シャツとアイロン。

「改めまして、私は三浦由依と申します」



彼女はそう言いながら名刺を差し出してきた。

ほう。マーチか。やるやん。

やるやんとか上から目線で言ったがニッコマの俺より上位存在だった。



「今、私は映像身体学科という学科で映像のことを学んでいるんですが……」



彼女はそう言うと今現在学んでいること説明し始めた。



「そして出来れば今後の熊井さんの作品を映像でお手伝い出来ないかと思いましてご連絡をさせて頂きました」



ここまで映像制作費の話は出てきていない。

もし彼女の思惑がこの回でわかればいいのだがわからなければ探偵末松の出番となる。

正直可愛らしい年下の女の子の素性調査なんてしたくはない。

何故ならばストーカーみたいからである。

今までたとえどんなに女の子に振り向かれなかろうがどんなに相手にされなかろうがストーカーだけはしてはダメだと自分に言い聞かせて生きてきた。

人には誰しも他の人に見られたくない姿というものがあると思う。

それを勝手に覗き込んで判断してというのはとても勝手なことだと思う。

しかしそれは俺のポリシーだ。今一番大事なのはなんだ末松。


以前知り合った高田さんという人が言っていたことを思い出す。

高田さんとの出会いはあるバンドのライブだ。一人でライブに行くのが嫌だった俺はSNSで一緒に行ける人を探していた時に出会ったのだ。

高田さんは二十八歳の大人の男性で最初に一緒に行ってからというもの何回も一緒にライブに行ったりして子供の俺に相当よくしてくれていた。

ある時高田さんは最近結婚したんだということを俺に話してくれた。



「高田さんはなんで結婚しようと思ったんですか?奥さんとは出会ってまだ一年と少しぐらいしか経ってないですよね」



「そうだね。末松君はさ、どうなったら結婚ってすると思う?」



「それは……もちろん愛してたら結婚するんじゃないんじゃないですか?」



「違うな。そうしたら愛するってなんだと思う?」



「大好きが止まらない的な感じですかね?」



「それは大好きのままなんじゃない?」



高田さんは笑いながら言う。



「僕はね。損得勘定無しに目の前にいるこの子の為に今まで一人だった時には出来なかったことをやるようになったから結婚したんだよ」



妻どころか彼女すらいたことが無い俺にはてんでわからない話だったが高田さんは続ける。



「僕は今までワイシャツにアイロンってかけてこなかったんだよね。でもさ結婚指輪してシワシワのシャツ着てたらそれを見た人はどう思う?」



「だらしない奥さんなんだろうなって感じですかね?」



「そうだよね。別に嫁がアイロンかけようが僕がかけようかは関係なくて嫁がそう思われないように僕は毎回自分でアイロンをかけるようになった。それが嫁を立てるってことなんだよ。それが思いやるってことなのかなって思う。それに気づいたから僕は結婚したんだよ」



そう言っている高田さんの目は俺が見たことない目をしていた。

これが人が人を愛すということなのだと思った。

俺も今まで自分のポリシーや考え方でやる事とやらないことを決めていた。しかし初めて今まで一人では出来なかったことをやろうとしている。損得勘定じゃないこと。

いや、ちょっと損得勘定も入ってるかも。熊井さんに好かれたいとかいい顔したいとか。でもそれでも、そうだったとしても別にいい。

俺はまだ高田さんの言ってることはわからない。わからなくていい。今目の前にある事を全力でこなす。

出来ることはなんでもやる。がむしゃらに。

今一番大事なことを思い出した俺は覚悟を決め、目の前にいる女性に目を向けた。

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