第4話
4月もそろそろ終わりが近づき、ゴールデンウィークが見えてきた今日この頃。みんなはどう過ごしているだろうか。
殆どの生徒は、来たる連休の予定で話に花を咲かせているだろう。どこぞへ遊びに行くとか、部活の遠征があるとか。楽しそうでなによりだが、僕はそれどころではない。
「よう智樹。死にそうな顔してるけど何かあったか?」
「分かりきった質問をするな······」
長机の対面で、僕と同じくパソコンに文字を打っていた三枝が、いやらしい笑みを顔に貼り付けて尋ねてきた。
三枝は順調にエッセイを書き進めているらしく、どこか余裕そうだ。一方の僕は、漸く真っ白な原稿にポツポツと文字が浮かんできた程度。白雪にあんなことを言われて、実際かなり本気で頑張ってはいるのだが、悩めば悩むほど文字が浮かばないと言う負のループに陥っていた。
「しっかし、智樹が本気で小説書くとはなぁ。信条を曲げてまで頑張る理由でもあるか?」
「別に、僕はそんな信条を掲げた覚えはないんだけどな」
勘違いしないで貰いたいのは、僕は本気を出すと言うことが嫌いなだけで、やらないわけではないのだ。
頑張った結果が報われないのが嫌だ。努力に裏切られるのが怖い。これまで積み上げたものが、瞬く間にして崩れ去るのなんて、もう二度と見たくない。
これが子供のワガママと同じだと言うのは理解している。だけど、あの瞬間の恐怖を味わいたくないのだ。
だから極力努力もしなければ本気も出さない。なにごともほどほどが一番。
その筈だったのだが。
「けど、お前にそこまでヤル気を出させるのがなんなのか、親友として気になるのは当たり前だろう?」
「そんな大したもんじゃないし、君が気にするほどでもない」
「わたし、分かっちゃったよ!」
所謂お誕生日席に座っている神楽坂先輩がいきなり声を上げた。僕達二人と違い、勉強に集中していたはずなのに、急に大きな声を出されたら驚いてしまう。
「ズバリ、恋だね!」
「はぁ?」
あまりにも予想外で斜め上な発言に、思わず失礼な声を出してしまった。この人いきなり何言ってんだ?
しかしそう思ったのも僕だけのようで、三枝は感慨深げに頷いていた。
「そうかそうか。智樹にも漸く春が来たのか······」
「いや違うから。僕がそんなものでヤル気を出すような男だと思うか?」
「思わないけど」
即答かよ。今の頷きはなんだったんだ。
「でも仕方ないよね。白雪さん、すっごい可愛いし。同性のわたしでも惚れちゃいそうだよ」
「いや、違いますからね神楽坂先輩。なにより白雪はないです。あんなのに恋するくらいなら二次元に恋したほうがまだマシですよ」
「修学旅行が楽しみだね!」
「僕は全然楽しみじゃないです」
いっそのこと、本当に白雪に恋することが出来ていたのなら楽だったのかもしれないが。残念ながら僕は彼女に恋愛感情を抱いていない。そもそも、それがどう言った感情なのかもいまいち理解できていないのだし。
「じゃあなんでそんなにヤル気出してるんだよ?」
「そうだね〜。夏目君、いつもはこう、のらりくらりって感じなのに」
神楽坂先輩はなんとなしにそんなことを言うが、三枝の口調はとても真剣なものだった。中学の頃の出来事と、その後の僕を知っているからだろう。
だけど僕は、敢えてそれをスルーする。
「のらりくらりって、なんかあんまり良いイメージないですね」
「そう? でも誰にも出来ることじゃないんだし、わたしは凄いと思うよ?」
ニパッと輝くその笑顔が眩しい。不思議と疲れが取れて行くような気がする。流石は我が部の癒し担当だ。
しかし三枝は僕を逃すつもりはないらしく、こちらに厳しい視線を投げかけてくる。
「おい智樹──」
「大丈夫だよ、三枝」
何か言われる前に、こちらの言葉でそれを遮った。僕達の雰囲気がおかしいことに気づいたのか、神楽坂先輩は僕と三枝の顔を交互に見る。
「君に心配をかけるようなことはなにもないから」
「······本当か?」
「ああ。僕が親友に嘘をついたことがあったか?」
「あったよ。何回も嘘をつかれてる」
「そいつは悪かった」
はあ、と溜息を吐いたのを見るに、どうやら詮索するのは諦めてくれたらしい。もしくは、呆れられてるのか。
どちらにしよ、白雪に僕の書いた小説を読みたいと言われた、なんて、この流れで言えるわけもない。
「まあでも、白雪さんが絡んでるのは事実だろ?」
「······そんなわけないだろう」
「分かりやすいやつめ」
「やっぱり白雪さんに恋しちゃった⁉︎」
「だから違いますって······」
神楽坂先輩はどうあってもそっち方面に結びつけたいらしい。まあ、あの罰ゲームの発案者だし。それもなんら不思議なことではない。
「ところで先輩。ゴールデンウィークの部活についてですけど」
パソコンを閉じた三枝が体の向きを神楽坂先輩の方に変える。僕を問い詰めるのは本当に諦めてくれたようだ。
「うん。前に言った通り、近くでバザーがあるから、そこに出店するよ」
今週末から始まるゴールデンウィーク。その二日目の4月29日に、学校近くの記念公園でバザーが開催されるのだ。蘆屋高校文芸部は毎年参加しているらしく、今年もその例に漏れず。
「なにを出すんですか?」
