四十二

 美名はいつもと同じように園田と下校し、マンションの前まで帰ってくると、エントランス前に出入口に人が群がっている姿が目に入ってきた。何か事故でもあったんだろうかと、その人の群れを遠巻きに見ていた。

 やがてその人の群れの中のひとりが、美名のもとに駆け寄ってきて、

「このマンションの方ですか?」と訊いてきた。

 個人宅で使うようなビデオカメラとは明らかに異なる、大きなカメラのレンズが美名のほうを向いた。

「△△テレビの者です。ちょっとマンションの偽装について、一言願えませんか」マイクを向けられた。

 美名は、「すみません」と言ってマスコミの群れの中を縫うようにして通り、エレベーターの中に駆け込んだ。

 305号室に入ると、リビングの窓から宏司と唯介が表の様子を見降ろしていた。続いてマンション住人が帰ってきたらしく、取材を試みるマスコミのやかましい歓声が3階まで聞こえてくる。

「なんなの、これ?」ふたりに向かって美名が言うと、

「テレビでもやってるよ。なんかこのマンションに問題があったって週刊誌報道があったらしい」宏司が電源の入ったまま、テレビの画面を指さした。

「七時から、デベロッパーの社長が緊急記者会見するんだって。たぶん八時のニュースでやるんじゃないかな。今日、昼前からずっとこんな調子だったから、買い物行けなかったんだよ。困ったな」と唯介が言った。

「こないだ週刊誌の記者が来てたけど、このマンションやっぱりおかしいの?」

 美名が唯介にそう尋ねたが、唯介は苦り切った表情のまま何も言わない。

 音を小さくしたテレビから、アナウンサーの声が聞こえてくる。

「それでは、耐震偽装疑惑の出ているX県R市のマンション前から、伝えていただきます」

「……はい。こちらマンション前です」

 テレビ画面に、よく見慣れた建物が映っていた。


 午後八時からの公共放送のニュースでは、マンションデベロッパーの会社社長の山下龍彦の記者会見の模様を放送した。

 黒いカーテンを背景に、白いクロスが掛けられた長机に座ったままマイクを持って、ベンチャー企業の有名社長が記者の質問に答えている。

「つまり、偽装はないということでよろしいですか?」

「その通りでございます」

「マンション住民の皆様には何か説明はあったのでしょうか?」

「管理会社を通じて、書面で今回の騒動のお詫びと、マンションに一切瑕疵がないことを説明する予定でございます」

「インターネットの内部告発者に対して法的措置を取るということですが、週刊誌の記事によると告発者は発言内容に自信を持っているようですが?」

「司法の場で弊社の正しさを主張していくつもりです」

「つまり、裁判には勝てると?」

「百パーセント勝てます」

「マンションの設計では問題なかったが、建設の段階で何らかの不備があったという可能性はありませんか?」

「有り得ません」

 次の記者が指名されると、記者は立ち上がって、

「週刊文潮の渡辺と申します」と言った。

 山下龍彦の顔色が瞬時に変わった。

「我々が調査したところ、当該偽装が疑われているマンションの土地は、造成される前は河川だった地域で、非常に地盤が緩い場所になっております。基礎を作るときの杭打ちですが、地盤の下の支持層にまで到達するには長い杭が必要のはずで、15メートルを超える杭の場合は、大型トラックでも運べないため、現場での溶接作業を要するはずですが、御社の下請けでそういう工事をした実績はございますでしょうか?」

 山下はすぐ隣に座っている弁護士らしい人物に小声で何かを話した。弁護士短く答えると、山下は再びマイクを手に持った。

「すみませんが、今は確認できません。不正確なことを答えるわけにも参りませんので、その質問への回答は控えさせていただきます」

「マンションの建設を請け負った数社にも同じ問い合わせをしたんですが、そういう工事はしていないという回答でした。もう一度お尋ねしますが、現場での溶接作業はあったと認識していますか、それともなかったんですか?」

 山下は鋭い視線で記者をにらんで、

「控えさせていただきます。次の方どうぞ」と言った。

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