本物。

結局俺は熊井さんの家に居候することになってしまった。

『なってしまった』という表現方法をしたが決して嬉しくないわけではない。

むしろめちゃくちゃ嬉しい。羽が生えて飛んでいけそうなぐらい嬉しい。

言葉では表現出来ないぐらい嬉しい。


何よりもあの瞬間、彼女が泣きながら言ってくれた言葉は『俺』を必要としてくれている、そう感じた。

今までの人生で親以外から必要だと思われることはなかった。

友人にしろ、その他大勢の中の一人が俺だ。親友と呼べる人もいなければ呼んでくれる人もいなかった。

しかし今まではそれでもよかった。別に誰かにとって特別な人間でありたいと思ったこともなかったし、なろうという努力もしてこなかった。

けれど彼女の泣きそうな顔を見た時、この人にとって特別な人間でありたいと思ってしまった。この人の特別な人間であり続けたいと思ってしまったのだ。

自分がここにいていい理由。

今まで感じていた『なんか違う』という感覚がない理由。

たぶん彼女はそこまで色々考えているわけではないだろう。

少し寂しいから一緒にいる人が欲しかっただけかもしれない。

もしかしたら不要になれば出て言ってほしいと言われてしまうかもしれない。

でもそれでもいい。

彼女があの時くれた言葉はたぶん『本物』だから。



「末松さん、私はお風呂に行ってきます!」



ふっ。俺もこう見えて幽霊になるのは二回目なので熊井さんがお風呂に入るからちょっと覗きたいとか、シャワーの音だけでも聞きたいなんてそんな幼稚な発想はでないのだよ。

俺は紳士幽霊だからな。

ハッハッハッハッハッ!

そんなことを考えながら俺はふらふらとお風呂場に向かう。

おかしい!俺は変態幽霊ではないはずなのに足が勝手に向かってしまう!

これは超常の力が関わっているに違いない!

超常の存在になった俺が言うんだから間違いない!

いや、ごめんなさい。嘘です。

俺は単純に変態幽霊でした。

足が動いたのも自分の意志で、超常の力など全く働いてないのです。

しかしここで本当に覗いてしまったら本物の変態幽霊になってしまうと思い俺の足は止まった。



「お待たせしました。え?なんで末松さん泣いているんですか?!」



俺は泣いていた。自分の不甲斐なさに泣いていたのだ。

決して覗けなかったから泣いていたのではない。

本当に本当に覗けなかったからではない。

そんな俺の様子を見て彼女はフフフと笑う。



「末松さん、そろそろ寝ますよ」



彼女は元気よく俺に言葉をかけた。

またこの幸せな日々が戻ってくる。

また明日が楽しみで仕方ない。

どれくらい熊井さんと過ごせるかなんて今考えても仕方ないのだ。

全て走り抜けてからよかったか悪かったか決めてやる。

一度終わった人生だ!

後先考えないで進んでいくのもまた一興。

これから始まる!俺の幽霊生活第二章!

楽しまないでどうする!

今の俺は最強だ!

アニメを見るという目的を失ってしまった自分を奮い立たせるように俺は心の中で自分を鼓舞した。


彼女は手早く寝る支度を済ませて電気を消してベッドに横になる。

俺もソファに横になり目を瞑る。

ちょっと経てば真っ暗な部屋に目が慣れてきた。

俺はふと気になってソファの背もたれから顔を出して熊井さんの様子を覗いてみた。

少しの間熊井さんを眺めていると彼女はいきなり目を開けてニコッと笑った。

そして彼女は自分の体を少し後ろにずらし、目の前のスペースを手でトントンと叩く。



「今日は一緒に寝てあげてもいいですよ」



そう言う彼女の魅力的な笑顔から俺は目を逸らすことが出来なかった。

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