第81話
お母さんに根掘り葉掘り質問されて、馬鹿な男がそれに対して馬鹿正直に全部教えてしまったため、お母さんはやけに満足した顔で保護者席の方へ戻っていった。ちょっとお肌がツヤツヤしてたかもしれない。
これが小梅やお父さんの耳にも届かないことを祈るしかない。特にお父さんは煩そうだし。
「なんか、あれだね。パワフルな人だね、楓さん」
「ちょっとは歳を考えて欲しいわよ」
もうそろそろ四十の数字が見えてきてると言うのに、いつまでもキャピキャピしないでもらいたい。娘の私が恥ずかしいから。
「さて、白雪」
改まって私の名前を呼ぶ夏目。その目は至って真剣だ。
今現在は入場門で、私が出場する借り物競走の準備が行われている。私以外にも出場する生徒たちが集まっており、夏目もスタッフとして動員される。怪我は大丈夫なのかと心配したが、本人曰く、特に問題ないそうで。
「なによ」
「僕はあの箱の中身を、さっき確認して来たんだけど」
「生徒会が用意したから、変なものは入っていないはず、とか言ってたあれね」
「そう、それ。前言撤回させてもらうよ。十分変なものが入ってた」
思い出しただけで頭が痛いとばかりに、額を右手で抑える夏目。チラリと準備中の運営委員の方を見ると、ひとりの女子生徒がお題が入れられてるであろう箱を持っている。
見た目はいたって普通の箱だ。しかし、夏目曰く変なお題だらけで中身が混沌を極めているらしいパンドラボックス。
「そ、そんなに酷いのが入ってたのかしら······?」
「それはもう。別に君を脅すために誇張してるわけじゃなく」
「例えば?」
「それはさすがに言えないよ。でもまあ、覚悟はしといた方がいいぜ」
例えば。そう、例えば、シンプルかつベターなものとしては、好きな人を連れてこいとか? そうなると私には選択肢がひとつしかないんだけど······。
「普通のお題も、入ってるわよね······?」
「······」
「ねえ夏目? ちょっと、なんで目を逸らすのよ。ねえ」
「······まあ、頑張れ白雪。僕からはそれしか言えない」
嘘でしょ? なんかもう今から既に怖いんですけど。これで本当に変なお題引いちゃったら翔子のこと恨むわよ。ダンゴムシ持ってこいとかカツラ付けてる人連れてこいとか、そんなのはないわよね? ね?
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「え、ちょっと夏目っ······」
怪我の痛みは大分引いたのか、夏目はスタスタと歩いて運営委員達の方へ向かってしまった。
無駄に不安を煽るだけ煽って、自分は傍観するなんていい度胸じゃない。こうなれば意地でも普通のお題を引いてやるわよ。まあ、それが入ってるのかどうかも今の段階では怪しいんだけど。
「次の借り物競走に出場する生徒の皆さんは学年ごとクラス順に並んでくださーい!」
運営委員の号令を聞いた生徒達が列を形成していく。私もそれに流されるように動いて列に並んだ。
借り物競走は二百メートルトラックを半周、百メートルしたところで箱からお題を引き抜き、その後お題に書かれたものを持って、もしくは人を連れて箱のところへ戻り、それが正しいのか審査を受けてからゴールする競技だ。
運動は苦手だし体力のない私だけど、走ることに関しては別。なにせ、中学の陸上で成績を残している妹がいるのだ。小梅のために色々調べたりしたし、小梅が走る時の綺麗なフォームだって何度も見ている。
だから別に、足が遅いわけではない。まあ、体力はちょっと心配だけど。
「百メートルくらいなら大丈夫、なはず······」
そもそも、これは足の速さを競う競技でもないのだし、そこまで身構えなくてもいいとは思うんだけど。
取り敢えず持って来ていたゴムで長い髪を一本に纏めておく。並んでる他の生徒達からやけに視線を感じる気もするが、一々気にしていても仕方ないので全て無視。あなた達にみせるためにポニテにした訳じゃないのよ。
『続いてのプログラムは、借り物競走です』
そんなアナウンスの後、入場門からグラウンドへと移動する。観客達はワーワーと騒いでおり、流れているBGMにも負けない勢いだ。借り物競走こときでどうしてそこまで盛り上がれるのか。
