第59話

 文芸部の合宿が終わって、二日が経った。お盆休みも近づいてきて、高校野球もさらなる盛り上がりを見せている中、僕は一人家でダラダラと無為な時間を過ごしていた。


「あー······」


 クーラーの風に当たりながらソファに寝そべり、天井を眺める。テレビからは高校野球の実況の声が聞こえて来て、画面を見なくても白熱した試合だと言うのが伝わる。

 そう言えば、なにかの拍子に今日からはコミックマーケットと呼ばれるものが開催されると白雪から聞いたことがあったっけか。行こうかどうか悩んでいるとか言ってたけど、聞いた話によると物凄い人混みらしいから、参加するとしたら少し心配だ。

 そうだ、その白雪だ。ああ、いや、白雪本人は関係なくて。白雪の誕生日がもう少しだ。それまでに、誕生日プレゼントを買っておかなければならない。

 だが残念なことに、何度も言うが僕は同い年の女の子にプレゼントなんてしたことがないわけで。どう言うものを上げるのが正解なのか、と言うよりは、どう言うものを上げない方がいいのかが分からないのだ。


「誰かに相談してみるかなぁ」


 そうなれば、誰が候補に上がるだろう。

 まず神楽坂先輩。先輩なら合宿中の話もあって真摯に相談に乗ってくれることだろう。可愛い小物とか結構持ってそうなイメージがある。しかし、夏休み中にわざわざ三枝との時間を邪魔してまで声をかけるのは、気が引ける。よって却下。

 次に、クラスメイトの井坂。確実に揶揄われるのは目に見えているけど、こう言うのには詳しそうな気がする。それに、普段僕たちの中をなにかと揶揄うのだから、積極的に協力してくれるだろう。ついでに、彼女自身も白雪へのプレゼントを買ったりするかもしれない。だが僕は井坂の連絡先を知らない。よって却下。

 最後に小泉。うん、小泉でいいや。なんか理由とかつらつら並べるのも面倒になって来たし。消去法ってことで。

 早速小泉にラインを送ることにする。


『ちょっと相談したいことがあるんだけど、今いいかな?』

『大丈夫ですよー。私も丁度先輩に用事があったので』


 返信は直ぐに来た。どうやら、向こうからもなにか用事があるみたいだが。夏休み中の練習についてだろうか。何日か野球部に顔を出すと言う約束を、野球部部長の新井と交わしているし、そのことかもしれない。

 と、小泉から続いてラインが来る。


『先輩に会いたいらしい人がいるので、今からどこかで待ち合わせしましょう』

「僕に会いたい人?」


 思わず声に出して読んでしまった。そんな物好きな人がいるのか。まあ、別に断る理由もないからいいのだけど。

 そのあと待ち合わせの場所と時間を決めて、再びソファに身を投げ出した。

 さてはて、僕に会いたいなんて奇特な人は、一体誰なのだろうか。





 待ち合わせ場所に指定したのは、四宮駅前にあるショッピングモール。以前、神楽坂先輩と三枝と後を尾けて、白雪とデートの真似事をしたところだ。当時のことを色々と思い出してしまいそうになるも、頭を振って必死に脳内から追いやる。

 この中の喫茶店を選んだのだけど、やはり夏休みだから、モール内は人がかなり多い。

 人混みの隙間を縫うように歩き、なんとか待ち合わせ場所の喫茶店へと辿り着く。こんなことなら、別の場所で待ち合わせたらよかった。

 しかし店内は外の人混みと比べて閑散としており、入っている客も数組しか見受けられない。その中の一組、窓際の席に見知った顔を見つけた。


「小泉」

「あ、夏目先輩。遅かったですね」

「時間通りだと思うんだけど」

「女の子を待たせてる時点で遅刻ですよ」

「そいつは悪かったね」


 会話しながら席に近づいていくと、小泉の向かい側には見たことのない女子が座っていた。

 小泉と同じでジャージを着ており、パーマをかけているのか、セミロングの茶髪はウェーブがかっている。整った目鼻立ちは愛嬌があり、控えめにいってかなり可愛い。なんというか、全体的にリア充オーラがプンプンしている。

