第2話 奇跡の虹と天気雨

 実は俺の肩書きの環境コンサルタントとは仮の名。本業は気象魔法士である。


 気象予報士などではなく、気象士。


 依頼を受けて、天気を変えようという本人が話しているにも関わらず、実に怪しげな職業である。

 本人がそう言うのだから、仕方ない。


 古くは諸葛亮孔明などの軍師も活用していたという……技術スキルらしい。

 特に表立ってすることはしないでいるがたまに、人知れず梅雨前線や台風などのコースを変えていたりする。相手が天気だけに簡単ではないが。


 不肖の弟子の父親は、ヒリュキ・サトー。この国の重鎮。

 そして、オレの親友だが、彼が政治家のためかどうか知らないが仕事の依頼は結構ある。まあ、彼にも困ったものだけどね。

 彼との付き合いは永く、高等学校ハイスクールの時代からになる。

 オレがふとしたことで、ドツボにはまっていたときに貴重な意見や見解を述べてくれるような奇特な奴だった。

 無論、オレの能力は知っている。話したことも見せたこともあるから…。


 そして彼の息子つまりはボクちゃんとの付き合いは彼の父親のちょっとした依頼から始まった。その時も雨を止めて・・・・・欲しいという内容のものだった。

 自然現象である雨というものは、そう簡単に止まるものではない。


 特に梅雨時の雨というのはどこまでが雨で、どこまでが曇りなのかはっきりしない。 

 それを止めろと言うのだ……、彼も無茶を言う。


「いやぁ、彼シャイナーは雨が嫌いでね。絶対に晴れてますからって言って拝み倒して、この国に来てもらったんだけど、ご覧の通りだろう、天気予報でも良くなるとは全然言ってくれなくって、ね。」


 雨だから、居るだろうと思って彼の家に遊びに行ったときのことだったけど、なんでこんな事を頼まれるのかと少々唖然としてしまったのを覚えている。


「実はこれから、彼と街頭演説をしなければならないんだ。サンサイド・シャイナーという彼の名が示すとおり本当に雨だと機嫌が悪くなるんだ。僕の為にも何とかならないかなと思ってね…。」


 サンサイド・シャイナーは大西洋にある議会制の国を舵取りしている超大物だ。 どうして、彼が来るのかという想いがなかったわけではないが少々見誤っていたらしい、オレの親友の器というものを……。

 そこへ、まだ幼かった(今でも童顔だが)彼の息子がトコトコと近付いてくるなり、

「おじさん、雨を止めるなんてそんなこと出来るのぉ?」

 ……お・じ・さ・ん……、こんなショックの大きい言葉は最近聞いていなかったなと愕然とした。

で、つい……。


「お兄さんと呼んでくれないかなぁ、坊や?」

 オレの顔は引きつっていたかも知れない。彼の幼い息子にちょっと文句を言ったら泣かれてしまった。

 その幼かった彼が今のオレの助手だというのだから、人のつながりというものは本当に不思議なものである。


「分かった。やってやろうじゃないか。この坊やにもオレの凄さを見せちゃる。」

 オレの良いところであり、悪いところでもある決断の早さが、本領を発揮させる気持ちを作り始める。

それはどんな局面をも切り開いてきたものなのだ。

 さて、やるか…。


 その時に使った方法は詳しくは書かない。

 その方法はオレにしか出来ないものだし、他の誰が真似してもそこまで上手くはやれないだろう。何たって、オレの親友のためだもの、やるっきゃないでしょう。

 早速、天気予報図の画面をPC上に呼び出す。次いで空を見上げて確かめる。

 うん、これは何とかなりそうだ。


「ヒリュキ、街頭演説の場所ってどっちだ?」


「帝王ホテルの前だよ。あの広大な庭園を借り切ってある。」


 帝王ホテル、そこはこのニッポン州(その当時はニッポン国)に残った雄大な自然を残す数少ない施設だ。地球温暖化という嵐に飲み込まれたこの時代にあっての……ね。

 もっとも、この温暖化という時代が来なければオレの能力も必要ではなかったかも知れない。こんなに気象条件が悪化の一途を辿るなんて、想像もしなかったことだから。


 地球温暖化の対策として、世界各国が推奨し、執ってきた政策は、全てが付け焼き刃のようなものが大半だった。

 大事なのは、いかにして水を制御するかということだろう。北極や南極の氷が溶けているという事態は、南国の島が水没する事態を引き起こしていることもあるが、雲になる水が増えているということだろうに…。


