第60話

 喫茶店を出た僕たち三人は、白雪への誕生日プレゼントを買いにモール内へと繰り出したのだけど。

 想定外の事態が、待ち受けていた。


「智樹くん、これなんてどう?」

「え、いや、どうだろう······」


 理世のオススメで入った雑貨屋でコップを手に取り、僕に見せて来る理世。そのコップはプラスチック製で、クマの模様が入っている。確かに可愛らしいだろう。しかし、なんというか、見るからに安っぽいのだ。

 実際貼ってある値札には百五十円と書いてある。


「それならこっちの方がいいと思うんだけど······」


 それに対して僕が指差したのは、なんかキラキラした模様の入っているグラス。勿論プラスチック製などではなく、値段も理世が持っているものの十倍。千五百円。いや高いなおい。


「そんなに高いのはダメ! 智樹くん一人暮らしなんでしょ? 出来る限り節約しなきゃ!」

「えぇ······」

「無駄なお金は使わない! 一円たりとも!」


 そう、灰砂理世は、いわゆる守銭奴というやつなのだった。

 さっきから一円でも安いものをしきりに勧めて来る。値段だけでプレゼントの価値が変わるとは思わないけど、それでもそこまで頻りに安いものを勧めるのはどうなんだろう。

 小泉は理世の後ろで諦めたように苦笑しているから、多分野球部の中では彼女のこんな様子は珍しいことでもないのだろう。

 そして、小泉は理世が守銭奴なのを知っていて、わざと僕の相談を断らなかった可能性が高い。喫茶店での意趣返しのつもりか。


「あ、じゃあこっちはどう? これも安いよ!」

「あのさ、理世」

「ん、なにかな智樹くん?」


 きっと理世は、純粋に良かれと思って安いものを勧めてくれているのだろう。にこりと可愛らしく微笑まれると、これから言おうとしている言葉に罪悪感を感じてしまう。

 しかし、ちゃんと言わなければならない。意見はしっかり一致させておかなければ。それができずとも、せめて共有しておかなければ。


「えっと、お金のことはあんまり考えなくてもいいよ。金銭的には結構余裕あるからさ。だから、安いかどうかじゃなくて、白雪が喜ぶかとか、そういう感じでアドバイスして欲しいんだけど······」

「なるほど······」


 ふむ、と顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。どうやら、僕の考えを理解してくれたらしい。これなら守銭奴と言うほどでもないだろうか。


「うん、分かった。ならこのエプロンならどう?」

「一応聞いておくけど、値段は?」

「二百円!」

「やっぱり安いやつじゃないか······」


 前言撤回。こいつは守銭奴だ。

 そもそも、黒い無地のエプロンとか、女子高生にプレゼントするもんじゃないだろう。千円以上のもっと可愛らしいものはたくさん置いてあるし。

 て言うか、二百円のエプロンが売ってるとか、この雑貨屋は大丈夫なのか?


「先輩方。お店変えませんか?」

「それもそうだね······」


 理世がオススメだと言うからこの雑貨屋に来たものの、なんか商品の値段とか見てたら不安になってきた。

 理世は少し不満げにしていたが、雑貨屋を出て次のお店、本屋へと向かう。


「そう言えば、白雪さんって図書委員だったね。本とか好きなのかな?」

「図書委員で文芸部なのに本好きじゃないとか、まあ有りえなさそうですけどね」


 僕の後ろで二人がそんな会話をしている。どうやら理世は白雪が図書委員なことを知っているらしい。まあ、同じ学校だし、知っていてもおかしくはないか。

 このモールのこの本屋は結構大きくて、中々に多種多様な本が揃っている。そして大きな本屋によくあるように、売っているのは本だけではない。手帳やペン、ブックカバーなどもかなり売っているのだ。


「無難なとこですね。贈っても変に思われることもないし、本好きな白雪先輩には丁度いいだろ、って感じですか」

「僕が適当に選ぼうとしてるみたいな言い方はやめてくれ。こう見えて、結構考えた末なんだよ」


 ブックカバーは白雪が必要としているかどうか分からないので、選ぶとしたらペンや手帳などだろう。その辺りなら、プレゼントしても邪魔にはならない筈だ。

 さてどれにしようかと商品を見ていると、ケースの中に展示されているボールペンや万年筆を眺めていた理世が、ひえっ、と小さく悲鳴をあげた。可愛いなおい。


「と、智樹くん? なんか、高くない?」

「そうかな?」

「だ、だってボールペン一本五千円だよ······⁉︎ そんな大金あればなんでも出来るよ⁉︎」


 驚愕した面持ちで僕の肩を揺さぶりながら真剣にそんなことを言ってくる。やめて肩揺さぶらないで気持ち悪い。あと唐突なボディタッチもやめて。ちょっと緊張するしなんかいい匂いするから。リア充のパーソナルスペースどうなってんの。


