第74話
クラスメイト達が白雪を見る目は厳しい。それは当たり前のことだろうと思う。なにせ殆ど全員がいる前で、その全員を馬鹿にしてケンカを売るような発言をしていたのだから。その時の白雪に事情があったのなんて、クラスメイト達にとってはどうでもいいことなのだ。
更に言えば、白雪は元々クラスで孤立しがちだった。僕や三枝以外と会話してるとこなんて、全くと言っていいほど見たことがない。白雪姫と言う大仰なあだ名を与えられた弊害だ。元から『孤高で孤独な白雪姫』のイメージをみんなが持っていたから、こう言う状況になって話しかけるやつなんて、余程の馬鹿や物好き、もしくは変人だろう。
だから教室で彼女に話しかけるのなんて、誠の遺憾ながら変人扱いされてる僕と、馬鹿の三枝。そしてもう一人の物好き、井坂翔子の三人くらいのものだった。
「姫ー!! 私は、私は信じとったぜよぉぉぉぉぉ!!」
「ちょっと翔子、落ち着きなさいよ。あなた、キャラがぶれぶれよ」
物好きかつ僕以上の変人、と言うことにしておこう。元々口調が一定しているやつじゃなかったけど、ぜよとか言ってるのは初めて見た。
今朝の神楽坂先輩同様、白雪に抱きついている井坂と、それを迷惑そうにしながらも満更でもない顔で受け止めている白雪。
終礼が終わったと思えば井坂が白雪の方へ突進していき、今に至る。いやはや、愛されてますなぁ。
「お姫様とその従者、ってよりも、ありゃちゃんと対等な友人同士だな」
「違いない」
僕の隣で二人の様子を見ていた三枝が、微笑ましげに呟いた。白雪にとっての、唯一と言っていい友人。神楽坂先輩とも友人同士と言っても差し支えないかもしれないけど、先輩はあくまでも先輩だ。同い年の友人と言うのは、正真正銘井坂ただ一人。
「さあ姫! この後はファミレスでパーっとやりましょうぜ!」
「あー、井坂。悪いんだけど、僕が先約だ」
有頂天なところ申し訳ないと思いつつ、井坂に待ったをかけた。この後は白雪を運営委員の方に連れて行かなければならないのだ。
「ほほう? いくら少年と言えど、私と姫の仲を邪魔するようなら容赦しないよ? あ、もしかしてこの後デートの約束でもあるのかにゃー?」
「そんなんじゃなくて、仕事だよ。仕事」
「待って、仕事とか私聞いてないわよ。会長のとこに行くだけじゃないの?」
あれ、言ってなかったっけか。まあいいや。
「取り敢えず行こう。あんまり待たせるわけにもいかないしね。そう言うことだから、悪いね井坂。白雪は借りてくぜ」
「うーん、まあ、仕事なら仕方ないかな?」
「ちょっと、ちゃんと説明しなさいよ」
井坂と三枝の二人に断って、白雪を連れて会議室へと向かった。白雪が後ろからまだ説明しろだのなんだの言ってくるけど、どの道彼女に拒否権はないのだし。
ここはひとつ、サプライズということで。
「なんかあの二人、前より距離感近くない?」
「あれで付き合ってないとか言われるんだから、もう色々とわかんねぇよな」
未だにやいのやいのと文句を飛ばしてくる白雪を適当にあしらいながら歩いていると、前方に見知った茶髪のゆるふわウェーブを発見した。
それを白雪も視認したのか、飛んできていた文句と言う名の罵詈雑言が鳴り止む。そろそろ心が折れそうだったのでありがたい。
「あの子は······」
「待て白雪、ステイだ」
「まだなにも言ってないしなにもしてないじゃない」
すぅ、と目が細められたのを見て機先を制する。ビンタされたのを根に持ってるかもしれないし、ここで喧嘩されたりしたら本当に困る。なにが困るって、一夜明けて冷静になると、僕は彼女とどう言う顔をして接したらいいのか分かっていないのだから。
そんな話し声が前まで聞こえたのか、茶髪がふわりと揺れて彼女、灰砂理世と目が合った。
「あっ······」
「や、やあ理世」
「うん、こんにちは智樹くん」
振り返った理世は僕と白雪を見て、ニコリと微笑んだ。白雪なんてさっきから凄い睨んでて喧嘩腰なのに。
「よかった、上手くいったみたいだね」
「まあ、お陰様でね」
「私にあんなことしたんだから、上手くいってくれてなかったら困るんだけどね」
「ちょ、その言い方は······」
ふふっ、と笑みを見せるその様は、まるで小悪魔のようだ。実際、こちらを揶揄っているのだろう。他人がいる前で話せるようなことではないと言え、その言い方には些か以上の他意を感じられる。
そして勿論、それを聞き逃す白雪でもなく。
「へぇ、私が知らないところで、随分あの子と仲良くやってたみたいね?」
「待て白雪、君はなにか誤解してる」
「どうかしら」
相変わらずの無表情ではあるけど、僕には分かる。明らかに不機嫌だと。僕は詳しいんだ。詳しくない方が良かったなぁ······。
そしてそんな不機嫌モードの白雪に、ニコニコ笑顔のままで理世が近づいた。待って、取り敢えず会議室まで行こう?
「久しぶりだね、白雪さん」
「ええ、久しぶりね。あなたに打たれた時以来かしら?」
「そう言えばそんなこともあったねー。あ、もしかして痛かった?」
「それはもう。両親にも打たれたことなかったもの。貴重な体験をさせてもらったわ」
うふふあははと会話する二人が怖い。白雪さん無表情のままでもいいんですよ? なんでそんな怖い笑顔なの? 理世も、白雪のこと嫌いなら無理に会話しようとしなくていいんだよ?