この競技は一年生から順番に行われるので、私を始めとする二年、三年はトラックの内側で待機。因みに私以外の生徒はみんなトロそうなやつばかりなので、この競技は明らかにネタ枠として置かれているのだろう。
一年生の五人がスタートラインに並び、ピストルの音と同時に走り出した。五人ともやっぱり足は速くなくて、それどころかかなり遅い方だろう。辿り着いた順に箱の中から髪を取り出し、それぞれが目的のものを探しにグラウンドの方々へと散った。
「すみませーん! ネットで小説投稿してる人いませんかー!」
「誰かドラクエのバトエン貸してください!」
「ツイッターでフォロワー三千人以上の人、って、そんな人いないでしょ······」
「ゲームボーイ! 初代ゲームボーイ持って来てる人どこかにいませんか! つーかなんでそんな古いのチョイスしてるんだよ!」
聞こえてくる大きな声から察するに、どうやら酷いとは言っても難易度が酷いだけのようだ。けど、ネット小説投稿してる人とか、それもう出る方が恥ずかしいだけじゃない。
運営委員のテントの方を見てみると、爆笑してる会長が。その隣では、灰砂理世が引き気味に苦笑いを浮かべている。あの会長、あんなに笑うのね。意外だわ。
一年生五人はみんな苦戦してるのかと思いきや、そうでもなかった。約一名、大人しそうな女の子が、一年生のテントから男の子を引っ張って来たのだ。
その男子と共に、審査員、と言うか審判の夏目の元へ向かう。そこでオーケーを貰えたのか、何故か慌てた様子の男子と手を繋いで、その子が一番でゴールした。
『一位は一年四組ー! 仲良く手を繋いでのゴールでしたが、お題はなんだったんでしょうか⁉︎』
なんて、聞き方によっては実に白々しい女子生徒による実況が響いた。て言うか実況とかいたのね。全然気がつかなかったわよ。
ゴールして私達の目の前に来たから分かるが、男子の方は顔を真っ赤にしているし、眉ひとつ動かさずに表情を変えない女子の方はまだ手を離そうとしていないから、多分さっき私が想像してたお題と全く一緒だったのだろう。
まさか本当に入っているとは思わなかったけど、あの会長は何を考えているのやら。私が全く同じものを引かないように今から祈っておきましょう。
その後もなんと、驚くことに全員がお題のものを持って、はたまた人を連れてゴールした。まさか分かっていてお題にした? いやいや、さすがにあの生徒会長と言えど、今日この日にゲームボーイ持ってくる人とか分かるはずがない。
でもそれすらも知ってそうなのが怖いのよね······。
『さて、続いては二年生の出番です! 注目は我らが白雪姫、白雪桜! 一体どのようなお題を引くのでしょうか!』
よく見ると、実況席に座っているのは翔子だった。目が合ったと思ったら何故かサムズアップされた。今日は姿を見ないと思ったらそんなところに······。むしろここまで気がつかなかった自分が怖いわ。
運営委員に促されるままスタートラインに立つ。バカな実況のせいで無駄に注目されているが、文化祭の時に比べれば可愛いものだ。そもそも、こうして注目されてしまうことには慣れているし。
「いちについて」
並んだ二年生を見ると、私以外の四人はみんな見るからに陰キャっぽいやつらばかり。これは一位確定ね。いや、お題にもよるかしら。
「よーい」
どうか変なお題に当たりませんように! 心の中でそう強く念じるのと同時、ピストルの音が鳴った。
殆ど反射的に足を動かし、トラックを疾走する。陸上部や夏目たちみたいに速く走れるわけではないけど、それでも他の四人とかなり差をつけて半周の百メートルを走り終えることができた。
が、しかし。白雪桜、痛恨のミス。
「はぁ······はぁ······」
「し、白雪、大丈夫か?」
「いいから······さっさとお題、寄越しなさい······」
仕事中のはずの夏目が心配して声を掛けてくるくらいに、私はバテてしまっていた。ちょっと、さすがにこれは、体力なさすぎじゃないかしら、私······。
設置された長机の上の箱を睨む。箱自体はよくある形状だ。てっぺんに丸い穴が空いていて、そこから手を突っ込み中にあるお題の書かれた紙を取る。それだけ。
