三十三


 ちょうど一週間後の朝、タクシーに乗って霊能者の須磨義雲がマンションにやって来た。本日、霊能力者が来ることは、三階以外の住人には報せてない。報せる必要も、おそらくない。

 鷺宮英一郎以外の三階の住人が、学校や仕事を休んで、エレベーターの前で須磨を迎えた。

「みなさん、初めまして。 照蓮久遠院の須磨義雲と申します。本日はよろしくお願いします」やや甲高い声だった。

 霊能力者ということで、美名は勝手に和服を着た威風堂々たる人物を想像していたが、まったく異なっていた。身長は160ほどと小柄。須磨は夏のビジネスパーソンのような、半袖の白いカッターシャツにグレーのスラックス、革靴を履いている。手には大きな黒いトートバッグのようなものを提げていた。

 街ですれ違っても、この格好をした男を霊能者もしくは医者だと思う人は皆無だろう。

 正直なところ、かなり頼りなさを感じたが、すでに一度会っている唯介と吉田は、深々と頭を下げて、

「先生、よろしくお願いします」と言った。

 須磨も、膝がしらに手のひらを押し当てながら、丁寧に頭を下げる。それに合わせて、ほかの一同も、少しなおざりながらもお辞儀をした。

「それでは、早速ご案内いただけますか」

 まず、理佐が301号室のなかに須磨を招き入れた。玄関は開けっ放しにしていたので、部屋のなかから理佐と須磨が何やら会話を交わしている声が聞こえてきた。

 五分も経たず、二人は表に出てきた。須磨はまったくの無表情だった。

 続いて302号室を吉田夫妻が案内した。さっきよりは少し時間がかかったようだったが、それでも10分も掛からず終えた。

 303号室については吉田が、少し前まで中年の男性が一人で住んでいたが、数週間前に自殺を遂げたらしく今は空き家になっている、ということを告げた。

 それを聞くと、

「それじゃ、今は誰もお住まいになっておられないんですね? それじゃ、問題ございません」と言った。

 最後に305号室。

 唯介が先導して、狭い廊下を渡りながら須磨をリビングに入った。それに続くように、真子と宏司と美名も部屋の中に入る。

 須磨は部屋の天井から床までを見回して、「ほう」などという声を何度か上げた。そして、

「こちらに引っ越し始めたのは、いつですか?」と唯介に訊いた。

「マンション分譲の時からです。だから、だいたい10年です」

「ほーう。ということは、先ほどの吉田さんも同じことをおっしゃってましたから、吉田さんと城岡さんは新築のときからずっとこちらにお住まいなのですね」

「ええ、そういうことになります」

 須磨が美名の部屋を指さして、

「こちらの部屋、拝見してもよろしいですか?」と言った。

「あ、はい。どうぞ」美名は前に進んで部屋の扉を開ける。

「あ、こちらお嬢様のお部屋でございましたか。失礼しました。けっこうです」

 須磨は美名に扉を閉めるようなしぐさをして美名を促した。

「それでは、次は水場を拝見させていただきます」

「あ、どうぞ。こちらです」唯介が洗面所と風呂場に須磨を案内する。

 須磨は扉の閉まったままのバスルームを見て、

「ああ、こちらのマンションはみんな、同じ間取りになってらっしゃるんですね。なるほど」と何かに納得したように言った。

「ええ、たぶん最上階以外はみんな同じだったはずです」

「こちらで、何か心霊現象のような、不思議の体験をした方は、いらっしゃいますか?」

「あ、はい」

 美名が小さく挙手をすると、宏司と真子も手を挙げ、

「うちはみんな、経験してます。蛍光灯が割れるということがあったので……」

 唯介が天井を指して、食事中にあったこと、今は照明は交換済みであることを説明した。続けて、宏司が倒れてきた本棚に挟まれたことを告げる。

 美名も、夜中に録れた音声のことや、301号室のバスルームで目撃したことなどを、顔をしかめながら須磨に説明した。

「かしこまりました。とりあえず、ほかの方も表にいらっしゃることですし、一度お出になりましょうか」

 廊下に出ると、理佐と吉田夫妻が立って真剣な表情でこちらを見ていた。

 城岡一家も表に出て、吉田夫妻の横に一列になるように並んだ。

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