第24話

 平日はクラスで劇の練習をして、放課後に部室で小説の原稿を進めるのが何日か続き、漸く休日がやって来た。

 慣れない演劇の練習で疲れが出たのか、いつにも増して怠惰に過ごしてしまっている。小説もあと少しで完成するところまで来たし、今日一日くらいはゆっくり休んでも誰にもなにも言われないだろう。そもそも今日は休む日と書いて休日なのだから、元から誰にも文句を言われる筋合いはないのだが。

 現在いるリビングをチラリと見回してみる。以前白雪が来た時にかなり片付けてくれていたのだが、今では元の姿を取り戻しつつあった。つまり、また散らかってしまっている。前よりマシなのは、本は散らかっていない程度だろうか。そもそも、最近は読書してる暇なんてなかったのだし、それも当たり前なのだが。

 しかしまあ、散らかっているのに変わりはない。こんな部屋を白雪に見られた日には、果たしてどんな毒舌が飛んでくることやら。想像するだに恐ろしいが、彼女が再びこの家を訪れる予定なんてないのだし、想像するだけ無駄か。


「あっ」


 などと言うことを考えていたら、プレイ中のFPSゲームで死んでしまった。連続キルはどうやら11人が限界らしい。これまでもそれ以上の人数をノーデスで倒せた試しがない。

 武器を変えてリスポーン。操作している兵士が荒野を駆ける。途中遭遇した戦車をRPGで破壊し、飛んでるヘリをRPGで撃ち落とし、そこら辺に歩いてる歩兵をRPGで狙撃する。めっちゃ楽しい。

 RPGの弾が無くなったのでメイン武器に切り替えると同時に、相手スナイパーに頭を撃ち抜かれて死んでしまった。


「マジか······。このスナイパーめちゃくちゃ上手いな······」


 スコアボードを見れば相手チームの一位を記録していた。キル数43でデス数3。ランクも150越えとかなりやりこんでいる。控えめに言ってヤバイ。よくキックされないものだ。

 そのプレイヤーのIDを見てみると、なんだか見たことがあるような名前をしていた。


「Snow-White······?」


 日本語で白雪姫。エンブレムを確認すれば、アニメの美少女キャラクター。

 ······いやいや。まさかまさか。偶然だろうきっと。いや絶対。彼女ががこんな廃人プレイヤーなわけが。

 確証もあるわけではないので偶然だと無理矢理自分を納得させると、スコアボードからSnow-Whiteの文字が消えた。まだ試合中だと言うのに落ちたと言うことは、ついにキックされたしまったか。もしくは自分の意思で落ちたのか。まあどちらでもいい。あの廃人プレイヤーがいなくなったのなら、こちらのチームにも勝ちの目が見えてくる。


 その後一時間くらい勝ったり負けたりを繰り返し、いい加減目が疲れてきた頃。入っていたサーバーから一度抜け、休憩することにした。

 徐々に足の踏み場が少なくなってきているリビングからキッチンへ移動し冷蔵庫の中身を確認して、ため息をつく。


「コーヒーなくなってる······」


 ブラックコーヒーの補充を忘れていたらしい。死活問題だ。今すぐ近くのスーパーに買いに行かなくては。服を着替えるのが面倒だとか言ってる場合じゃない。一分一秒でも早くコーヒーを買いに行かなければ。