 この女の子が僕に会いたいと言っていた人だろうか。僕の困惑を見て取ったのか、小泉が紹介してくれた。


「こちら、私と同じ野球部のマネージャーで、先輩と同じ二年の」

灰砂はいずな理世りよです。夏目智樹くんだよね。よろしく」


 小泉の紹介を引き継ぎ、自ら名乗ってニコリと微笑まれた。それがまた可愛いもんだから、白雪で慣らされていなかったら落ちていたかもしれない。


「うん、よろしく。それで、君みたいな可愛い子が、どうして僕なんかに?」


 尋ねながら小泉の隣に腰を下ろすと、はぁ、と呆れたようなため息が横から漏れた。


「夏目先輩。うちのマドンナをナンパしないでくれますか?」

「人聞きの悪いことを言うなよ後輩。今のどこがナンパだって言うんだ」

「軽率に女の子に対して可愛いとか言っちゃうあたりですよ」

「事実を言っただけだろう」


 そう言えば、前にも井坂に似たようなことを言われたっけか。これで勘違いする女の子もいるとか言ってたけど、そんなちょろい女子が現実にいるわけがない。いるとしたら、白雪が呼んでるラブコメの中だけだ。

 僕が小泉と言い合っていると、向かい側に座る灰砂がクスクスと笑みを漏らす。


「ふふっ、二人とも、仲良いんだね?」

「まあ、小泉は僕の女房を務めてくれたからね」

「修二との対決の時にキャッチャーやっただけじゃないですか。変な誤解を招く言い方やめてくれますか? 夏目先輩が同級生と後輩にナンパとセクハラしたって白雪先輩にチクリますよ」

「ごめんなさい」


 そんなことされたら、僕は白雪に消されてしまう。より具体的に言うと、この世に存在するありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられ僕の精神がやられて灰になってしまう。

 そんな僕たちのやり取りを聞いて、またクスクス微笑む灰砂。そんな姿がまた可愛くて、なんだか照れ臭くなってしまう。


「そ、それで? 結局灰砂は、どうして僕なんかと会いたいって?」

「うーん、率直に言うと、夏目くんとお友達になりたいなーって」

「はあ、お友達······」


 人差し指を顎に当て、くりんと顔を傾げながら考えるように言う。一挙手一投足がいちいち可愛い。

 しかし、灰砂の目的が僕と友達になることだとしても、やはり疑問は残る。


「それにしても、やっぱり同じ質問をするよ。どうして僕なんかと? 君くらい可愛かったら、他にも友達はいるだろうし、君と友達になりたい男なんてそこら中に掃いて捨てるほどいると思うぜ」

「夏目くんって、もしかして自己評価低い?」

「自己評価?」


 隣の後輩が無言で頷いたのが分かった。それを受けて、あははと苦笑する灰砂。


「今年の二年生女子の間でね、彼氏したい男子生徒ランキングが作られたんだけど」


 待ってなにそれなんか怖い。


「夏目くん、何位だったと思う?」

「話が見えないんだけど······」

「まあまあ。ほら、何位だったか言ってみなって」


 うちの学校は各学年六クラスあり、一クラス四十人。つまり、男子生徒は各学年に百二十人だ。それだけの人数がいる中、では僕はそんなランキングで何位にいるのか。


「······三位とか?」

「残念、五位でした」

「······ぷふっ」


 一番恥ずかしい間違え方をしてしまった。小泉なんか笑いを耐えきれずに息を吹き出してるし。めっちゃ肩震えてるし。

 いや、だって自己評価低いとか言われたら結構いい順位にいるのかなーとか思っちゃうじゃん! わー恥ずかしー! めっちゃ顔熱い! 穴があったら入りたい!


「ちなみに三位は三枝くんだよ」

「なん······だと······⁉︎」


 こっちの方がショックだった。


「それから、どうして五位なのか意見を聞いたんだけどね」

「聞きたくない······」

「『ちょっとダメ人間っぽくて可愛い』『喋り方が胡散臭いけど逆にそこがいい』『軽薄なナンパ野郎だけど余裕がある感じがしてかっこいい』とかかな」

「ねえ、僕聞きたくないって言ったよね? て言うか、殆ど悪口じゃなかった?」

「ふっ、ふふっ······」

「おい笑うな後輩」


 なんか、白雪の罵倒よりもつらいんだけど。え、なにこれ。灰砂、可愛い顔してやることがえげつなくない?


