二章

十二

 翌日、朝方まで続いた土砂降りが嘘だったかのような、雲ひとつない晴天となった。

 昼休み、美名はいつものように屋上に向かった。屋上の床は、昨日の名残りの水たまりがところどころにできていて、青い空の色を反射している。

 美名と莉乃のほかにも、三年生らしいカップルがフェンスの近くで、まるで遠足のように狭いレジャーシートを広げ、並んで昼食を摂っていた。

「今日、暑いね~。昨日は寒いくらいだったのに。なんで雨降った次の日って気温が上がるのかなぁ。美名もそれ外しちゃいなよ」莉乃がそう言って、美名の首元を指さした。

「うん」

 美名は言われた通りにする。学校内で棒タイを外す行為は、服装の乱れということで、教師からの指導の対象となっていた。

「どういう理由があって、こんな暑苦しいものをわざわざ首にまかなきゃいけないのよ。しかも女子だけ。時代錯誤もはなはだしい。こんなの女子に強要するなら、男子もネクタイしろっつーの」

 莉乃はブラウスのボタンを上からみっつ外した。その隙間から胸の膨らみがちらとのぞく。

 ふたりで並んで弁当を食べ終えたころ、莉乃が離れて座っている三年生カップルを横目で見てから、

「ねえ、園田の件はどうなったの?」と思い出したかのように訊いた。

「あ、うん。昨日の夜遅くなってから、申請してきたんだけど……」

「なんて言って来たの?」

 口で説明するよりは見てもらったほうが早いと、美名はスマホを出して莉乃に示した。

 莉乃は無遠慮にそれをひったくるようにして手に取り、画面をまじまじと眺める。

 読み終えると莉乃はスマホを持ってないほうの手のひらを自分の後頭部に当て、

「あっちゃー。なに、アイツもう告白してきたの? ワビもサビもあったもんじゃないね。せめてもうちょっと仲良くなってからでしょ。しかも送ってきたの、夜の12時過ぎてからじゃない。何考えてんのよ、アイツ」と苦り切った顔をした。

「うん」

「でも美名の返事も、『少し考えさせて』って……。まあいいけど、せっかくなんだし、直接会って話してみたらどう? 今から教室に帰って連れてきたげようか?」

 美名は立ち上がろうとする莉乃を制して、

「いや、いいの。何しゃべっていいかわからないし」と親友の手を引っ張った。

「そう? 昨日も言ったけど、まあ深く考えず気軽に付き合っちゃいなよ。それとも、園田のこと嫌い?」

「いや、別に嫌いってわけじゃないけど……。好きか嫌いかの以前に、まだよく知らないし」

 莉乃は美名の顔を覗き込むように、近づいてきた。

「煮え切らないわね。何かあるの?」

「いや、わたしなんかでいいのかなって思って」

 莉乃はそれを聞いて、呆れたように「はぁ?」という声を出した。

「それを決めるのは、美名じゃなくて相手のほうでしょ。アイツがいいって言ってんだから、いいのよ」

「うん……」

「もうちょっと自信持ちなよ。美名は校内で二番目にかわいい美少女なんだから」

「二番目って。じゃ、一番は誰なのよ」

「わたし」莉乃は右手の親指で自分の顔を指し示して、笑いながら言った。

 美名はそれに苦笑を返す。

「まあ、いいや。どっちにしても、早く返事したほうがいいよ」

「うん。わかった」

 そのとき、莉乃のスマホが受信の音を鳴らした。莉乃はポケットからスマホを取り出して画面を操作する。

「もしかして、またオカルトのアプリ?」と美名が訊くと、

「いや、別のやつ。似たようなもんなんだけど。これは怪談じゃなくて、都市伝説のアプリ」

「怪談と都市伝説って、何か違うの?」

「違うよ、違う。ぜんぜん、別」

「どう違うの?」

「え? えっと……、どう違うかと言うと……」莉乃は少しのあいだ考えるようにまばたきを繰り返していたが、「とにかく、違うのよ」と確信を持って断言した。

「で、その都市伝説のアプリも、最新のを配信して来るの?」

「そう。こっちは週に一個だけなんだけどね」

 莉乃はしばらく静かに画面を見て、配信されてきたばかりの都市伝説を読んでいた。すると、何かに納得したかのような表情をした。

「これ、これ。こういうのが都市伝説なのよ。まあ正確には、陰謀論に近いかもしれないけど。短いから、ちょっと読んでみて。怪談とは違うでしょ?」そう言ってスマホを美名に手渡してきた。

「週刊!あなたの街の都市伝説」というアプリが起動していて、青いロゴの下に、黒い背景に赤の文字が並んでいる。


 ”インターネットの匿名掲示板に投稿された、ある書き込みが注目を集めている。

 ”書き込みがあったのは巨大掲示板群のなかの、

 ” 「退職したから好きなことを書くスレPART59」、

 ”書き込んだ人は、建設会社を退職したばかりで、実はその建設会社が、

 ”過去に受注したマンションで、長年に渡り不正をやっていたと告発するものだった。

 ”いわゆる手抜き工事というやつだ。

 ”実は建設業界では、官公庁の建築物はバレたときに責任を取らされるので手抜きはできないが、

 ”民間の建物となると、大なり小なり手抜きがあるのが当然で、

 ”コストを削減して裏金を作るのが業界の不文律となっている。

 ”なぜ業界はそんな莫大な裏金を必要としているのか。

 ”それは政府と建設業界が極秘に研究している人工地震兵器の開発に、

 ”多額の費用を要するからだ。

 ”この地震兵器は、地球上のあらゆる座標で人工地震を発生させることも可能であり、

 ”また、これから発生する地震を未然に防ぐ、または震度を弱くするための研究も進められているという。”

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