 外出の準備をするために部屋へ向かおうとして、タイミング悪くチャイムが鳴った。


「誰だよこんな時に······」


 舌打ちしなかった自分を褒めてあげたい。僕のコーヒーへの道を邪魔するとは、果たして誰でどのような要件なのか。それなりの覚悟を持ってチャイムを押したんだろうな。

 この怒りが爆発しないうちにおい返そう。そう決意して開いた扉の先。


「えへへ、来ちゃった」

「おはよ」


 そこにいたのは、照れたようにはにかんで見せる神楽坂先輩と、眠たそうにあくびを噛み殺している白雪だった。

 神楽坂先輩はワンピースの上からサマーセーターを羽織っていて、いつもの髪留めもあわせて可愛らしい雰囲気を纏っている。

 白雪はホットパンツから伸びた足をタイツで包んで、プリントTシャツの上からパーカーを着ている。あと大きなビニール袋を二つ持っていた。

 所謂パンクスタイルたら言うやつだろうか。白雪さんちょっと似合いすぎじゃないですかね。


「······おはようございます」


 ちょっと状況が謎すぎて整理できないので、取り敢えず挨拶しておいた。おはようと言っても、今はもう11時くらいなので、こんにちはの時間でもあると思うが。

 よくよく考えてみれば、別に謎と言うほどでもない。状況だけを見れば、白雪と神楽坂先輩がうちに来た。ただそれだけだ。いや、十分謎すぎるか。なんでうちに来てるんだ。


「おはよう夏目君っ。取り敢えず上がってもいいかな?」

「え、いや今はちょっと······」


 今からコーヒーを買いに行くところだったのもあるが、汚くなったリビングを白雪に見せるわけにはいかない。それならこまめに掃除しておけと言う話ではあるのだが、誰がこんな突然の訪問を予想出来るだろうか。

 家に上げるのを渋っていると、白雪が手に持っていたビニール袋の一つを掲げてみせた。


「コーヒー買って来たけど、いらないの?」

「どうぞお上りください」

「ありがとっ!」


 意思弱すぎだろ僕。ちょろいとも言う。

 白雪はつい先日家に上げたばかりだが、神楽坂先輩を上げるのは初めてだ。ゴールデンウィークの時みたいに玄関先や家の前まで来たことはあったけど。

 靴を脱いだ二人をとりあえずリビングまで案内すると、先輩は苦笑いを浮かべ、白雪は僕を思いっきり睨んでいた。まあ、そうなるよね。


「なんだか、その、賑やかなリビングだね?」

「変にフォローしようとするなら素直に汚いって言ってくれて大丈夫ですよ······」


 これでも以前よりはマシなのだし。

 ソファ付近に散乱している洗濯物を適当に退けて、二人に座るよう促す。神楽坂先輩はありがとうと一言断って座ったが、白雪は手のビニール袋を置くために、キッチンの方へ向かった。


「夏目、台所借りるわよ」

「別にいいけど、まさか料理でもするつもりか?」

「そのまさかよ。そろそろいい時間だし、私起きてからなにも食べてないし、お昼ご飯作るわ」

「まあいいけどさ······」


 別に僕は、キッチンを人に使わせたくないとかそう言うタイプではないので構わないのだけど。

 家から持参して来たのか、パーカーを脱いだ白雪はエプロンを装着して手際よく料理の準備に取り掛かる。この前掃除した時に、キッチンのどこになにがあるのか確認していたのか、動きに迷いがない。持っていたビニール袋には、食材を入れていたようだ。


「それで、なにしに来たんですか?」


 興味深そうに付けっ放しだったゲーム画面を見つめている神楽坂先輩に問いかけた。サマーセーターは脱いでソファにかけており、薄いワンピースだけになったせいで視線に困る。


「それよりさ。桜ちゃん、随分手慣れてるよね」


 視線をキッチンの方に移し、神楽坂先輩は料理中の白雪に向けてそう言った。白雪は無表情のまま料理の手を止めず、視線もこちらに移さないで返してくる。


「妹によく作ってたので」

「あ、そうじゃなくて。夏目君の家なのにどこになにがあるとか分かってるみたいに動いてたから、ちょっと気になっちゃって」


 ニコニコと笑いながら先輩は言うが、僕は内心焦っていた。

 これ、もしかしなくても白雪が前にここに来たことあるの、バレてる?

 いや、別にバレたところで大したことはないんだけど、ただなんか恥ずかしいし。神楽坂先輩のことだから、「そっかー。夏目君、桜ちゃんと仲良くやってるんだねー」ってめっちゃ暖かい目で見てくるに決まってる。

 て言うか既にそんな目でこっちを見てる。


「夏目君、桜ちゃんと仲良くやってるんだね」

「ええ、まあ······」


 そして予想通りの言葉を頂戴してしまった。なんかめっちゃ恥ずかしい。悪いことはしてないのに妙に背中がムズムズする。

 言外に、罰ゲームのやる気はあるんだねと言われている気がするが、今それをこの場で否定すると言うのも出来ない。白雪がいるし。

 取り敢えず買って来てくれていたコーヒーを飲もう。元々その為に外出しようと思ってたのだし。て言うかいきなりの訪問で完全に忘れていたが、今の僕は寝間着な上に寝癖も治ってない。客人を迎える格好としては最悪だろう。