「てか、それ誰がアンケート取ったんだよ······」

「夏目くんと同じクラスの翔子ちゃんだよ」


 許すまじ井坂翔子。


「とまあ、こんな感じの評価を女子から受けて、しかもうちの部の新人に喧嘩売って惨敗したって言うし、あの白雪さんと付き合ってるって噂まであるじゃない? そりゃ興味出てくるよ」

「あれは負けじゃない」

「夏目先輩のぼろ負けでしたよ」

「白雪さんと付き合ってるのは否定しないんだね」

「いや、付き合ってもないけど······」


 ただ、その手の話はもううんざりしてたからスルーしただけで。未だ僕の片思い中だ。

 あまり掘り下げられたくもない話なので、軽く咳払いして話を変える。


「んんっ、それで、灰砂は僕と友達になりたいんだよね」

「うん。そうだけど、出来れば苗字呼びはやめて欲しいかな」

「あー、灰に砂だからか」


 確かに女の子的には、ちょっと微妙な文字の並びかもしれない。


「ならどう呼べば?」

「普通に名前で呼んでくれて構わないよ? 私も智樹くんって呼ぶし」

「名前で······」


 いきなり難易度の高いことを要求された。女子を名前で呼ぶなんて、生まれてこの方一度しかしたことないし。そもそも、僕は基本的に全員苗字で呼んでるし。

 しかし、本人からそう要求されてしまっては、名前で呼ぶしかないのだろう。


「······じゃあ、これからよろしく、理世。僕でよければ、是非友達にならせてもらうよ」

「うん。よろしくね智樹くん。じゃあ早速、ライン交換しよっか」

「そうだね」


 互いにスマホを取り出し、IDを交換する。これで文芸部の三人、大黒先生、小泉に続く六人目の連絡先を手に入れた。それにしても少ないけど。

 そう言えば店に入ってからなにも注文していなかった。流石にそれはどうかと思ったので、店員を呼んでコーヒーを注文する。程なくして店員が持ってきたコーヒーを、ブラックのまま口に含んだ。


「またですか······」

「わっ、智樹くんもブラックで飲むんだ! 実は私もなんだぁ」

「そうなの?」

「うん。やっぱりコーヒーはなにも入れずそのまま飲んだ方が美味しよねぇ」

「だよね! うん、本当にそうなんだよ!」


 まさかこんなところで同志に会えるとは!

 そうか、理世もブラック派だったか。ざまあみろ白雪。ここにちゃんと、僕の仲間がいたぞ!


「ブラックコーヒーについて語り合うのは今度にしてくれますか? 夏目先輩、相談があるんですよね?」

「ああ、そうだった」


 小泉に諌められて、僕がここに来た理由を思い出す。別に忘れてたわけでもないんだけど。


「なになに? 友達の相談だったら私も乗るよ?」

「うん、実はさ」


 僕は二人に、もう少しで白雪の誕生日がやって来ること。その日は二人で過ごすということ。そして、なにをプレゼントしたらいいのか分からないことまで、全て説明した。

 反応は実に極端で、小泉は眉をひそめて少し頭を悩ませるような素振りを見せ、理世は目を輝かせて机に身を乗り出していた。


「協力するよ智樹くん!」

「なんで理世先輩がそんなにやる気なんですか······。て言うか、普通白雪先輩のことで私に相談しますか? 一応、私と白雪先輩、仲悪いと思うんですけど」

「頼れるのが君しかいなかったんだよ。まあ、ここに一人増えたけど」

「私、そういうの選ぶの得意だから、どーんと任せちゃって!」


 ということで、友達になって早速、理世の力を借りることにした。彼女から溢れ出るリア充オーラとやる気が、物凄く頼りに見える。

 これなら、白雪にぴったりなプレゼントを選べるかもしれない。

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