第7話 コタツと共同浴場
前回、大騒動になった
意外にこいつ、温かくて重宝しているんだよ。
あの畑の火事があった翌日には鑑定が使える親父が朝早くからぶどう畑を見て回り、他に被害が無いかどうかの確認をして回っていた。
「これは、国同士の話し合いの方がすっきりして良いのでは…」とか、
「いやいや、状況見聞も済んでいませんし……」などの、
責任の所在に右往左往している大人達の話し合いに進展無し。
火事が消火された後、何処で紛れ込んだのかは分からないため持ち込んだと確定したときに生じる責任の所在によっては一辺境の問題では済まなくなり、国を挙げての大騒動に発展しかねない。
その日の夜半を過ぎても大人達はなんやかんやと合議を繰り返していたが、当の騒ぎの中心人物?は樽の中で寝ていた。彼は見たところ、彼自身が生きることに対して必要不可欠な水ではあったのだが、水雷による痛手を受けていたため眠ることで新陳代謝を促進していたようだ。
だが、このままでは下手人として闇に葬り去られてしまうだろう。その前にやらねばならないことがあった。
「
樽の中の気配が縮こまる。
火モグラを鑑定してみて分かったことだが、冬場のエサの少ないときに人間たちが溜め込んだ食料の匂いに惹かれて、換気口から人家の石室に入り込んでしまうようなのだ。だが、何度も入られた人間の方も対策を練っているようで腕のいい石工に頼んで複雑な形の階段と、罠を仕掛けているようだ。
それでよく、春先に地下の石室に衰弱死している個体がいるらしいのだ、火モグラは。
「
火モグラに問い掛けているように見えるが、何のことはない単なる一択だ。
水死と餓死と飼い殺しの袋小路の一択。
『生…キ…タ…イ…』という音にならない心の声が聞こえた。……ように感じた。
『分かった。転移させよう。』
俺は、既に工作済みの場所へと転移させた。
そこは、俺の部屋の床下。
絨毯を捲ればそこは石畳、熱い空気を遮断するために、貧乏貴族とはいえ書斎を含む住居や別棟の執務室というものは石造りなのである。
だが、冬の時期には地面からの風の冷たさは格別なため、転移を覚えたときに石畳を中空にした断熱加工を施していた。空気の循環によるものだが。
しかし、今回は、それがあったために折角の生きてる床暖房を逃がすという下策は取りたくなかった。彼の使用範囲は広いのだから。
床暖房の熱源、竈かまどの
毒とか腐ったものを食べて、居なくなってしまうのは勘弁して貰いたいので、彼のエサはコヨミ姉の癒やしの雨の溜まっている泉に落とすようにした。
そのうち、彼の嫁さん候補でも用意してあげよう。彼らの子供は箱庭の中で大切にされるさ。
「火モグラは?」
そう嬉々として樽の中を覗き込んでいたコヨミ姉に問われ、地面を素直に指差した。
「
「え~、そんなぁ……、うっ、う゛ぁぁぁぁぁぁん」
「
何となく意味を察したコヨミ姉に盛大に泣かれ、大いに戸惑った俺とウェーキ。
雰囲気に気付いた大人たちが間に入るがコヨミ姉の言葉に目を白黒させていた。
「わ゛だじも゛欲じい~。火モグラぢゃん欲じい~。あったかいお部屋欲しい~」
害獣に設定して駆除しようかというのに、畑を燃やされた賠償を取ろうかというのに、泣いている子供のわがままに振り回されていた。
「その樽に居たのでは無いのか?」という大人たちの問いに、一斉に地面を指差した俺たちに大人たちは絶句していた。
俺たち的には地面ではなく、床暖房を意味していた訳だが言葉が唯一通じるコヨミ姉は泣きぱっなし、俺たちはぶうぶうで訳分からないと来たものだからコヨミ姉をあやすために右往左往。
「ひっく、…あのねセトラちゃんのお部屋あったかいの。ぐずっ、…わたしもあったかいのがいいの。…火モグラちゃん居ると、あったかいの…」
そこまで何とか言葉らしきものを発したコヨミ姉は「火モグラぢゃん欲じい~~」とまた泣き出してしまった。
「セトラの部屋が暖かい? 石造りの床に厚めの絨毯を敷いただけなのに? 私たち親子の部屋は大きさの違いはあれど、そんなに暖かさが違うとは思えんのだが……、…………なんだここは、暖かい。確かにこれは、コヨミが泣くだけの価値があるな。セトラ、火モグラはこの下…か?」
俺が止めようと邪魔をするのをかまわず突き進み、俺の部屋に入るなり寛ぐ親父に、つい溜め息が出た。はぁ、さすがの領主様だわ、一応だけど。
「
こっくり頷いた俺に開いた口が塞がらない親父。
「え、マジで?」
再び、こっくり。
「どうやったんだ、土の中ではないんだな? とすると、石畳の中を掘って進んでいるのか? いや、アレのツメでは掘れない堅さにしたはずだ……。」
独りごちる親父に部屋の隅にある、水が八分目ほど溜まっている小さな井戸みたいなものの近くに俺は転移した。
「え……?」
「い、…今何をした?」
信じられない現象を見た親父は呻いた。「まさか、失伝したはずの転移魔法か……」
「
そして、石畳が露出しているところで手を石に添える。火モグラの大きさよりちょっとだけ大きい長直径のだ円型の石が出現する。
細工は
火モグラの大好物を斜めに開いたスリット投入口から入れると、やがてその井戸みたいなものから湯気が発生し始めた。
転移だけでも驚愕していた親父のあごが外れそうになるくらいに開いていく。
「セ、セトラ……、それはアレの火でそうなっているのか?」
重なる衝撃に言葉がうまく出てこないらしい。
「
重々しく、こっくり頷いた。
「マジかぁ……」
だが、
「外貨が稼げる……」
害獣だった火モグラが益獣になった瞬間だった。
賠償責任が発生しそうだった領主はもちろんのこと、火事の火元の火モグラも害獣指定から外れ冬季の餓死が減ること、領民にとっては暖かい家と火興しなどからの解放といいこと尽くめであった。そうそう、共同公衆浴場が建てられ、領民の畑作業の後の憩いの場が出来た。男と女できちんと別棟になっているのは言うまでもない。コの字型に建設されたそれは、エドッコォ家の明確な資産ではあるが領地を訪れる商人たちにも手頃な金額で利用が許されている。
もっとも、石工たちが火モグラの通る道を自在に加工出来るまでややしばらく掛かり、それまでの主戦力は俺になってしまったことだけは計算外だった。む、無念。
この出来事により、俺は一日のほとんどを石を加工することになった。
そして、火モグラの大好物のコイン型のエサは、領地の子供たち総出で製作していた。
エサ? もちろん地中型魔物ワームのぶつ切り。乾燥させることで栄養価が上がるのだとか。水に浸してから食べるらしい。
色々とあったが二歳まではこんな調子で毎日が過ぎていった。
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