虚美人。
「私、やっぱりパソコン、買います!」
やっぱり聞き間違いではなかったようだ。
先ほどはお金が無いとのことだったのにどうしたのだろうか。
「あれ?お金が無かったんじゃなかったでしたっけ?」
「いや、ある訳ではないんです。何かあった時用に使うお金はあるんです。今回それを使おうと思って」
それって非常用のお金ってことなのでは?
働けなくなった時とか病気してしまったとかに使うお金ならそれはまずい。
「そんな無理して買わなくても」
俺がそう言いかけると熊井さんは真っ直ぐ俺を見つめながらこう言った。
「確かに何かあったらヤバいかもですけどそんなに守備ばっかりしても何も変わらないかなってちょっと思ったんです。変ですよね。もうやめようと思ってるくらいだったのに何かあった時用のお金だけ残ってるの。それって結局今まで自分が攻められていなかったような感じだと思ったんです。末松さんにYouTubeやってみたらって言われるまでYouTubeやるなんて発想もなかったですし。私、自分が思ってたよりも自分を守ってたみたいです。だから今回使うことにしました!それに攻撃は最大の防御とも言いますし、防御型の私も今回は攻めに転じます!」
彼女は片手でかわいいガッツポーズをしながら俺に笑顔でそう言った。
彼女は覚悟を決めたのだ。これから攻めに転じる彼女はかつてみたこともない攻撃を繰り出すに決まってる。ここまで溜めてきたのだ地球が真っ二つになってしまうかもな!
そんな妄想をしながら俺は顔がニヤけてしまう。
「そうですね。今までの分まで攻めて攻めて攻めまくりましょう!」
二人で盛り上がる中、俺はふと思う。
YouTubeってどうやって投稿するんだろ。
意外と簡単なのかな?まぁ投稿するタイミングになればわかるか。
とりあえずパソコンの知識はそこそこあるから買うのに関しては手伝うことが出来る。今はそれで充分だろう。これから忙しくなるぞと思いながらも心はワクワクが止まらなかった。
◇
平日の昼下がり、僕らは電車に乗って街に行く。
まばらな空席。日が差し込む車内。
僕らは街に行く。電車に乗って。
なんか詩的でエモいな。そしてこんなことを頭の中で考えてるキモいな俺。
そんなこんな考えている間に電車は目的地へと着いた。
新宿、西口、駅の前。
俺達は有名な家電屋さんに来ていた。
「パソコンって買ったこともないんですよね。同じような感じなのに値段が何万円も違う」
パソコンというものはそういうものなのだ!
見た目は大して差がなくても内部に入っているものが違うと値段が天と地ほども離れる!
とりあえず熊井さんが必要としてるのは楽曲制作とYouTube投稿だからそこそこスペックがないとストレスがありそうだな。
「末松さん!これ!見切り品かなんかですごく安いです!二万九千円ですって!」
目をキラキラさせながら彼女が俺の方に駆け寄ってくる。
彼女が見つけてきたのは本当に最低限の機能しか積んでないパソコンだった。
「もっと高いもんだと思ってましたが意外と安いんですね。これなら楽勝です」
彼女は鼻が高くなったようなドヤ顔で俺の方に向く。
いや、可愛いけど!ドヤ顔可愛いけども!それじゃウェブサーフィンも禄にできないのよ!残念!
「熊井さん。それじゃ動画編集どころか楽曲制作もまともに出来ないと思います。こっちのやつにしませんか?」
俺がそう言いながら指差したのは十数万のパソコンだった。
「末松さん!これ!そんなに私が言ってたのと変わらないですよ!あのすごいカッコイイやつならまだわかりますがこれはほぼ一緒です!」
たぶん彼女が言ってるのは見た目の話なのだろう。
確かに外見だけではパソコンの性能というのは判断できないのだけれど流石に十万円以上変わるなら違うというのはわかってほしいものである。
俺は知ってる限りの情報を熊井さんに詳しく説明した。
「ようするに、これじゃないとダメってことですかね?」
若干納得してないような感じの声で彼女が反応する。
「そういうことです!先行投資だと思って買うしかないですね」
俺は極力明るい声で返す。
「それでもこんなに高いの買う必要が……」
ボソボソと文句を言うように彼女は続ける。
もちろん全ての問答の最中、幽霊である俺の姿は周りの人には見えない。よって彼女は一人で虚空に向けて話しかけている悲しい子なのである。
「やっぱり!これじゃなくて……」
そんなのお構いなしに虚空に話しかけている美人の姿がそこにはあった。
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