うと可哀想よ。本人、それなりに気にしてたみたいだから」
「およよ? 姫が少年を庇うなんて珍しいにゃー。いつもは率先して毒林檎を投げつけるのに」
「あなた、私のことをなんだと思ってるのよ」
別に私は、冷酷非道なお姫様ってわけじゃないんだけど。そもそもお姫様でもないわよ。
「でも、最近の姫はちょっと柔らかくなったよね」
「そう?」
「そうそう。少年となにがあったかは知らないけど、今の姫の方が私は好きだぜい」
自覚はなかったが、そうなのだろうか。実際、夏目に対して罵詈雑言を、翔子が言うところの毒林檎を投げつける回数は減っている気もするし、私自身努めてそうしている節もある。
彼に責任を取れと言われた、あの日から。
ツンデレの出来損ないみたいに毒ばかり吐いていた頃とは違う。少しでも素直に好意を示してみようと努力した結果が、今の私。
それで周囲に与える自分の印象まで変わっているとは、さすがに考えてなかったけど。
「この調子だと、少年とくっつくのも時間の問題かにゃ?」
「······馬鹿なこと言ってないで、手を動かしなさい」
「おっと今の間は」
「いいからさっさと片付け終わらせるわよ」
「相変わらず強情なお姫様だねん」
強情で結構。なんだかんだで、それが私と言う人間だ。どれだけ素直になろうとしても、結局勇気が出ずに一歩を踏み出し切れない。そんな人間。
でも、そんな私でも、頑張って勇気を出してみようと思ったのだ。
「ねえ翔子」
「なにかにゃ?」
「もし、もしもよ。もしもの話、私が夏目に告白したら、成功すると思う?」
「その無駄な前置きは全く意味ないよって言ってあげた方がいい?」
「いいから答えなさい」
それくらい私だって分かってるわよ。でもこんなことを聞くのでさえ恥ずかしいんだから仕方ないでしょ。
尋ねられた翔子は、何故かメガネをクイッと押し上げ、その奥の瞳を妖しく光らせた。もしかして、聞く相手を間違えたかしら······。
「まあ、普通に考えれば100%成功するよね。姫可愛いし。少年が姫に好意を寄せてるのは見てて嫌になるくらい分かるし」
「そ、そうよね。私、可愛いものね」
「ただし」
自信のない自分を鼓舞するための自画自賛は、腰を曲げてこちらを覗き込んで来た翔子に遮られる。人差し指をピンと立て、低い声で翔子が釘をさす。
「なにがあるのか分からないのが、世の中ってもんだよ、姫。もしかしたら、姫に告白された少年がテンパって断るかもしれない。少年が他の誰かに取られるかもしれない。姫が直前でヘタレて、結局いつまで経っても言えないかもしれない」
「うっ······」
「特に、姫がヘタレないかだけ心配なんだよね」
「······大丈夫よ」
「本当に大丈夫なら、こっちを見て言ってほしいにゃー」
そこは本当に自信を持てないんだから仕方ないでしょ。夏目に対して今まで色々と変なことして来てはいるけど、いざとなってヘタれる自信なら大いにあるわよ。
「まあでも、私のこれはちょっと考えすぎでもあるけどねん。姫が頑張って、少年に気持ちを伝えれば、それで晴れてハッピーエンドだよ」
「ハッピーエンド、ね······」
耳触りのいい言葉だ。物語において、あらゆる問題が解決した先にある大団円。それを現実世界に当てはめた時、どうやればそれに行き着くことが出来るのか。
そんなの、自分自身の手で掴み取るしかない。
単純だけれど、それがハッピーエンドを迎えるための唯一の条件だと、私は思っている。小説や漫画のように、ただストーリーに沿うだけとは行かないのが現実だ。
だから、他の誰でもない私自身が、心の底からそれを願って、掴み取る。そうすればきっと、こんな私にも大団円が待っているんだろう。
「っと、噂をすればなんとやら」
「······?」
「あれ、少年じゃないかにゃ?」
パイプ椅子を片付け倉庫の中から出た時、校舎の影に夏目の姿を発見した。この倉庫自体があまり人目につかないし、パイプ椅子の片付けも私と翔子の二人しかしていないから、人通りはない。
そんなところに何故彼がいるのかと思い近づいてみれば、夏目以外の声が。
「夏目君、最近調子はどうかな?」
「まあまあ、ってとこですかね」
この声は、紅葉さんだ。
なにも疚しいことはないのに、咄嗟に隠れてしまう。寧ろ、こうして盗み聞きみたいな真似をしてしまってる事こそ疚しいことと言えるのに。
「あれ、姫のとこの部長だっけ?」
「ええ。でも、どうして紅葉さんとこんな所で······」
やめておけばいいのに、溢れ出る好奇心は抑えられない。翔子と二人、夏目と紅葉さんの死角になる位置で息を潜めて、二人の会話に耳を傾ける。
「ふふっ、まあまあだなんて、また嘘ばっかり。わたしが見てる限り、前と比べると凄い距離が近いと思うよ?」
「まあ、そりゃ前に比べると······」
「桜ちゃんも笑顔が増えたし。連れ戻す時、一体なにがあったのかな?」
「それはさすがに黙秘しますよ」
私の名前が出たことで、一瞬ドキリと心臓が跳ねる。どうやら、二人は私と夏目のことについて話してるみたいだ。
そう言うことなら、人目のつかない場所というのも頷ける。夏目自身、あまり聞かれたくない話だろうし、紅葉さんも相談相手には丁度いいだろう。
残念なことに、私と翔子がここでこうして聞いてしまっているけど。
「じゃあ、その調子だと、修学旅行は大丈夫そうだね」
「はい」
なんだか、自然と口元が綻んでしまう。夏目だってこうして悩んで、紅葉さんに相談したりしているのが、どうしてか少し嬉しい。
そんな私を見た翔子が隣でニヤニヤし出したので、取り敢えず脇腹を小突いておいた。
しかし、修学旅行。三枝からも開会式の時に、楽しみにしておけと言われたし、つまりはまさか、なんて期待を持ってしまう。
だけど、続く夏目の言葉で、その期待は呆気なくも一瞬で崩れ去ってしまった。
「修学旅行で白雪に告白する。四月に言い渡された罰ゲームは、ちゃんとやり遂げますよ」
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