二十八
これ以上、古い地図はあるだろうか。美名はパイプ椅子を持ってきて椅子の上に立ち上がり、棚の上部を探した。
するとそこにはなんと、「1910年」と書かれた、市内の地図があった。しかし、これまで見た地図の冊子とはずいぶん違い、わずか50ページほどの小さい冊子だった。表紙は、まるでホワイトチョコレートのような色に焼けている。
1910年というと、昭和ですらない。大正時代だ。
本を傷めないように気を付けながら、その地図をゆっくり取り出した。そして、可能な限り優しい手つきでその地図を開いた。
今の街の風景とは、似ても似つかない。一面田んぼだらけで、郵便局のあたりに、敷地の広い民家が密集するように建っている。
それよりも美名が驚いたのは、さっきまで目安にしていた川だった。
今は北東の方角から南東へ向かってまっすぐ流れている川は、まるで蛇の腹のように左右に蛇行して描かれてある。川の左右はかなり広く河川敷となっているようで、地図上の河川敷には地図記号が何も描かれていない空間になっている。
「あ、そうだ」独り言を言った。
美名はスマホを取り出して、検索エンジンを開いた。わざわざ地図上の川を目安にしなくとも、スマホで今の地図と比較すればわかりやすい。
やっとそれに気づいて、自宅周辺の地図をスマホに表示させて、1910年の地図の上に並べるように置いた。
今は小規模ながらもきれいな建物になっている小さな特定郵便局は、当時から同じ場所にあるようだった。スマホの地図の縮尺を、古い地図の縮尺とほぼ同じくらいにして、スマホ上の郵便局から自宅までの直線の長さを指ではかり、その指をそのまま古い地図の上に持って行った。
美名の指は、なんと蛇行している川の真上を示した。当たり前だが、1910年の川の上には建物などあるはずもない。
つまり、今マンションが建っている場所は、昔は川で、おそらく大正期か昭和初期にその蛇行している川をまっすぐな形に整備して、その後土地自体は田んぼとなり、田んぼの一部を造成して家が建てられ、10年と少し前に、その古くなった家が取り壊されて今美名が住んでいるマンションが建設された、ということになる。
これより古い地図も残っているのかもしれないが、探しても無駄だ。何せ、それ以前の土地は、ただの川なのだ。美名が想像していたような、墓地や火葬場などあろうはずもない。
もし昔、あの土地で幽霊を生じさせるような何かがあったのだとすると、おそらくその二軒の住宅での出来事ということになるのだろう。
そこで殺人事件かなにかがあったのだろうか。探そうと思えば図書館のなかには古い地方新聞のデータも残ってはいるが、何十年分もの新聞の社会面をひとりで読むのはほぼ不可能だ。
スマホの時計を見ると、すでに午後6時10分になっていた。
美名は地図を棚に片付けると、図書館のカウンターに行き、書庫に案内してもらった図書館職員を見つけ、
「あの、ありがとうございました」と礼を言って軽く頭を下げた。
「もういいですか?」図書館職員はそう言うと、また書庫の鍵を手に取ってカウンターから出てきた。
図書館から外の駐輪場に出ると、日がだいぶ傾いてわずかに赤く色付いていた。
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