 何故、飲料水を貯蔵しないんだろう。そのための技術はもう持っているというのに。

 地中で分解されるプラスチックでボトルを造り、一時的に水を地上に安定した状態で留めておけばその分の水は、異常気象の範疇から取り除かれる。

 飲料水として確保することも出来る。…そう、非常時にはね…。


 何故、二酸化炭素を放出削減にこだわるのかな。削減していっても出していることに変わりはないだろうに……。まして、木材を燃料にするのは、少々浅はかだ。石油ではなく、石炭は古生代の植物の化石だから、それらだって当時の二酸化炭素を吸収している。吸収、放出の中で削減ではなく、回収という考えがなければ、この星の未来は金星みたいになるだろう。


 フタが閉じている状態の大気の中に二酸化炭素が放出され、滞留しているということは、そう遠くない未来に人類を含む生物には、存在の危機が迫る。大気中に充満する二酸化炭素は不完全燃焼を呼び起こし、一酸化炭素の増加が拍車を掛ける。 それはカタルシスを引き起こす。地球全土での窒息……、嫌だなぁ。

 過剰な水分と環境の悪化が天候を左右している現在、普通の人間が出来ることはない。

 まぁ、そのお陰で、オレは仕事があるわけだが地球環境のためには良くないねぇ。


 今回、親友の彼が超大物を引っ張り出したのには、その辺の所も噛んでいるっぽいなぁ。

 まぁ、あいつにはいつもアイデア盛り沢山で話し込むからな。

 あいつの顔は立てておくとするかな。


「どっちが最初に話すんだい?」


「オレだよ。挨拶と、彼の紹介もしなければならないだろう。」

 肩を竦めて、苦笑いする。


「そっか。」

 タイミングは合いそうだな。


 オレはいつも語りかけるだけ……、空に向かってね。

 それがオレの方法だから、そのための風や雲や太陽がどう動くかなんてことは、オレの考えにない。いつでも、頼むだけだから今度も大丈夫だとオレは確信していたんだ。

 天気は変わる。変えられるって、いつも思っているし信じているから……。


 もちろん、俺の望み通りに天気は変わった。


 だけどそれは頼んだオレの思惑を遙かに越えるとてつもなく感動的に凄いものだった。

 広大な帝王ホテルの庭を埋め尽くす聴衆とマスコミ、無論、TVカメラも入っていた。

 話し始めはまだ、小雨模様だった。


 それがヒリュキの話が佳境に入った瞬間、急に雨が止んだ。

「……そうして、彼はここまでやって来てくれたのです。皆さんの心と言葉と思いを持ち帰るために……。」


 その言葉は、聴衆の地鳴りのような驚きの声で断ち切られた。


“おおおっ……”


 ヒリュキの目の前の景色が突然開け、真正面に太陽が出た。ということは……?

 雨上がり、太陽の反対側に何が出る……?

 それも多くの人の目を引きつけるほどの事って……、何?


「え…、何?」


 振り返った彼の目に写ったものは、二重に映える虹だった。

 ビルの太さもあるものが、その七色も鮮やかに巨大な虹となって存在していた。

 それどころか徐々に形を変え、真円になっていく。


 小高い丘の上に立つ帝王ホテル、梅雨という時期の十分すぎる水分の散布、まだ夕方になる前の十分な光量の太陽、やや下方からの照射とか色々あって初めて為された奇跡の瞬間が訪れたのだった。


 その奇跡に誰もが心を奪われ、何の動作も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。演説の時間も過ぎていくが、誰も気にする暇いとますらない。

 その奇跡を少しでも長く記憶に残しておきたいと思い、身じろぎもしない。

 それは、ここに招待されたサンサイド・シャイナーも同じだった。


「今日は君のためのステージだったね、誰が用意したのか知らないが、感動的なワンシーンだった。私もその一翼を担うことが出来たのは幸いだ。これからは私にもこんな奇跡を味合わせて欲しい。よろしく頼む。で、誰だね、この演出をしたのは……?」

 少々拗ねた物言いのサンサイド・シャイナーは、今回の街頭演説が誰のためのものになったのか、見抜いてしまった。

 だが、ここまでのものになるとは…、頼んだオレですら予想を大きく外したのだから、しょうがないだろう?