「落ち着いてください理世先輩。夏目先輩が死にそうです。あと、五千円は大金じゃないですよ」


 小泉が諌めてくれたお陰で、理世の両手が僕の肩から離れる。必然的に彼女の体も僕から遠ざかり、ちょっと名残惜しく感じていると、理世の隣の小さな後輩からジトっとした目を向けられてしまった。


「夏目先輩が理世先輩に鼻の下を伸ばしていた、と。白雪先輩に報告ですね」

「本当にやめてください死んでしまいます」


 全く、油断も隙もありゃしない。


「兎に角! こんな高いのはダメ! 智樹くんが財政破綻しちゃう!」

「いや、たかだか五千円程度で······」

「高校生的には結構な額だと思いますけどね」


 た、確かに······。僕は両親の遺した口座に多額のお金があったし、それは少なくとも高校生の間の暮らしは全く困らないほどに。そして学費は叔母が払ってくれているから、僕は他の人と比べると金銭的に余裕がある方なのかもしれない。

 ふむ、となると理世だけでなく、僕の金銭感覚も少し他とは違うのかもしれない。寧ろ神楽坂先輩の方が庶民的な金銭感覚かもしれない。それはそれでおかしな話だけど。


「まあ、理世先輩の言う通り、ボールペンで五千円は高すぎだと思いますけどね。こんなの百均でいいんですよ」

「まだボールペンに決めたわけじゃないけどね。ほら、万年筆とかもあるぜ?」

「万年筆は二万円だよ⁉︎ 智樹くん正気なの⁉︎」


 正気を疑うほどなのか。


「例えばの話だよ。文芸部的には、そこのメモ帳なんかでもいいかもしれないし、ここで決定させるわけでもないしね」

「でも、女子にこう言うのプレゼントってどうなんですかね」

「そうだねー。しかも、智樹くんから白雪さんに、でしょ?」

「それが?」


 僕から白雪に贈る、と言うことになにか問題でもあるのだろうか。理世と小泉は僕の反応を受けて、顔を見合わせてはぁ、とため息をついた。


「あのさ智樹くん。普通、ちょっといい感じの異性に贈る誕生日プレゼントで文房具って、ないと思うの」

「そうなのか?」

「理世先輩じゃなくてもわかりますよ、それくらい」

「そ、そうだったのか······」


 いかんせん、そう言う話は疎いから全くわからない。だからこそ小泉に相談を持ちかけたわけなんだけど。

 しかし、文房具はダメか。ならブックカバーで、と言う話でもないんだろう。となると、僕が考えられるのはもう一つしかないわけで。


「もしかして、なにか考えてるの、ある?」

「うん、まあ······」


 僕は理世と小泉に、白雪へプレゼントしたいもののことを話した。ブックマークや栞なども考えたけど、普段から全く使ってる様子がないこと。だから、何か身に付けるものをプレゼントしてみたいこと。その具体的な考え。

 それを聞いた二人、特に理世は目を輝かせている。どうやら、僕の考えは受け入れてくれそうだ。


「いい、いいと思うよ智樹くん! 問題はお金だけど······」

「いや、そこは一回考えないで行こう。うん。お金のことを考え出したらきりがないし、そもそもあれなら、あんまりお金もかからないだろう」

「で、でも、そう言うアクセサリー系って五百円はするよ⁉︎」


 安いな。


「小泉、なんかいい感じの店知らないか?」

「それを私に聞きます? まあ、知ってますけど」


 ちょっとムスッとしながらも、三人で本屋を出て小泉についていく。

 その後目的の店に入り、理世がまたお金のことで騒ぎだしたり僕のセンスに小泉が呆れたりしていたが、なんとか無事に目的のものを買えた。

 うん、二人のアドバイスを受けながらではあるけど、なかなかいいものが買えたんじゃなかろうか。


「ありがとう二人とも。助かったよ」

「いいのいいの! 友達を助けるのは当たり前だからね!」

「ま、夏目先輩一人だと変なもの選んでたかもしれないですし」

「智樹くんだけならお金を無駄遣いしそうだし!」


 小泉の言うことは最もだが、理世の言葉には納得しかねる。理世の金銭感覚がズレてるだけで、僕はおかしくないはず。

 まあ、それはどうでもいい。理世が守銭奴なのは今日一日で痛いほど分かったし。結果的にこうしていいものが買えたのだし。


「お」

「どうしたの?」

「ラインだ。白雪から?」


 ポケットの携帯がふるえた。どうやら白雪からラインの通知らしい。

 何の用かと思い開いたラインのトークルーム。そこに届いた彼女からのメッセージを見て、絶句した。


『十五日の話、無かったことにして頂戴。ごめんなさい』

「は?」


 この日以降、僕は夏休みに白雪と会うことはなかった。


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