四章
三十六
「ねえ、お昼は園田と一緒に食べないの?」
昼休みの屋上で、莉乃が青い空を見上げながら言った。
「うん。1年のときからサッカー部の人たちと食べるのが、習慣になってるんだって」
「そっか。わたしに気を使ってくれてるなら、別に気にしなくてもいいのよ」
「ううん、ぜんぜんそんなんじゃないから」
莉乃は、美名と園田が付き合うことを歓迎してくれた。「自分の彼氏なんだから、遠慮しちゃダメよ。言いたいことをため込むと、いつか爆発して取返しのつかないことになるから」などと恋愛指南してくれたりもする。
学校からの帰途は園田とふたりで下校しているが、昼休みに莉乃と屋上で昼食を摂る習慣には変わりはなかった。
「で、どうなの? うまくいってる?」
「うーん、どうだろう。まだ付き合い始めたばかりだから、あんまり実感ないけど……。明後日の土曜、お昼からふたりでモールに行くことになってて」
「へえ。休みの日はいつも会ってるの?」
「ううん。いつもは土日でもほかの学校と練習試合があるから、ぜんぜん会えない。次の土曜は天気予報が朝から雨だから、きっと中止になるだろうって」
「そっか。それじゃ、雨降ってくれるの願わなきゃね。てるてるぼうずを逆さまに吊ったら雨が降るって、どっかのオカルト本で読んだことあるけど、試してみたら?」
美名は、苦笑して曖昧に返事をした。
「雨の日だけ会える恋人どうしって、なんかロマンチックね。うらやましいわ。むかし、そんな曲あったよね」
莉乃には、今年の春まで前まで付き合っていた同じ学校の二つ年上の彼氏がいた。しかし、その彼氏が進学すると同時に、遠距離恋愛はできそうにない、という理由でフラれたと言っていた。今も恋人はおらず、しばらく作る気もないらしい。
「この前言ってたお祓い、まだなんだよね。いつだっけ?」
「うん、週明けの月曜日ってことになったみたい。なんかわたしも同席してなきゃいけないみたいだから、その日は学校休むね」
「そう」
美名は莉乃に、レイガーカウンターを持って来た日以後のマンションでの顛末を、逐一知らせてある。近場の霊能力者に頼んだと聞いたときはあまり賛成していないようで、「それでうまくいかないようならば、多少遠くて時間かかっても、有名な人に頼んだほうがいいかも」などと言っていた。
「で、その須磨って霊能力者、頼りになりそう?」莉乃が言った。
「うーん……。うちのお父さんもお母さんも、理佐さんも信じ切ってる感じだけど、わたしは正直言って、ちょっと疑問に思ってるとこがあって」
「どういうとこが?」
「無理にお祓いを勧めてこなかったから、わたしたちを騙してお金儲けしようって感じじゃないのは伝わってくるんだけど、言ってたことは『ただちに影響はない』みたいなことを、政治家の答弁みたいに繰り返すだけで、本当かなって思っちゃった」
元医師という経歴はさすがにハッタリではないか、と疑問に思った美名が須磨の名前を検索エンジンでサーチしてみたところ、須磨義雲というのは本名で、放射線が人体とくに細胞の染色体に与える影響を測定した英語の論文が複数出てきた。悪意のある人や嘘を言ってる人でないことはたしかだが、それが霊能力者としての実力を示すとは限らない。
「ただちに影響はない……か。ただちに影響、ねぇ。たしかに、言われて気持ちいい言葉じゃないわね。はっきりしてほしいわね。放置したとして、どれくらい後にどんな影響が出てくるのか」
「うん、それ。そこが引っ掛かってる。今は大丈夫でも、いきなり悪化しだすかもしれないわけだし……。ほかに頼れそうな人はいないから、専門家のあの人に任せるしかないのはわかってるんだけど」
「わたしもそのお祓いする現場、見てみたいけど、さすがに部外者のわたしが学校休んでまで同席するわけにもいかないわよね。どんな様子だったか、あとで教えてよね。……そうだ、明日、レイガーカウンター持って来て貸してあげるから、お祓い終わったら数値下がったかどうか、測ってみてよ。それで、その霊能力者が本物かどうかわかるし」
「うん。わかった」
莉乃は美名に顔を近づけてきて、なぜか小声にな、ら、
「ねえ、全部片付いたら、マンションで起こったことを体験談にまとめて、実話怪談アプリに投稿してみようよ」と言った。
「アプリって、この前の……? こんな話、信じてくれる人いないって」
「まあわたしが書いてあげるから、任せなさい。怖い思いしたら、そうやって物語の思い出にして供養しないとね」
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