四十一

 水曜日発売の週刊文潮に、次のような記事が掲載された。


”スクープ 新興デベロッパー建設のマンション 違法建築の疑い ベンチャー企業の雄 濡れてで粟のインチキ商法”


 今を時めく「テンホールディングス」に重大な疑惑が持ち上がった。

 テンホールディングスの名前を聞いたことがある人も多いだろう。非上場ながら、金融をはじめ不動産や遊戯場など手広く営業している、ベンチャー企業だ。代表取締役社長を務める山下龍彦氏は若干36歳ながら、やり手の経営者として頻繁にメディアに出演している。東京の高級住宅地に一軒家を構え、フェラーリをはじめ高級スポーツカーを乗り回す派手な生活は有名で、近年は自動車レースのスポンサーにも名乗りを上げている。

 今現在はデベロッパー業は縮小し、ネット証券や投資ファンドの運用などの金融業がメインとなっているが、テンホールディングスは創業時は「テンリアルエステート」という企業名で、その名のとおり不動産を取り扱う会社だった。会社設立当初は不動産仲介業、宅建業だったが、しだいに自ら用地を仕入れて販売するようになり、創業3年でマンションデベロッパーとしての活動を始めた。

 ベッドタウンとなってる地方都市で、総戸数20~50戸ほどのファミリー向けマンションを開発・分譲することが多く、そのおしゃれな小振りで外観のマンションは子育て世帯に大人気で、申込者多数のため抽選による購入者決定が行われるのが常だった。

 しかしそのころに開発して販売したマンションの少なくない数が、欠陥があるのではないかという疑惑が持ち上がっている。

 きっかけとなったのは、匿名掲示板に寄せられた内部告発で、「何を偽装してるかっていうよりも、偽装してないところがないってレベル」「基礎から杭打ち、鉄筋も建材卸に根回しして一回り細いものを使ってる」などという内容だった。

 テンホールディングスに取材を申し込むと、ファックスで以下のような解答があった。

 「当該書き込みについては承知しておりますが、完全に事実と異なります。弊社に対する重大な名誉棄損であるため、現在顧問弁護士と対応を検討中であります」


 弊誌記者はこの書き込みを行った人物を探し出し、接触を試みたところ匿名を条件にメールを通じて取材することに成功した。

 ―― まず、掲示板に書いたことですが、事実でしょうか?

 A氏 ええ。事実です。

 ―― Aさんが関わったのは、具体的にどのマンションでしょうか?

 A氏 掲示板に書いたとおり、X県のR市です。

 ―― 「偽装してないところがないレベル」と書いてありましたが、これは本当でしょうか?

 A氏 そうですね。多少大げさに書いてしまったかな、とは思いますけど、私が見た限りでは重大な欠陥がないところはないと言っても過言ではありません。

 ―― 偽装は誰の支持で行われたのでしょうか?

 A氏 社長の山下です。

 ―― 仮にたとえば、今震度7クラスの地震があった場合、該当するマンションは大丈夫なんでしょうか?

 A氏 さあ。そのへんは僕は専門ではないので……。国の基準は満たしていないとしか言えません。でもまあ、基準を満たしているマンションに比べたら、当然リスクは高くなりますよね。

 ―― マンションのような鉄筋コンクリート造の建物の場合、建設に着手するまでは設計から建築確認という手順を踏むはずですが、偽装は不可能のように思われます。

 A氏 実際、役所が建築確認を出していたころなら難しかったと思うんですが、実は最近は民間企業が建築確認をしてる場合が多いんです。

 ―― 民間企業が?

 A氏 はい。政府がずっと進めてきた規制緩和の一環で、15年ほど前から「指定確認検査機関」というのに指定された会社は、役所の代わりに建築確認ができるとになったんです。

 ―― ということは、デベロッパーが設計したものをその検査機関が確認してると。検査機関の確認は信用が置けないということでしょうか?

 A氏 信用が置けないというか、正直に言ってザルです。ほとんど何にもしていないところばかりじゃないでしょうか。

 ―― なぜそんなことに?

 A氏 だって、仕事を依頼するのがデベロッパーなわけでしょう。カネをもらう立場の検査機関は、デベロッパーの言われるがままに判を押すしかないですよ。

 ―― なるほど。マンション建設の現場のことを聞きたいんですが、実際に工事をする建設会社は当然、マンションの設計がおかしなことには気づいてますよね? そこで止められないんですか?

 A氏 もちろん、建設現場で働く人はみんなおかしいことに気づいてます。でも、先ほどの検査機関の構図と同じ話と同じですが、建設会社はカネをもらう側なんで、おかしいと思っててもなかなか異議を差し挟みにくいんです。当時は不況の真っ最中で、建設会社も厳しかったですから。あと、積極的に偽装に協力して、幾ばくかの金銭を要求する建設会社もなかにはありました。

 ―― Aさんは良心が咎めることはありませんでしたか?

 A氏 ありました。しかし当時は転職するにもたいへん厳しい環境でしたので……。私にできることは、せいぜい匿名掲示板に書くことで、できれば役所の人や政治家など、立場のある人の目に留まって事態が改善されることを、祈るような気持ちで書きました。

 ―― 偽装が行われたとき、社内の人はどういう雰囲気だったんでしょう。同僚の皆様は気づいてなかったのでしょうか?

 A氏 気づいてない人なんて、いませんでしたよ。末端の営業から専務までみんな知っていました。

 ―― 偽装を止めるよう、指摘する人は社内にはいなかったのでしょうか?

 A氏 いました。私も上司に、こういうことは良くないと言ったことはあるんですが、みんな口を揃えて、「どうせバレるのは10年後とか20年後とか、大地震が来たときなんだから問題ないんだよ。少々しょぼいマンションに住んでてても、ただちに影響があるわけじゃない。でも、偽装を止めて真面目に営業したら、会社の業績にはただちに影響がある。どっちが大事か、言うまでもない」と言っていました。

 ―― 偽装はそんなに儲かるものなんでしょうか?

 A氏 もう、原価がぜんぜん異なります。工期が二割くらいは短縮できて、原価は三割以上は軽く圧縮できてたはずです。

 ―― 最後に、テンホールディングスはネット上の書き込みに対して法的措置を取るとFAXで通告してきましたが、Aさんはそれについてはどう思ってらっしゃいますか?

 A氏 望むところです。正式に訴えてきた場合は、司法の場で私の言っていることのほうが正しいと証明してみせます。

 ―― ありがとうございました。


 記者は実際、A氏が確実に偽装があったマンションと指摘したX県の物件を訪れ住人へ取材を試みたが、住人は偽装について知っている人は皆無で、マンションについては満足しているという人ばかりだった。

 革新的なビジネスモデルで財を成したベンチャー企業の雄は、果たして時代の寵児か稀代の詐欺師か。引き続き取材を試みる。

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