気象魔法士、ただいま参上 !

十二支背虎

第1話 台風退治と弟子

『明日の天気は全国的に雨、傘が必要です……』 

 壁に掛けたテレビから流れてくる天気予報を確認するのが俺の日課だ。


 う~む、お天気お姉さん可愛いな~。

 次いで、俺は手元のノートPCでスケジュールを確認する。

 よし、何も入っていないというかしばらくヒマだな。

 誰からの依頼もないときは優雅に過ごせる、至福の時間帯だ。

 その分、食事が貧しくなるけど、ま、それはいい。


 俺の名は江戸エト世虎セトラ。二十二世紀初頭の生まれで地球テラという星のニッポン州出身。というか、住んでいるけど。

 江戸家の第一子として誕生したのが俺、である。冗談みたいなこの名は過去に数多く輩出されている。同じ事を考える名付け親がやはり多かったということだろう。ちなみに俺は親戚から、江戸世虎Jrと言われてる。

 十二回目の江戸世虎だからジュウニヤァらしい。

 こら、そこで笑っているんじゃない、……俺の不肖の弟子がにやついていやがる。


 我が親ながら、何を考えてこんな名前にしたのであろうか、聞いてみたかったけど、物心ついたときには、その姿は家にはなかった。

 まあ、別に死んだわけでも、やばいところに捕まっているわけでもなく、蒸発とか失踪とか言うヤツだな。最も蒸発とか言っている割りには、ちょくちょく帰ってくるのだけど……本人たちが。

 何でも世界旅行中だとか。


 成人した俺の仕事は天気に左右される環境コンサルタントを主軸にして、手広く俺と助手の二人で何でもやっている、仮の姿は……ね。実際は気象のスペシャリストだ。

 ああ、はやりの気象予報士……ではない。

 ちょっと違う。……いや、かなり違う、かな。


 空を見ては人差し指を立てて、くるくると回していたり、手のひらを空に向けて広げていたりする妙~なヤツだと、自覚している。

 ただその仕草は実は俺にとって大事な作業なのだったりする。

 そのため何回も、職務質問を受けている。

 不肖の弟子ほどではないが切り抜けるのは毎回、大変なのだ。

 不肖の弟子は、ある事情のため毎回補導されかかっている。


「先生、良いんですか。このまま、何もしなくて…」

 と、声を掛けてくる彼は、ひょんな事から知り合った…、ん~と、弟子みたいなものか。

 色白で童顔、確か二十歳は過ぎていたはずだが身分証明書がなければ、

「親元へ帰れ、この家出少年め」ってね、放り出しているところだ。


「う……、一度、放り出されましたよ」

 近所の口さがない連中からは『ボクちゃん』と呼ばれている。あいつの親父も俺は知っているが、少々心配性かも知れない。

「ボクのことはいいんです。それより、あの大きな台風マーク、気にならないんですか!」

 つけっ放しだったテレビに出ていたニッポン州の天気予報が続いていた。人工衛星からの解析図面を指差して、仮にも彼の師匠である俺に怒鳴る。う~む、いい度胸だ。

「そんなことより、あれ二,三日後には直撃しますよ、首都圏に!」

 まぁ、彼の分析結果は正しい。というより、最近の天気予報も素晴らしい速さで解析技術が進歩しているから、彼でなくてもある程度の分析はできるのだが。何がそんなに彼を駆り立てるのだろう。


 確かに、超大型の台風が太平洋上をウロウロしていた。そう、ニッポン州がすっぽり入るほどの大きさの……。まぁ、直撃すれば床下浸水じゃ済まないくらいの被害が出そうだが、たまには、そういうことでもないと民衆に関心を向けることがないやつらも多いから。

 俺の親友を除いたとしても、そういう輩やからが少なくない世界だよ、政治家って言うのは。

「そんなにおまえが気にすることなのか、まったく」

 ずずっと、彼が淹れてくれたお茶をすすりながら、何があったかなと頭の中で検索を掛けてみる。……無い。

「何があったっけ……」

「先生…、もう忘れたんですか。出張ですよ、出張…。直撃コースの首都圏にって、さっき言っていたじゃないですか」

 少々疲れた風情で机に突っ伏した弟子がいた。


 ぽん。つい、左の手のひらに右拳を当てた。いい音がした。そう言えばさっき、契約したっけ。誰だったか、外国の大使だか国王だか来るからと…。

 ああ、そりゃマズい。マズすぎるな、そりゃ…。

 あの後、うたた寝をしたのがいけなかったんだな。そうか、そのためにあのスーツをビシッと着た男が来ていたのか。

「あ……ああ、そうだったな。確かにそりゃマズイな、直撃コースか。う~む、さてどうするかな……、どっかに適当な高気圧か低気圧うずまきいないかな…」

 最近、地球温暖化の影響をもろに受けているとやらで、ごく小型の台風がハリケーン級に発達することが多くなってきた。コースさえ外れていれば別に何の問題もないのだが、幸か不幸か我がニッポン州は遙か昔から、台風が直撃するケースが非常に多いからな。


