十三


 あまりに突拍子もない話。美名はそれを読んで、いったい何と感想を言えばいいのかしばらく迷った。

 正直に言えば、「有り得ない」の一言ですむのだが、オカルトを趣味にしている親友に対してあまり露骨なことは言えない。

「ふうん」といちおう納得したようなふりをして、スマホを莉乃に返した。

「ね、怪談とはちょっと違うでしょ?」と同意を求めてきた。

「うん、まあ……、違うね。オバケは出てこないし。でもまあ、こういうのって陰謀論よね」

「陰謀論も、広い意味では都市伝説のうちに入るのよ。でも、むかしは陰謀論で片付けられてた話も、後になってから真実だって話もたくさんあるんだから。今も世界の裏側で良からぬ企みをしてる集団が、きっといるのよ」

「人工地震兵器なんて、本当にあるの?」

「もし開発に成功した国があったら、世界最強になれるわよね。まあ、それを信じる、少なくとも信じたふりができるかどうかが、都市伝説を楽しめるかどうかの境界よね」

 美名は苦笑して、

「わたしには、無理そう」と言った。

「そう? まあ好き嫌い分かれるだろうから、無理には勧めないけど」

 三年生のカップルがレジャーシートを片付けると、ちらと美名と莉乃を横目で睨むように見ながら、校舎内に通じる出入口を通って行った。

「もしかしてわたしたち、お邪魔だったのかな?」美名が少し声をひそめて言うと、

「別に、問題ないでしょ。屋上はみんなのものなんだから。立入禁止だけど」莉乃はまったく気にしていない様子だった。

「それにしても、いろんなアプリあるのね。わたしなんかゲームとブラウザと、SNSメッセージのやり取りくらいしか使わないから」

「美名は使わなすぎよ。年寄じゃあるまいし。検索したらいくらでもおもしろそうなの、出てくるでしょ。しかもほとんどが、アプリ内で課金しなきゃ、無料で使えるものばっかりなんだから。通信量とスマホの容量あまってるなら、とりあえず何でもいいから、入れとかなきゃ損よ」

「うん。……あ、そうだ」

 美名は地面に伸ばしていた足を折って、体操座りの格好になった。

「どしたの?」

「こんなアプリないかなぁ。ちょっと長い時間録音したいんだけど、スマホに最初から入ってる録音機能使ってたら、ずっと録音状態にしてないといけなくて、すぐに電池なくなっちゃうでしょ? だから、音が鳴ってるときだけ録音を開始して、音が止んだら自動で録音をストップするようになるような……、そんなアプリ」

「んー、わたしは入れたことないけど、たぶんいくらでもあるでしょ。検索してあげるから、ちょっと待ってて」

 莉乃は再び画面に向かって、いろいろと文字を入力した後に画面を上下にスライドさせながら、いろんなページを開いたり閉じたりを繰り返していた。

「あった。これでいいんじゃない?」

 莉乃が美名に画面を示す。目を閉じているような顔文字が表示されていて、そのすぐ上には「寝言録音アプリ」とあった。

「このページ、メッセージで送るから、そっちで開いてね」

「あ、うん。ありがとう」

 すぐに莉乃のスマホからメッセージを着信して、添付されていた長いURLを開く。さっき莉乃のスマホの画面に表示されていたのとまったく同じものが美名のスマホに表れた。


 ”寝言録音アプリ

 ”夜自分が寝ているあいだに、どんな寝言を言ってるか

 ”知りたい人にオススメのアプリです。

 ”ICレコーダー替わりに使えます。

 ”使い方は簡単。

 ”起動して放置しておくだけ。

 ”音を感知してない間は省エネモードになるので、

 ”充電100%の状態から最長12時間は録音可能です。”


 ダウンロードを開始するボタンには、「無料」と青地に白抜きの文字で書いてある。

「たぶん、どっかの暇人が作ったフリーのアプリだろうから、機能は限定されるだろうけど、これでいいんじゃない?」

 自分の寝言など録音して何に使うんだろうという疑問はあったが、アプリの評価欄に、「このアプリを使って録音したおかげで睡眠時無呼吸症候群であることが確認できました。医師と相談しながら治療していますが、毎日重宝しています」という書き込みを見つけて、美名は妙に納得した。

 きっとこのアプリは、美名の望む使い方ができそうだ。

「ありがとう。これ、ダウンロードしてみる」

 ボタンを押すと、確認のためのポップアップが出てきて、「OK」を押した。かなり容量の小さいアプリらしく、10秒もかからずダウンロードを終えた。スマホのホーム画面の右下に、吹き出しのなかに「ZZzz...」とイビキをかいているような顔文字のアイコンが追加された。

「どうしたの? 何か録音する用事でもあるの?」

「うん。大したことじゃないんだけど、ちょっと気になったことがあって……」

 昨夜、園田からメッセージが来る前に、天井から聞こえてきた怪しげな音のことを思い出すと、軽く背筋に冷たいものが走る感覚があった。

 気のせいに違いない、とは思うものの気にならないわけではない。理佐も言っていた天井あたりから聞こえてくる異音とは、いったい何なのか。それを調べるには、録音する以外に方法はない。

 校舎のスピーカーから、予鈴が鳴った。美名は外して地面に置いていた棒タイをブラウスの背中に回し、両サイドを引っ張りながら結んだ。

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