撮影。
俺に内緒というのはどういうことだろうか。
びっくりさせたいのだろうか。
考えても全然わからない。俺、よく考えたら女性とお付き合いしたことないし女性の気持ちなんて全然わからなかった。
まぁとりあえずこれでYouTube投稿の内容については熊井さんに一任するということでいいだろう。
そしたら他には何を考えればいいだろうか。
ふむ。いろいろ考えてみたが俺が考えることは特になさそうです。お疲れ様です。お先に失礼します。
曲も映像も熊井さん依存だし俺も別にプロデューサーとかなわけではないし。
元々音楽活動などは芸術的な分野なのだから外野がガヤガヤ言うのもちょっと違うのかもしれない。
そう考えたらちょっとは気分が楽になった。
熊井さんはベッドですやすや寝ている。
俺もちょっと横になるかと思いソファに横になる。
考えても仕方ないことは考えない。昔からの俺のポリシーである。
目を閉じこれから起こるだろうことに少しワクワクしながら眠りにつく。
目先の楽しみはやはり一曲目だろう。
多分素敵な曲なんだろうなと思いつつそこで俺の記憶は途絶えた。
◇
「末松さん!出かけますよ!準備してください!」
元気いっぱいな熊井さんの声で目が覚める。
出掛ける?どこへ?!
俺はボヤッとした頭で考えたがよくわからない。
「どこへ行くんですか?」
「撮影ですよ!」
昨日話してた撮影に行くのか。思ってたより行動が早くてびっくりした。
しかしこういうのは思い立ったらすぐにやるのがいいに決まっている。
やる気があるうちに行動を始めないと途中でダレてしまうものである。
かくゆう俺も考えたけれど実行に移すまでに時間がかかりすぎてやらなくなったことは星の数ほどある。
明日やろうはクソ野郎というやつだ。
「僕はいつでも準備オッケーですよ!」
熊井さんのこのいい流れを俺が引っ張りたくはないと思い軽快に答える。
「よし!では行きますか!」
彼女はケースにアコースティックギターを入れ、背負いながら言う。
ニコニコしながら玄関へ向かう彼女を見ながら俺も後ろに続いた。
◇
向かった先は家の近所にある都立公園。
桜の季節を超えて、緑は青々しく力強くなってきた頃だ。
とても大きな公園の中を俺達は歩いている。
スキップをしながら隣をとなりを歩いている熊井さんはルンルン気分のように見える。
「最初の映像は決めてたんです!」
俺はスマホを触ることが出来ないので撮影すると言ってもカメラマンの役割は出来ない。
外で楽しそうにしてる映像のミュージックビデオは確かに見たことがある。
しかしそれを作るのにはカメラマンが必要だ。
いったいどんな感じの映像を撮ろうというのだろうか。
「ここにしましょうか!」
彼女が連れてきたのは公園内の大きな原っぱのエリアだ。
「ここで撮影します!」
彼女は元気よく言う。
「えーと、どんなのを撮影するかそろそろ教えてもらってもいいですか?」
「私がギターを弾く、末松さんはそれを目の前で聞く!って感じです!」
えーと、うん?
どこを撮影するんだろう。
そう俺が思ってると彼女が説明を始めた。
「ここにスマホ置いて、斜め後ろ姿の私がギターを弾く。その前に末松さんが座って私の曲を聞く。以上です!」
めちゃくちゃアバウトだがなんとなく映像の構図はわかった。
「スマホを地面に置いてやる感じですか?あと熊井さんは弾く時に椅子とか座る感じですか?」
「スマホを置く台は持っていました!私は地べたに座ってやります!」
ふむふむ。大方わかった。
そしたらここからは俺の出番だ!!
「そしたら熊井さんが動画スタートのボタンを押して少し離れて座って弾き始めるっていうのはどうでしょう?」
「あっ!それなんかいいですね!ホームビデオの始まりみたいで!」
「そしたらちょっとテストでどんな感じかやってみましょうか」
俺達は何回かどんな感じに映るのかを試してみた。
最初に熊井さんが動画のスタートボタンを押しに来るの可愛い。
美人だからめちゃ画になる。そしてその後からは顔が見えなくなるっていうのがかなりいい。
ミステリアス風な儚いけど美しい的な。
「よし、この画角、ポジションで大丈夫そうですね!そしたら俺はここで撮影中大丈夫か見ときます!」
俺がそう言うと彼女はエッとした顔で俺の方に寄ってくる。
「それはダメです!末松さんは私の前にいないとダメなんです!」
「俺、幽霊だから映像に映らないですし」
「それでも末松さんが目の前で聞いてくれてないとダメなんです。この曲は……末松さんに向けて作ったんですもん」
最後の言葉は少し声が小さかった。
そして熊井さんの、彼女の頬が少し赤らんでいたようにも見えた。
「末松さんはここ!」
彼女は顔を隠すようにしながら俺を自分が歌う位置の前に座らせた。
「さて!いきますよ!」
彼女は動画撮影のスタートを押し、こちらに歩いて俺の前に座る。
「すぅー」
彼女は小さく息を吸い込んだ。
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