乞うご期待。

ふんふんふーん


可愛らしい鼻声を歌いながら家を出る準備を進めている熊井さんは可愛い。

うん。可愛い。すっごい可愛い。

なんかもうこれ新婚だよね。すっごい新婚夫婦みたいな光景。



「いってきますね」



「気を付けていってらっしゃい」



熊井さんは今日は事務所に行く日らしい。ちょっと熊井さんが何をしているか気になるから付いていってみようか。

いや、それは駄目だ。例え新婚だったとしても妻の職場についていく夫がこの世界のどこにいるだろうか。

お互いのスペースに踏み込みすぎないのが円満の秘訣に違いない!

あれ?俺達別に新婚じゃなくね?てか付き合ってもなくね?というより俺実体なくね?おかしくね?


新婚ごっこを満喫した俺は自分に体がないことに気づいて妄想をやめた。



さてさて。くだらない話はさておいて現実に目を向けよう。

いや、違うよ?死んでるっていう現実じゃないよ?あれはもう俺、現実だと思ってないもん。

俺は生まれた時から幽霊で尸魂界ソウルソサエティで死神になって現世にやってきて熊井さんと出会ったってわけ。

嘘です。ごめんなさい。全然生まれた時から幽霊じゃないです。


まぁ茶番はここまで!

パソコンを買いWi-Fiを導入した。そして音楽ソフトをインストールしたということは次のステップは曲を作りYouTubeに投稿するということだ。

曲の制作は熊井さんが順次やってるので俺はYouTubeをどんな感じにするかというのを考えていかないといけないということなのである。

別にやらないといけないわけではないが手伝うと言った以上俺もやれることはやりたい。それくらいの甲斐性はあるつもりだ。

曲のミュージックビデオだと考えると役者が演技してというような感じになるのだろうか。

それかアーティスト自身がスタジオを借りて豪華なセットの中で歌っているというのも考えられる。

最近だとアニメーションで表現するというものもあるな。


ふむ。無理だ。

全部とてもお金がかかりすぎる。

熊井さんは今すっからか~んなのでそこにお金を使う余裕はない。

こんなことになるんだったらもっといろんなアーティストのミュージックビデオを見ておくべきだった!

見るだけならそんなに手間ではなかっただろうしやればよかったと今更後悔しても遅い。

しかも!今の俺は自分でYouTubeみたりインターネットで検索できないからここから知識を増やすことが出来ないのである!

あゝ。なんて無力な俺。可哀想な俺。あゝ。

今のやつ曲に出来ないかな?熊井さんにお願いしてみよう。

知識を増やすことが出来ないならしかたない!お得意の想像(妄想)でなんとかするしかない!

想像するのは人一倍得意なのだ。大得意なのだ。

自分の想像(妄想)で少し元気になった俺は考えを巡らせ始めるのであった。つづく。





「ただいま〜。これからバイトなので着替えたらすぐ出ますね」



熊井さんはバタバタと家に入ってきてそのままバイトに向かって行った。


俺は熊井さんが帰ってくるまで思考に思考を巡らせ、この全知全能コンピュータの回路が焼ききれそうになるまで考えた。

もしかしたら頭から煙が出ていたかもしれない。

多重思考に多重思考を重ね、天文学的桁まで多重を重ねていたのだ。指数関数的にその計算量は増え全知全能コンピュータと言えどショート寸前まで追い込まれていたのだ。しかたない。


そして俺は一つの解にたどり着いた。

それはとても簡単で初歩的な事だった。

変数『x』の定義が間違っているような。

その後の多重思考は何も意味を成さなかったのだ。


それは……

熊井さんがどんな曲をやるかわからない以上どんなミュージックビデオを考えても意味のないことなのだということだった。





「ただいま〜。あれ?末松さん?うわっ!びっくりした!こんなとこでなにしてるんですか」



彼女は家に帰って来て真っ暗闇の中リビングで正座している俺にびっくりしていた。



「いや、電気つけれないんで座ってたんです」



「あっ。そういえばそうでした。ごめんなさい」



彼女はアッとした顔をしてすぐ口に手を当てて少しニヤニヤしながら言った。



その後彼女はお風呂に入り終わり、ゆっくり話す時間が出来た。



「今日ちょっと考えてたんですけれどミュージックビデオどんな感じにしようかなって思ってて、曲はどんな感じのやつを最初に投稿しようと思ってるんですか?」



あわよくば聞かせてもらえればラッキーと思いながらおれは淡い期待を込めて言う。



「あー!YouTubeに投稿するやつの?それに関してはどんな感じの曲とミュージックビデオにするかもう決めてるんです!」



俺はまさかミュージックビデオまで決めているとは思っていなかったので驚いて目を少し大きくした。



「でも、末松さんにはまだ内緒です!楽しみに期待しててください!乞うご期待!です!」



全知全能コンピュータが辿り着けなかった答えにすでに辿り着いていた彼女は嬉しそうに、ニコニコしながら首を少し斜めにしながら言う。


これが本当の乞うご期待かと関心したのは俺だけしか知らない。

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