それだけなのだけど、事前に夏目から脅されたこともあって、妙に身構えてしまう。
ゴクリ、と喉を鳴らして、ええいままよと箱の中に手を突っ込んだ。中身なんて分かるはずもないのに、紙を掴んでは離しを繰り返すこと五回。
手を引っこ抜いて取り出した紙に書かれていたのは。
「嫌いな人、ね······」
なるほどそう言うパターンもあるのか。
まさかの逆バージョン。いや、好きな人とかよりは何倍もマシだけど。
さて、突然だけど私は友達が少ない。交友関係は絶無と言っていいだろう。それ即ち、ちゃんと知ってるような人間が少ないと言うことだ。だから、好きとか嫌いとか、そう言うのを判断する以前の問題。私の周りにいる人間は、その殆どが『興味のない』人間である。
一ヶ月前の私ならこのお題に四苦八苦していたことだろう。しかし今は幸か不幸か、嫌いだとはっきり言える相手が存在してしまう。
お題の書かれた紙を持ち、私は運営テントまで駆け足で向かった。体力が少し厳しいけど、たかが借り物競走とは言え負けたくはないので仕方がない。
辿り着いたテントの下にいるのは、会長ともう一人、私の目的の人物。
「おや、どうかしたか白雪君」
「会長に用はありません。そっちの女を借りに来ただけなので」
「私?」
自分を指差してキョトンと首を傾げる灰砂理世。私が嫌いだと言える相手なんて、この女しかいない。
「残念ながら私のお題に沿う人があなたしかいないのよ」
「因みになんてお題なの?」
「嫌いな奴」
「なるほど」
ニコリと笑った灰砂理世はそれ以上なにも聞かずに立ち上がり、テントの下から出て私の隣に立った。ここでそうやって笑顔になれるあたりが、嫌いな理由のひとつでもあるんたけど。
「じゃあ行こっか、白雪さん。さっきの一年生みたいに、手でも繋ぐ?」
「馬鹿言わないで。誰があなたなんかと」
「言うと思った」
笑顔を絶やさない彼女を連れて、審判の夏目の元へ。見た限りでは、他の生徒もお題を引いてまだそれを探しているようだ。
「お待たせ夏目。借りて来たわよ」
「お題の紙は?」
「これ」
握りしめていた紙を手渡すと、夏目はなぜか複雑そうな表情を浮かべる。彼は私達に仲良くやって欲しいみたいだから、その反応も当然か。
「なんと言うか、さすがとしか言いようがないな······」
「なにがよ」
「嫌いな人ってお題で、そうやって堂々と二人して来るところがだよ。じゃあ一応、どこが嫌いかのか聞いておこうか?」
「告白して振られたくせにその相手を諦めてないとこ」
「好きな人をを取られたこと」
「······もういい、行ってくれ」
真っ赤な顔した夏目に許可を貰い、ゴールテープ目指して走り出した。どうしてこう言う時は息が合ってしまうのか。
他の生徒はまだ時間が掛かりそうなので、特に急いで走ることもせずにトラックをゆっくり走る。観客席からは「白雪姫とシンデレラだ······」「二人ともやっぱ可愛いよな······」とか声が聞こえてくるけど、全部無視。隣で並走してる彼女も、そっちに耳を貸していない様子だ。
そうして難なく一位でゴール。
『二年生一位は三組の白雪桜! シンデレラと並んでのゴール! 姫ー! 私は一位になれるって信じてたよー!』
実況として一人に肩入れするのはどうなのよ。翔子の方を見ると、随分必死に手を振っている。思わずため息が漏れてしまった。
「翔子ちゃん、元気だねー」
「その元気をこっちに向けないで欲しいんだけどね」
「またまたー。満更でもないくせに」
「煩い。ウザい。鬱陶しい」
「罵倒が雑だなー」
なんかもう疲れたのでまともに罵倒する気にもなれないだけである。主に体力的に疲れた。
テントの方に戻って行く灰砂理世を特に見送ることもせず、トラックの内側の待機列に腰を下ろした。
「これで今年の体育大会も終わりね」
プログラムはまだいくつか残っているけど、私の出番は終了。仕事も残っていない。本当に疲れた。我ながら体力のなさに呆れてしまう。
まあ、これまでの運動会や体育大会に比べると楽しくはあったけど。
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