木を演じることは難しい。
パソコンを購入してから数日で熊井さんが楽曲制作ソフトで簡単な短い曲のメロディーを何個か作っていた。
「なんとなく使い方がわかってきましたね」
さすが以前曲を作ったことがあるだけはある。
ちょっと触っただけである程度使いこなせてしまうなんて。
俺がちょっとやってみた時は使い方も全くわからないし、まず第一に曲というものがどういう風に出来ているかもよくわかっていなかったので曲を作るもクソもない。
ボーカル、ギター、ベース、ドラムというのがあってその四つでバンドが構成されているのは知っている。キーボードがいるバンドがあるのも知っている。
なぜ音楽にそんなに明るくない俺がちょっと詳しいかというとそれはもちろんアニメのおかげだ。
ゲームアプリやアニメ、声優さんが現実世界でバンドをやるというメディアミックスの作品があるのだ!
基本的に音ゲーと呼ばれる音楽に合わせてプレイヤーが何らかのアクションをとるゲームの中でスマホ向けにリリースされているものに関して俺は詳しい。
生き返って来た理由のアニメも元はスマホ用の音ゲーだったのだ!
とりあえず音ゲーがリリースしてみたらやってみる。
それが俺の信条なのだ。
そのせいで俺はちょっと音楽が詳しいと思い込んでいた時期もあった。
他にも曲作れればモテるかもっていうのもあったのだが。
しかし陽キャ達が学校でバンドをやり女の子達にキャーキャー言われてた時、バンドなんてやってるのは不良だけだと悪態ついていた陰キャの俺には全く曲を作る技術は無かったのだ。
正直に言えば俺だって女の子達にキャーキャー言われたかったよ!
バンドやってるやつらは確かにめっちゃカッコよく見えたし!
でも俺、陰キャだったし!
人前に立つの怖いし、スポットライトが当たらないように生きてきたのにいきなりスポットライトにガンガン照らされるのなんて無理!
幼稚園、小学生の時の学習発表会の劇では木の役しかやったことがなかったぐらいなのだから!
親には他の役にしたらと言われたが
『木っていうのはね、喋らないの。人間の役をやってる子達は自分も人間でだからいつも通りやればいいから簡単なの。でも人間以外、特に木とかはね人間とは違って難しいから僕はこれをやるんだ』
などとあたかも自分は高尚な気持ちでやるんだという感じで親に話したのを覚えている。
本当はメイン役やセリフがある役が怖かっただけだったのに。
怖かっただけならたくさん練習をすれば上手に出来たかもしれない。
たぶん親や先生も練習に付き合ってくれただろう。
それすらも俺は逃げてしまった。
それくらいに昔から自分にスポットライトの光が当たるのが怖かったのだ。
光が当たればその分影も出来る。
強く強く光が当たれば濃い影が出来るかも知れない。
しかし俺は意図的にその光が当たらないように進んできた。
だからその分スポットライトに照らされている人に憧れる。惹きつけられる。
そしてその影がどんなものなのかも知らない。
それは辛くしんどいものなのかもしれない。自分だけじゃ抱えきれないくらいのものなのかもしれない。
しかし俺は知らない。
何も知らない、わからない。
もし、あり得ない話ではあるが万が一もう一度チャンスがあったら次はその光の中に飛び込んでみようと思う。
光の中の暖かさ、影の深さを感じてみようと思う。
そうすれば少しは熊井さんに近づける気がする。
彼女の気持ちが少しだけわかるかもしれない。
次回!乞うご期待!と言った割には話は進まないし俺の回想ばかりで申し訳ない限りだがそれはそれでいいのではないだろうか。
人生もそういうものだろう。
進む時は一気に進むし、進まない時は全然進まない。
まぁおれの人生がずっと進まないでいるのはバグなのかも知れないけれど。
そんなくだらないことを考えながら俺は横目でパソコンで曲を作る熊井さんを見ていた。
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