「凄い凄いすご~い…。」

 と、大絶賛だったのは、ヒリュキの息子、後の「ボクちゃん」である。


「決めた。僕もおじさんみたいになる!」

 そう言い放ったのに驚いたのは俺だけではなかっただろう。あたふたするヒリュキとその家族が、そこに居たから…。


 ところでその時の真円の虹だが、もう十数年も前の話になるのだが、いまだに思い出に残る景色とか、特集とかで出る。

 もちろん、彼らも出る。そのたびに当時の映像が引っ張り出され、関係者の言葉が流れる。当然のように彼らは有名になるよね、その現場に居合わせた者としてね。


 その時の印象が全世界に報道され、彼らは十年後に成立した世界連邦において、初代にシャイナーが、次代に親友のヒリュキが連邦主席にまで登りつめることになるにいたって、その現象の影響力に俺自身、震えが来たのは事実だ。


莫迦者ばかもん、やりすぎだ。少しは手加減しろ、目立ってどうする?」


「弁解するようで申し訳ないが、俺が全てを画策したとは思わないでくれ。あの事態になることは、俺にとっても予想外のことだったのだから……。」


 俺にとって、目立つことは極力避けたいのだ。環境コンサルタントとして、やっていく以上目立ちすぎは良くない。ましてや、気象魔法士なるものの存在も、公けにはしたくないのだから。

 だから、いつも、天気予報を見てはそれを改変していく。……ことはしない。……こともない。


 現在も不思議な天気を経験すると、不肖の弟子にとっては俺の力だと誤解される。


「先生、天気雨はなぜ、起きるんですか?」

 今朝、オレの起き抜けにそんなことを聞いてきた不肖の弟子。


「何だ、いきなり。おまえも気象予報士なら定義くらい知っているだろう。」

 そう、彼は最年少で気象予報士の資格を取得した一人だ。俺の職業をよく知るためには、天気に関するアレコレが必要だ。必要だが、さらにその常識をぶち破らなければならない。


 かつて、彼と同じ歳で初めて取得した少年の年齢を最年少の受験資格として規定したため、同じ年齢までしか記録にはならない。まぁ、妥当なところだろう。虚栄心は天候には必要のないものだからな。


「晴天にもかかわらず雨が降っている状態だっていうことは知っています。でも、先生のは違うじゃないですか。何ですかあの現象は?」

 言われて気付いた。昨日、出会った雨のことを言っているらしいと。


「あ…、ああ、アレな。だが、アレはオレのせいじゃないぞ。自然に起きた現象だ。オレは何の関与もしていない。」

 といっても普段のオレを見ている彼が信じるとは思わないのだが、神様に誓って真実なのだからしょうがない。それは……。


 昨日、依頼人の事務所に向かっていたときのこと。

 運転していた車が中小路に入った途端、それまで快晴だったはずの天気が豪雨になったことだった。まあ、天気の変わり目か。それに当たったにしては、なんともいきなりな展開だなとUターンしたら、横に座っていた不肖の弟子の童顔が固まった。


 相当に有り得ない経験だったからな。

「晴れた?」


 依頼人の事務所は豪雨の中。もと来た道を戻ったら快晴。確かに有り得ないが、オレのせいではないぞ。まぁ、疑われても仕方ないけどな、オレの場合は。

 だが、悪の魔法使いだとか、悪の秘密研究所だとかには、雷雲がつきものだろう。それと同じだ。もっとも依頼人は悪人ではないから、普通に天気雨だったんじゃないか?


「先生…、先生の職業を知っている僕がそんな言葉を信じると思っているんですか? 依頼人の方にきっちり依頼されたことを成し遂げていて信じると思っているんですか!」


 びっくりした。不肖の弟子の口から雷が出てきた。さすが、オレの弟子。

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