文々波浪。

「ただいまです」



夕方頃に熊井さんは帰ってきた。

なんか晴れ晴れしたしたような表情にも見える彼女はとても綺麗だった。



「さて、ご飯の準備をしないとですね」



彼女はそう言うと冷蔵庫の中から食材を取り出し始めた。

今日の日中に考えついた作戦をいつ彼女に伝えるか。

思いついた事をすぐに話したくなっちゃう主人公は困っちゃうぜ。

俺は熊井さんの様子を見つつソワソワしながら熊井さんが夕飯を作り終わってこちらに来るのを待っていた。

どんな感じで熊井さんに伝えようか。しっかりしたシナリオで話さないと伝わらないだろうからちゃんと順序立てて話そう。



「熊井さん、YouTubeやってみませんか」



熊井さんが野菜炒めを机に置くかどうかのタイミングで俺は唐突に話し始めてしまった。

あんなにしっかり順序立てて話さなければと思っていたのにド直球で話を始めてしまったのは俺が主人公だから仕方ないと思うことにしよう。



「えっと。末松さん、いきなりどうしたんですか」



まぁそうなりますよね。話が繋がってるのは俺だけで熊井さんとしてはいきなりそんなこと言われてもって感じなのは当たり前だ。



「熊井さん!YouTubeやりましょう!」



今度は先ほどより勢いよく俺は言った。

もうこうなったらいっそ勢いで押すしかない!



「いきなりかもしれないですけど最近はYouTubeで曲を出してる人もいるし熊井さんの歌が今よりも多くの人に届くようになると思うんです」



「まぁ確かにそうかもしれませんが、私あんまりYouTubeとか見ないのでどんな感じにやったらいいかとか全然わからないです」



彼女はそう言うと困ったという顔で俺の方を見る。

とりあえず俺は熊井さんにボカロの説明をしてYouTubeで何曲か見てもらった。



「すごいしっかり作ってありますね。ここまでちゃんと作るってなるとスタジオ入って録音してって感じですかね」



「いや!なんか曲を作るパソコンのソフトとかで作るってなんか聞いたことあります!」



「打ち込みですか。やったことないんですがどうなんでしょうね」



熊井さんに無料で使えるフリーソフトがあることを伝えると彼女はさっそく調べ始めていた。

ちなみに俺はソフトをダウンロードはしたものの、曲というものがどうやってできているのかは全然わからないので全く使いこなせずにアンインストールしたのは秘密だ。



「確かにこれならスタジオで録音する必要もなく楽器も買い揃える必要もないですね。ただ、私パソコン持ってないんですよ」



彼女はちょっと残念そうな感じで言った。

俺の家に行けばそこそこいいスペックのパソコンがあるはあるのだが首を吊っている死体のある家に熊井さんを呼ぶわけにはいかない。

そして何より鍵は閉まっているので外からは開けられないからパソコンを持ってくるのは出来ないのである。



「熊井さん。パソコンを買いましょう!」



パソコンが無いならパソコンを買えばいいじゃない!

パンが無ければケーキを食べるしパソコンが無いならパソコンを食べればいいじゃない!

それは違うか。



「買いたいのは山々なんですが残念ながらパソコンを買う余裕がないです」



彼女は苦虫を噛み潰したような顔で俺に苦笑いを俺に向けてきた。

俺は何も考えてなかった。安くても楽曲制作ソフトが動くパソコンなんて10万以上はしてしまう。


マリーアントワネットだったのだ俺は。

人の事情など考えず利己的で自分勝手。熊井さんに喜んでもらいたいという気持ちは本物だが彼女の事情なんてまるで考えてない自分勝手で身勝手な気持ちの押し付けだ。



「そうですよね。安い物でもないですし買おうと思ってすぐ買えるわけじゃないですよね」



若干自己嫌悪になりながら俺も苦虫を噛み潰したような苦笑いをした。

なんなら彼女の歌をみんなに聞いてもらいたいというのも俺のエゴだ。自分が満足する為に彼女を巻き込んではいけない。


一週間前の俺なら多分ここで投げやりになっていたと思う。しかし多分世界で誰よりも幸せな一週間を過ごした俺は今までとはひと味もふた味も違う。

これがダメなら違う方法を考えればいいんだ。

さて、どうやって彼女の歌を世界中に届けようか。


このエゴはどうやったって変えようがないな。

結果彼女が歌手になるという夢も叶うわけだしこのエゴは押し付けよう。

俺は顔を整え、笑顔になって言う。



「そしたら違う方法で熊井さんの歌を色んな人に届ける方法を考えましょう!」



「私、やっぱりパソコン買います!」



二人がいっせいにちょっと大きめな声で話出す。

ん?今熊井さんはなんて言った?パソコンを買う?



「今、なんて言いました?」



「私、やっぱりパソコン、買います!」

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