「去年の三年生が作ってくれた文集かな。三年生は卒業前に、その年に部員が作ってくれた短編小説の中でも、特に面白いのを幾つか集めて一つの本にしてるの。それが50部あるから、300円くらいで売るんだ」
「つまり先輩の小説も載ってるってことですよね?」
「うん。一つだけね」
「よし、じゃあそれ全部俺が買います」
「三枝君は売る方でしょ。だからダメ」
口の前で可愛らしくバッテンを作る神楽坂先輩。三枝はわざとらしく肩を落としているが、先輩の作品は文芸部の本棚にも置いてあるのだから、それで我慢しろと言いたい。
「バザーは11時からだから、準備とか色々考えると9時半くらいにここに集合かな。お昼ご飯はわたしがおにぎり作ってくるね」
「先輩のおにぎり! やったぜ!」
「ふふっ、喜びすぎだよ」
大袈裟に喜んでみせる三枝だが、彼からすれば大袈裟でもなんでもないのだろう。想い人が作ってくれるお弁当なんて垂涎モノだろうし。
我が親友の微笑ましい姿を目に収めて執筆を再開させようとするが、やっぱり一文字も進む気配がない。つらい。これは少し気分転換が必要だ。
「ちょっと自販機行って来ます」
二人に断りを入れて席を立ち部室を出る。自販機は図書室のすぐ近くだからあまり近寄りたくはないのだが、まあ、そう都合よく彼女と遭遇するとも限らないだろう。もしかしたらもう帰ってるかもしれないし、たまたま同じタイミングで向こうも図書室から出てくるなんて、中々ないはずだ。
のそのそと歩いて自販機まで辿り着く。ポケットから財布を取り出し、100円玉と10円玉を投入して、黒い缶コーヒー、即ちブラックコーヒーを購入。ガコン、と音を立てて落ちて来た缶を取ってプルタブを開ける。
「ふぅ······」
あぁ、美味い。やっぱりコーヒーはブラックじゃないと。カフェインが体全体に染み渡るこの感じ。堪らないね。
「またそんな苦いコーヒー飲んでるのね。カフェイン中毒になっても知らないわよ?」
「げっ」
ガコン、と自販機から音が鳴った。音の発生源に視線を向けると、そこには今は会いたくなかった白雪桜が立っている。白雪が購入したのは甘さに定評のあるカフェオレ。生クリーム入りらしい。
「なんで君がここにいるんだ。もしかしてストーカーか?」
「ストーカー、ね······」
いつもの毒舌が返ってこない。白雪は何故か苦々しい顔を浮かべた。しかしそれも一瞬のことで、直ぐにいつもの冷たい表情に戻る。
「あなたこそ、調子はどうなのかしら? 私に面白いと思わせるだけの作品は出来るのでしょうね?」
「さてね。それは出来上がってみないとわからない」
「こんなところにいる暇があるなら、さっさと戻って執筆しなさい」
「ここに来たのは息抜きだ。ずっとパソコンとにらめっこじゃ流石に疲れる」
「糖分が足りていないのではなくて? 私を見習ってもっと甘いものを摂取したらどうかしら」
「煩いぞ甘党」
「なによカフェイン中毒者」
やはり、彼女とは相入れなさそうだ。コーヒーは苦いからこそいいと言うのに、そこに砂糖だの生クリームだのを入れるのは邪道というほかない。いや、砂糖はまあギリギリ許そう。しかし生クリームはダメだ。許せない。しかしそう言うのを好きな人間だっているのは事実ではあるし、それ自体は否定しない。
「ところで白雪」
「なにかしら」
「一つ気になったことがあるんだけど」
不機嫌そうな顔でカフェオレに口をつける白雪。こちらを尚も睨んでいるが、なにもまだカフェオレにケチをつけようと言うわけではない。
「君、ストーカー被害にでもあってるのか?」
「······っ」
僕の言葉を聞いた瞬間、白雪は目を見開いて驚いた。そして苦虫を噛み潰したような表情をして問うてくる。
「どうして、そんなことを聞くのかしら······」
「最近の君の言動があまりにも不自然だからだ。この前僕を図書室に呼んだ時、君は誰かに尾けられていなかったかと聞いた。その時の要件は、わざわざ図書室に呼ぶほどの事でもなかったから、恐らくはそのストーカーがこれから君と会おうとしている僕を尾けていないか確認するのが本当の目的だったんだろう。それにその日の放課後、図書室に本を運ぶ時も、君は後ろを気にしていたし、今さっき、ストーカーという言葉を聞いた時の反応は決定打だと思うけどね」
少し鋭いやつなら誰でも気づくだろう。推理とも言えない僕の考えを聞いて、白雪は顔を俯かせてなにかを考える素振りを見せる。
本当に白雪がストーカー被害に遭っているのだとしたら。そうだとして、僕はそれを彼女に聞いてどうするのだろう。
やがて顔を上げた白雪は、手に持った缶を一気に煽って、力強い眼差しをこちらに向けて来た。
「あなたが気にするようなことではないわ」
「いや気にするなって言われても、っておい!」
これ以上なにも聞く気はないのか、白雪はゴミ箱に缶を捨てたあと、校舎に戻っていってしまった。
警察には届け出を出したのだろうか。それとも気の強い彼女のことだから、自分で解決しようとしている? もしくは僕の完全な勘違いか。さっき否定の言葉はなかったから、勘違いと言うことはなさそうだけど。
ともあれ、これでまた執筆が滞る理由が出来てしまったわけだ。
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