 さっきのテレビに出ていたお姉ちゃんを含む気象予報士は検定やら何やらと速成栽培よろしく、世界中に大量に居るのだが、俺の商売敵は今のところ非常に少ない。

 というか不肖の弟子の『ボクちゃん』くらいだ。

 養成コースを立ち上げたいとは常々思っているのだが、だからといって悪用されても困る。それは非常に困る。

 使用法を間違えると、核爆弾よりも恐ろしい結果を生んでしまう危険性を秘めている。

 おいそれとは教えられないし、教える気もない。俺一人だから忙しいことは忙しいが、それを解消する術がないというのも辛いものがある。

 ああ……、「孫悟空」という猿の空想活劇の中に出てくる芭蕉扇という、巨大な団扇うちわが欲しいかも…。


 まぁ、とは言ってみるものの、このまま他の地域に回すというのも、後味が悪いというか芸がないというか逆に恨みを買うことになるのも確かに面倒だ。

 もっとも、巨大な台風を動かせる奴がいるなんて思う者はそう数いないだろうけど…。

 しかし、天気予報の予想した台風の進路を大きく外すことは出来ない。何故って、分かる奴には分かってしまうからだ。あくまで天気図に沿った形で解決させなければならない。本来、気圧の谷に関係ない動きをすること自体あり得ない話だからだ。

 だいたいそんな事したら後々、発覚したら厄介じゃないか。この能力が十分に使えていても荒事には向いていない。性格的にも、ね。基本的に好きじゃない。好きじゃないがこの能力はそうしたものも引き寄せる。

 結局、この能力は他人にはお勧めしないし、出来ない。

 地球や自然が好きな人たちが背負えばいいということだ。今のところ、人類が住める大地は地球だけなのだから……。とはいえ、宇宙空間に大地を建造する計画は始まって、寸刻みで形が出来始めている。


「よし。…え~と今のところ、おまえはどこまで出来ていたんだっけ……」

 弟子の『ボクちゃん』の出番でも作ってやるか、予定通りのプログラムを消化していれば、そろそろ、小さな渦を構成つくれる頃だからな。まあ、サボっていなければだが、彼は優秀なはず?(……何で、疑問符なんだ)だから大丈夫だとは思ったが、一応訊いてみる。

「ええっ、ボクですか」

 何を驚いている。折角の出番だぞ。

「今はロの章、第一段階第二活用の終盤です……けど」

 ふむ、それなりに努力しているな。イは、空の章、ロは、風の章、ハは雨の章と、各章ごとにプログラムは組み立ててある。なぜ組み立ててあると言うのかだが、不肖の弟子用に俺が考えたものだからだ。俺の時はそんなもん無かったし、特に必要なかったからな。


「よし、明日までに、あそこの地形を利用して低気圧でも高気圧でもいい、うず構成つくっとけ。つまらないものを構成ったらすぐにすからな」

そういって指差したところは首都圏のすぐ近く、入り組んだ形の入り江である。俺が初等科の段階でよく使ったところだから、まず間違いなく希望通りのものが出来るはずだ。

 小さな気圧の渦は普段でもすぐにどこにでも発生するし、それ自体は小さな能力しか保有していない。天気図の中に自然発生し、自然消滅を繰り返している。

 つまりは、バレないっていうことだ。誰がやったかなんて事はね。


「むー、大丈夫かなぁ」

「何ぶつぶつ言ってやがる、変な所の地形を使うから、あちこち行って手に負えなくなるんだぞ。俺が何回したと思っているんだ?」

 ぶつぶつ言っていたボクちゃんの顔がいきなり強ばった。なんて顔をしてやがる。

「し、知っていたんですか……」

「ふん、知らいでか」

 実は、最近、あちこちで竜巻が起きているが、これは不肖の弟子の仕業である。というか、テレビで予報されている低気圧に立ち向かった結果なのではあるが、如何いかんせんその立ち向かい方が良くない。風の流れを変える方向に迷った結果なのである。


 回転うずそのものを潰すやり方が普通であるが、そのための渦を構成つくる地形を間違うと、ややこやしい事になる。あまりに台風や低気圧に近すぎる地形だと、潰すどころかその被害を倍加してしまう。仮にも大自然に立ち向かおうというのだ、まともに当たったとしたら無事には済まない。逆にされるがオチである。気流や地形、海流などの情報を十分に理解し、活用しなければならない。

 へたな学校の情報量よりはるかに多い勉強をしなければならないのである。

 でもオレはしなかったけど…。(がんばって育てよ、不肖の弟子)

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