明日世界が終わっても。
熊井さんが立ち上がりスマホの録画停止を押しに行ってる間も俺はずっと動かず拍手をしていた。
そして泣いていた。
「どうでした?」
彼女は泣きながら拍手してる俺を見ながら満足そうに尋ねる。
「感動しました。うっ……涙がぁ……」
「末松さんは泣いてばっかりですね!」
やれやれといった感じで、しかし嬉しそうに彼女は言った。
心地良い風が頬を撫でる。
俺は涙を拭いて熊井さんに思いっきりの笑顔を見せる。
それを見た彼女が笑う。
幽霊でもいい。
この人と一緒に過ごせるなら。
ずっととは言わない。せめてもう少し、もう少しだけ。
「さあ!撮影終わったので帰りますよ!」
彼女はもうすでにギターをケースに入れて撮影グッズも片づけ終わっていた。
欲を言えば幽霊じゃなくて生きてる状態がいいに決まっている。
しかしあまり望みすぎると全てを失うかもしれない。だからこのままでいい。彼女の幽霊のままで。
俺はそう思いながら立ち上がる。
「さて、帰りますか!」
俺は元気よく言った。
◇
「俺は幽霊~。俺は幽霊。ふふんふふふ~、ふふふふふんふん……」
帰り道俺は思わずさっき熊井さんが歌ってくれた曲を替え歌にして口ずさんでしまう。
熊井さんが歌ってくれた俺の歌を。
ここ大事だよ!俺の歌だからね!
吟遊詩人に歌われる英雄っていうのはこういう気持ちなのか。いい気分だ。とてもいい気分。
よく考えてみれば作詞作曲者の前で替え歌を披露するなんて失礼の極みなのだが嬉し過ぎるから仕方ない!
「気に入ってくれて私も嬉しいですよ」
替え歌に不快感を一切出さずに彼女はそう言った。
そして彼女自身もなんだか嬉しそうな顔をしてるように感じた。
「あとはちゃんと録音した曲を動画に付けて投稿するだけですね」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに答える。
「きっと百万再生も夢じゃないですよ!私はその自身があります!」
きっと百万再生ぐらいすぐにいくだろう。
百万再生なんて簡単にいかないというのは俺も熊井さんもわかっている。しかしこの曲はそれぐらいいってほしいという希望も込めて二人はそう感じていたのだ。
「曲自体は録音とかできてるんですか?」
「録音はですね……。出来てます!この前歌のところも録ってきたのであとは伴奏に合わせるだけなんです!」
「そしたら投稿まであと少しって感じですね!」
最初に俺が自分だけで考えた時は途方もないプランだったような気がしたけれど完成が目の前に迫って来たら意外とあっさりしている。
学校の文化祭もこんな感じなんだろう。
最初はみんな色々実現できるのか?って思っていても進み始めたら意外と形になるというのに似ている気がする。
俺も一応文化祭はやったことはあるからわかる!
陰キャでも一応役割みたいなのはあるんだもん!
色塗ったりとか地味な仕事ばっかりだったけど!
それでもやっぱり出来ていく過程を見るのは楽しい。
案ずるより産むが易しとは昔の人はよく言ったものだ。
本当にその通りだ。
歳を重ねると試すより頭の中で思考してしまうことが多くなってきてしまって困る。
俺もダメ元でYouTube投稿してみてはということを言ったがまさに案ずるより産むが易しってことか。
もしあの時その提案をしなかったら俺の事を歌ってくれた曲を聞くことはなかったかもしれないと思うとナイス昔の俺!間違いなく君がMVPだ!
「ここからもっと忙しくなりますね」
彼女はこの先の未来に胸を高鳴らせて言う。
「そうですね。一本上げて終わりじゃ話題にもならないでしょうから続けていきましょう」
もし明日世界が終わったとしても今日撮った動画が世界中に配信されたという事実は変わらない。
熊井さんが俺の為に歌ってくれたという事実も変わらない。
それがちょっと嬉しかった。
二人で楽しそうにしながら帰り道を歩く。
そんな事実も変わらない。
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