三十七
土曜日、予報通りに朝から弱い雨が降り始めた。薄い雲が空に貼り付いているようで、雨の日にしてはずいぶん明るい。
午後、美名は待ち合わせ場所の郊外にあるショッピングモールまで路線バスで出掛けた。
ショッピングモールの2番出入口の前で、往来していく人を眺めているうちに、待ち合わせ時間の午後二時を過ぎた。天候のせいか、いつもは混むはずの土曜なのに人通りは少なめだった。スマホを取り出してみると、いつの間にか園田からメッセージが届いていて、開くと「ごめん、10分くらい遅れます」とあった。
園田は予告通り、ちょうど10分遅れてやってきた。
「ごめん。意外に時間かかっちゃって」そういう言いながら駆け寄ってきた。
園田のジーンズのスソが、雨に濡れて色が濃いくなっている。
「自転車で来たの? 大丈夫だった?」
「いやあ、意外に濡れちゃった。けっこう、難しいんだな。傘指して乗るの」
「傘指し運転、危ないよ。お巡りさんに見つかったら、怒られるよ」
ふたりでショッピングモールの、洋服屋や雑貨屋、外資系のスポーツ用品店などを一通り見て回り、午後三時からは二階の映画館で、スーパーマンみたいなヒーローが活躍するアクションものの洋画を見た。
その後は、園田が軽く空腹を訴えたため、映画館からすぐ外に出たとこにあるフードコートで、コーラと大盛りのフライドポテトを注文し、多少頼りない白い樹脂製の椅子に座って、ふたりで食べた。
ふたりの会話の内容は、さっき見た映画のことだったり、学校や部活やクラスの友人のことなど。
他愛もない普通のデートだが、互いに情報を交換しあいながら、美名は幸福を感じていた。よく考えないまま園田の交際申し込みを受けてしまったが、間違いではなかったと思うようになった。このまま時が止まればいいと思った。
「そういえば、家のことどうなったの? この前、ちょっとゴタゴタしてる、みたいなこと言ってたけど」園田が思い出したように尋ねた。
「あ、うん。もう解決しそうだから。心配かけてごめん」美名は笑顔で答えた。
夕方6時を過ぎ、ふたりは帰宅することにした。
外に出ると雨はすっかり止んでおり、赤い夕陽が湿度とまざって、蒸し暑い。
「もしよかったら、自転車で二人乗りして帰る?」
美名は園田のその提案を、少し迷いながら受け入れた。
帰宅すると、午後6時半を少し過ぎたところだった。台所から、たまねぎをバターで炒めるいい匂いが漂ってくる。
いったん洗面所に行き手を洗ってからリビングルームに行くと、真子と宏司がテーブルの上で何かの資料を出して話し合っていた。
「何見てるの?」
美名もテーブルについてふたりの間に頭を寄せた。
モノクロで文字が印刷されているA4サイズの紙が何枚かあり、宏司の手元には薄い冊子が二冊あった。
「ちょっと自動車の教習所、行って来たのよ」真子が答えた。
宏司の手元の冊子には「××中央自動車学校 入所の手引き」と書いてある。
「お兄ちゃん、免許取るの?」
「うん、まあいい機会だから」宏司は少し恥ずかしがりながら言った。
引きこもって病的に雰囲気を出していた宏司は、外出するようになったおかげかすっかりさっぱりした外見になり、まだかなり太ってはいるものの年相応の青年に見える。
美名は兄が自動車を運転しているところを想像すると、なんだか滑稽で、バレないように小さく噴き出した。
「美名ちゃんも、進路決まったら取りに行かなきゃね。どうせいつかは要るもんなんだから、早いほうがいいわよ。先延ばしににしたら、どんどんめんどくさくなっちゃうんだから」
「うわっ、免許取るのって、高いな。これマジかよ」紙を一枚めくって宏司が言った。
美名もその紙を覗き込むと、「MT 298,000円 AT 288,000円」とある。
「そのATとかMTって何?」美名が訊くと、
「ギアを自分で操作するマニュアル車か、自動で操作してくれるオートマ車か、の違いだよ。うちの車はオートマだけど」唯介が台所で料理をしながら振り向いて言った。
「MTを持ってれば、ATもMTも運転できるけど、AT免許だとMTは運転できないのよ。宏司はMTのほうを取りなさいね。最近は売ってる車もオートマばかりだけど、いつMTを運転する機会がやってくるかわからないから」
「お母さんは、どっちなの?」宏司が訊くと、
「わたしはATだけ。お父さんはMT持ってるのよ」と真子は答えた。
唯介が、おまたせ、と言いながら、テーブルの上にハンバーグの乗った皿を運んできたので、宏司は教習所の資料を重ねてテーブルの端に置いた。
唯介の特製ソースのハンバーグは、専門店のもののようにおいしい。ファミレスでパートをしているというのもあるが、唯介はもともと料理が得意で、和洋中どんなものでもセミプロ級に作ってみせる。
家族揃ってテーブルに着席し、「いただきます」と言って、夕食が始まった。
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