おごりおごらせ。
「すっからか〜ん、すっからか〜ん。私の財布はすっからか〜ん」
買う寸前の不機嫌さは嘘のようにルンルン気分で買ったパソコンをぶらぶらさせている。相変わらず周りの人には俺は見えてないのにそこそこの音量でまるで俺が隣にいるような態度でいる。
実際それに俺自身は救われている。生きているのは熊井さんなので熊井さんの事を親身に考えるなら止めるべきなのかもしれないが居心地が良すぎてこの状況に甘えてしまう。もしかしたら俺はダメなやつなのかもしれない。いや普通にダメなやつだったわ。
それはそうとパソコンを買う前にぐちぐち言っていた熊井さんはやはり納得しなかった。
俺が詳しくCPUの話とかグラフィックボードの話をしてなんとか納得して買うに至ったわけで本当に大変だった。
最終的には安いもの買うとまた買わなきゃいけなくなって余計に出費することになりますよというのが決め手になったようだ。
今、鼻歌を歌いながら歩いているのを見るとある程度満足はしたらしい。そんな気分屋なところもかわいいなと思ってしまう俺はまさにラブコメの主人公気分になっていた。
「なんかお腹空いてきましたね」
すっからか〜んの人が何を言ってるんだとは思ったが結構長い時間家電量販店にいたのでお腹は空いてきたはずである。俺は幽霊なのでお腹は空かない。悲しい。
しかしすっからか〜んの人が何かを新宿で食べて帰るお金があるはずもなく多分牛丼かなんかしか食べることが出来ないだろう。
もし俺が生きていれば
「何が食べたい?連れてってあげるよ(キラッ)」
というセリフできゃー!かっこいい!が出来たはずなのに。
そういえば死ぬ時にポケットに財布入れてたな。
俺はおしりのポケットから財布を出して中を確認する。
一万七千円か。
そこそこ入ってるんだなと思ったがこの一万七千円は使えない。誰にも見えずもう誰の元にも渡らないお金なのだ。
一度でいいから女の子にご飯を奢ってあげたかった。女の子にご飯を奢るなんてイケイケ男子の定番じゃないか!憧れるぜ!
まぁそんな冗談はさておき、熊井さんには奢ってあげたいなと思う。
こんな形で出会わなければ、もっと違う形で出会えれば熊井さんに奢ることが出来たのかと思うと悔しかった。
でもこの形じゃなければ彼女に出会うことはなかったかも知れない。
イケてる男だから女の子に奢るんじゃなくて奢りたいから彼らは奢っていたのかもしれない。
俺にとってそれが熊井さん、彼女だったのだ。
俺は出したお金をしまおうとすると熊井さんが俺の手から一万円札を毟りとった。
「いっちまんえん!いっちまんえん!」
なんか聞いたことがあるセリフだな?
彼女は嬉しそうに一万円札を両手で握っている。
微笑ましい光景だ。
彼女は嬉しそうに一万円札を握っている?
普通に握れてるんじゃん。
現実には存在しないはずだった一万円札がなぜか彼女の手の中にある。
「焼肉に行きましょう」
彼女はニヤッと口を曲げて俺の方を振り向いて言った。
◇
「これとこれとこれで!」
安くもなく高くもないチェーンの焼肉屋さんで元気よく彼女は店員さんにオーダーする。
カルビ、ロース、タン。全部美味しそう。
焼肉というのは友人があまりいないと行く機会がない。
要するに俺はあまり焼肉に行ったことが無いのである。
俺はどの部位をどれくらい焼けばいいかとかはさっぱりなのだが熊井さんは慣れた手つきで肉を焼いていく。
油が滴りおいしそうな匂いが鼻の奥をつく。
彼女は一枚のカルビを取り、俺の方に皿を置く。
「今日は末松さんの奢りです。どんどん食べましょう!」
奢るのは俺のはずなのだが嬉しそうに自慢気に彼女は言った。
かくして俺は女の子にご飯を奢るという夢を一つ叶えたのであった。
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