 まあ、今更気にしても遅い。二人からなにも言われなかったと言うことは、別にこのままでも構わないと言うことだろうし。


「ちょっと夏目。直ぐにご飯できるんだからコーヒー飲むのは後にしなさい」


 冷蔵庫を開くと、横から白雪が苦言を呈して来た。


「それと、その格好も。もう11時過ぎてるんだから、いい加減服着替えて寝癖も直して来なさい。みっともないわよ?」

「母親みたいなこというんだな」

「······」

「悪い、今のは無しだ」

「そう······」


 変に気を使われるとこっちがしんどい。白雪にはそんなつもりはなかったのかもしれないけど。

 兎に角、言われてしまっては仕方ないので、一度部屋に戻って着替えることにした。タンスから適当な服を引っ張り出して着替え、洗面所で適当に寝癖を直す。

 リビングに戻ると、既に昼食は完成していて、白雪が食事用のテーブルの上に三人分のチャーハンを並べていた。神楽坂先輩もそっちの椅子に移動している。


「ご飯できたわよ」

「桜ちゃんの手作り料理だよ!」


 手作りをやけに強調する先輩に苦笑しつつ、大人しく席に着いた。僕の向かいに先輩と白雪が並んで座り、丁度三つあった椅子の全てが埋まる。

 三人揃っていただきますの挨拶。取り敢えず一口、スプーンで掬って口にする。


「美味しいな······」


 思わずボソリと感想が漏れた。耳ざとくそれが聞こえていたのか、白雪はフフンと薄い胸を張ってドヤ顔を披露している。


「貧困な語彙ね。私の手作り料理を食べられたのだから、もっと美辞麗句を尽くして褒めてくれてもいいのよ?」

「美味しいものは美味しいとしか言いようがないだろう。僕にグルメリポーターの真似事を期待されても困る」


 胸を張ってるにも関わらず、隣に座る神楽坂先輩の方が大きく見えるのに涙を誘われる。口にしたり本当に泣いたりしたらなにをされるか分かったもんじゃないけど。


「で、なにしに来たんですか?」

「作戦会議、かな?」


 今日の要件を尋ねたところ、神楽坂先輩から恥ずかしそうな笑みと共に答えが返って来た。作戦会議。つまりは先輩と三枝の二人のことか。白雪も連れてきたと言うことは、先輩から白雪にも話をしていたのだろう。


「明日、三枝をデートに誘ったらしいわ」

「へぇ」

「今日はそのデートについての作戦会議よ。三枝については私達より夏目の方が知ってるだろうから来たの」

「なら事前に連絡してくれてもいいじゃないか······」

「紅葉さんがラインしてたはずなんだけどね。気づかなかったの?」


 ポケットに入れているスマホを取り出すと、確かに先輩からラインの通知が来ていた。ゲームに集中するあまり気づかなかったか。


「悪い、全然気づかなかった」

「酷いよ夏目君。嫌われたのかと思っちゃった」

「それは流石にないですよ」


 この先輩を嫌うなんて、相当なことがない限りあり得ないだろう。

 話の続きを促すように白雪をチラリと見る。察しのいい彼女は僕の意図を読み取ってくれたみたいで、詳しいことを話し出した。


「文化祭で使う備品の買い出しって名目で誘ったらしいんだけど、三枝はあんなんだし紅葉さんもこんなんだし、このままだと買うもの買って解散になりそうでしょ? この前、別の買い物に誘ったらしいんだけど、その時もそんな有様だったらしいのよ」