僕のそんな思考なんて、二人には知る由もないどころか、知っていたとしても多分関係なく会話を進めるだろう。て言うか、二人とも知っててやってる。絶対。
「仕返しとか考えないんだ?」
「あなたのあれに対する仕返しなんて、打つよりももっと効果的なのがあるでしょう? そうね、例えば······」
そこで言葉を切ったかと思えば、白雪が僕の方を見た。なにかと問うよりも早く、白雪が動く。
グイッと体が引っ張られ、その場で踏ん張ることも出来ず。気がつけば、僕の腕には制服越しでも分かるくらいの柔らかな感触が押し付けられていた。
え、待って本当に待ってなにこの状況?
「し、白雪さん······?」
「こう言うのとか、あなたには効果覿面だと思うんだけど」
「······」
最早ドヤ顔で言い放つ白雪と、悔しそうに眉を寄せて、今にもむーっと唸り出しそうな理世。
いや、まあ、さすがの僕もここまで来て、なにが起こってるのか分からない、とか言うつもりはないけど。てか白雪さん、もしかして昨日僕が理世に告白されて振ったこと知ってる? 知っててやってるの? だとしたら性格悪すぎなのでは。性格悪いのは今更か。
「何か失礼なことを考えた気配がしたわね」
「痛い痛い痛い!!」
腕がギリギリ鳴ってるんですけど!
「ふ、ふん! 別にそれくらいじゃなんとも思わないもん。だって私、白雪さんと違って、智樹くんに名前で呼ばれてるもんね!」
「へぇ······」
強がるように胸を張って言う理世だけど、それは君から初対面の時にお願いされたからであって。僕としては別に特別な意味を込めていたわけではないんだけど。それくらい理世も白雪も分かるだろうに。
だから白雪さん僕を睨まないでください怖いです。
そんな想いが届いたのか否か、僕を睨んでいた白雪の視線は理世に移され、ふっ、と哀れみを込めた目と笑みを向けた。
「呼び方程度で誇れるなんて、おめでたい子ね。いや、寧ろ誇れるものがそれくらいしかないのかしら?」
「そ、そんなことないもん。私、智樹くんと花火大会にも行ったし、自分の部屋に呼んだりしたし、夏休み中は野球部の練習で毎日一緒だったもん。どこかの誰かさんが意地を張ってる間はずっと」
今度は理世がドヤ顔するターンらしい。そしてそれを見た白雪の片眉が、ピクリと吊り上がる。
「花火大会、私じゃなくてその子と一緒に行きたかった、なんて言ってたっけなー」
「待って理世、落ち着いて」
「私は落ち着いてるよ、智樹くん?」
嘘だ。少なくとも落ち着いてるんだったら、もっと目に光があってもいいはずだ。
てかこれ、誰が一番つらいかって、僕が一番つらいんですけど。あと白雪はそろそろ本当に腕を離してくれ。ここ、別に周りからの目がないってわけじゃないんだから。
「まあ、あなたがどれだけ吠えようと、私にはこれがあるからいいんだけど」
そう言って白雪は、真っ黒な自分の髪に咲く桜の花を、崩れない程度に触れた。一緒にそれを買いに行った理世には、勿論それが誰からの贈り物か分かっていて。
更に白雪は、トドメと言わんばかりに言葉を続ける。
「それに、文化祭の時の責任も取らなきゃいけないし、ね?」
そこで僕を見上げないでくれ。理世の視線が怖いから。
なんとか白雪に腕を離してもらい、無言で圧をかけあう二人と辿り着いた会議室。ここに来るまで、なんだか無駄に疲れた気がする。あと変な汗もかいた。女の子怖い。
会議室にはまだ全員集まっていないみたいだけど、会長を始めとする生徒会のみなさんは既にホワイトボードの前でなにやら打ち合わせをしていた。それがひと段落ついたのを見計らい、白雪を伴って会長のもとへ向かう。なぜか理世も付いてきたけど。
「会長」
「ああ、夏目君。と、白雪君もか。なるほど、和解できたようだな」
「その節は迷惑をかけました」
頭を下げる僕に続いて、隣の白雪も頭を下げる。ごめんなさいの一言くらい言えないのか。
「ふむ。白雪君を連れてきたと言うことは、なにも謝罪だけではないのだろう?」
「はい。残りのメンバー、副会長を白雪でお願いします」
「え」
声を上げたのは、 珍しくも間抜けな顔をしている白雪。まあ、一言もそんなこと言ってなかったからね。当然と言えば当然の反応だ。
「ちょっと、私聞いてないわよ」
「言ってないからね」
「因みに私が会計だよー」
「本人の了承を得ていないのか?」
「いや、元々白雪に拒否権はありませんよ。なあ白雪?」
「······それもそうね」
どうなら納得してくれたらしく、白雪は諦めたようにため息をついた。これも、取るべき責任のひとつだと認識してくれたのだろう。
「ふむ。では、白雪君が副会長で話は進めておこう。白雪君は、今日から運営委員に参加してくれ。残りの書記はどうする?」
自分の交友関係に考えを巡らせてみる。しかし僕の交友関係は残念ながら残念なことになっているので、考えるまでもなく行き詰まってしまった。
いや、別に友達がいないとか、そう言うことじゃないないんだけど。クラスメイトとは普通に会話する程度の仲を保っているし、嫌われているわけでもない、と思うし。
だがこう言うことを頼める相手なんて、三枝か井坂しかいないわけで。三枝は論外として、井坂は僕が求める条件とは一致しないし。
「すいませんけど、会長にお願いしてもいいですか? できれば男子で······」
「了解した。こちらで適当に声をかけておこう」
最後の一人まで女子は、さすがの僕でも肩身が狭いからね。うん。
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