 ゴールデンウィークの時の話か。白雪がうちに来た日、神楽坂先輩は父親の誕生日プレゼントを買うと言う名目で三枝とデートしていたのだった。

 その話を聞いた時の親友の様子を思い出し、ついため息が出てしまう。最低限の買い物をした程度であんな反応を見せていたのか、あいつは。


「それで、前回の二の舞にならないように作戦会議、ってわけだ」

「うん。桜ちゃんに相談したら、夏目君も一緒に考えてもらおうってことになって」


 なるほど。確かに三枝の行動心理はそれなりに理解しているつもりではあるし、相談を持ちかけられてもおかしなことではない。だからと言って、いきなりいえにおしかけてくるなと言いたいところだが。まあ、それに関してはラインを無視してた僕も悪いから不問としよう。


「君はなにかいい作戦でもあるのか?」


 チャーハンを食べていた白雪に問いかけると、またしてもドヤ顔で胸を張る。一々隣と比べてしまって悲しくなるからやめてほしい。と言うか、白雪だって無いわけではないのだから、結局目のやり場に困ることに変わりはないのだが。


「任せなさい。最近はラブコメをよく読むようになったから、ある程度考えはあるわ」


 そこで参考にされるのがラブコメなあたり不安になるが、まあ考えがあると言うのなら聞こう。


「まず、明日は午後から雨の予報なの。だから紅葉さんには明日、傘を持って行って貰わないようにするわ」

「えぇ⁉︎ どうして⁉︎」

「それなら帰りに三枝と相合傘出来るからです」

「な、なるほど······」

「それとモールの中はかなりの混雑が予想されると思うから、逸れないようにと言って手を繋ぎましょう」

「い、いきなり手を繋ぐなんて無理だよ······」

「あとは先輩が適当な不良に絡まれでもすれば完璧なんですけど」

「それのどこが完璧なんだ······」


 あまりにも杜撰な作戦に思わず口を挟んでしまった。相合傘は、まあいいとしよう。手を繋ぐのは無理だ。神楽坂先輩から言えたとしても、あのヘタレバカの三枝が素直に手を繋ぐとは思えない。

 最後の不良云々に関しては、何年前なラブコメだ、としか。


「なによ、なら夏目はなにかいい作戦でもあるの?」

「そう喧嘩腰になるなよ」


 自分の案が否定されたからか、ムッとした顔をして睨んでくる。普通に怖いので視線を下に落として、チャーハンを一口食べたから口を開いた。


「まず、先輩は明日にでも告白しようってわけじゃないんですよね?」

「う、うん······」

「なら、そう焦る必要はない。相合傘くらいならいいけど、手を繋ごうと迫るのは悪手だ。あんまりグイグイ攻めすぎると逃げ出すのが僕の親友だぜ?」

「······確かに」


 納得したように頷く白雪。

 ならばあのヘタレを陥落させるにはどうすればいいのか。答えは簡単だ。


「向こうから攻めさせればいいんですよ。逸れそうだから手を繋ごうじゃなくて、手を繋ぐように仕向ける。例えば、人混みが酷いあまり躓いた振りをしたり」

「それであのヘタレが動くかしら?」

「その辺りは僕に任せてくれたらいい」


 二人が帰った後で三枝にラインして、明日は先輩と手を繋ぐくらいしろよ。とでも言っていたらいいか。ラーメンを奢るのを引き換えにしたら流石の三枝も動くだろう。


「流石思春期の高校生男子ね。妄想力が豊かさだわ」

「褒めてると見せかけて貶すのはやめてくれ」

「でもありがとう夏目君! 手を繋ぐのはちょっと恥ずかしいけど、それなら頑張れる気がする!」


 ここまで恥ずかしがっていては、両思いとは言え付き合うまでにどれだけ掛かるか。三枝が文化祭に告白すると決めてるからいいものの、そうでなければ先輩が卒業するまでずっと今のままな気がする。

 取り敢えず作戦としてはこんなもんだろう。全部が全部うまく行くとは思えないが、まあそこは本人達の頑張り次第だ。

 ひと段落したと判断してチャーハンを食べるのに集中しようと思ったのだが、次の瞬間、神楽坂先輩の口から予想外の言葉が飛び出した。


「そうだっ。わたしだけだと不安だし、夏目君と桜ちゃんも後ろから隠れてついて来てくれないかな?」

「え」

「はい?」


 この人は本当に、いつもいきなり過ぎるだろう······。




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