それでいい。

流れ始めるのは先週と変わらないキャラクターのやり取り。

一つ違うのはおれが生きてたか生きてないかということだけだった。


もしかしたらこれは全部夢で目が冷めたら家の前のテレビの前にいるのかもしれない。


しかしそんなことは全く無く、隣には綺麗な女性が座っている。

この人がいたからこの人がそばにいてくれたからたぶん俺はこんなに冷静にいられるのだろう。

最後の最後にこの人がそばにいてくれてよかった。

それだけで自分がいたことに誇りを持って行ける、消えることが出来る。

欲を言えばもっとこの人と一緒に居たい。

この人の夢の果てを一緒に見てみたい。

しかしそれは過ぎた願いなことは百も承知だがそれでも願ってしまう。


俺の物語は既に終わっている。

あの日、首を吊った日、そこで俺という物語は終わり、今はなんていうかエピローグ編みたいなものだ。

本編より遥かに面白いエピローグというのも滑稽だがこの一週間は俺が生きた二十二年間よりもしかしたら充実したものだったかもしれない。


そんなことを清々しい気持ちで思えるのも全部この人のおかけだ。

女の子と手も繋いだことない俺がまさかのまさかのキスまでしてしまうとは。

神様も最後にハッピーを残してくれたものだと感心する。

そういえば幸せの総量っていうのは決まっているというのを何かで見たような気がする。

ということは今まで幸せを感じることが少なかった俺には最後の最後で溜まってた幸せが一気に押し寄せてきたのかもしれない。

まぁ死んでるからこれはどうなんだと感じたのはナイショの話だ。



『この天気だからすぐ消えちゃうわよ』



『それでいいんだよ……それで』



その通りだ。

それでいいんだ……それで。

主人公のその言葉が俺の中にスッと落ちてきた。


そしてそのまま話は進み流れ始めるエンディング。

物語が終わりの時間が近づいている。



『チロリンチロリン』



『た、タイヘンですぅ〜!!』



キャラクターがそう言った瞬間に俺頭はフル回転した。

ま、まさか……!!

そして画面に大きく映し出される映画化決定の文字。

まだ物語は終わらなかった。

しかし不思議と俺の中にこの映画が見れなかった悔いは残らなかった。

たぶん満足しているのだろう。

思ってたより俺はそこまで欲深い人間ではなかったようだ。

なんならこのアディショナルタイムも貰えただけで満足しているからこそ悔いは残らなかったんだと思う。



「末松さん。まさかの映画化決定ですね」



彼女はこっちを見ながら笑いながら言った。

たしかにこれを見たくて幽霊になった人間が隣にいたら俺も笑いながらたぶん同じ言葉を言っていたと思う。



「まさかまだ続くは思ってませんでした」



俺も笑いながら返す。



「末松さん!!」



彼女が焦ったような大きな声で俺の名前を呼ぶ。



「体が……体が!!」



その言葉を聞いて俺もハッとして自分の手を見てみた。

透けている。

先程までは後ろのフローリングが見えなかったか手が透けてフローリングが見え始めていた。



「末松さん!!私はあなたにいっぱい感謝してて言わなきゃいけないこともあるのに……。それに映画だってまだ……」



笑ってる顔がとても素敵で可愛い彼女は目から大粒の涙を零しながら顔をグシャグシャにしながら俺に言う。



「私……いやです……末松さんがいなくなるの」



彼女はか細い声で俺を掴みながらそう言った。

こんな素敵な人を泣かせてしまうなんて最後の最後で罰当たりだな。これは地獄行き決定かな。



「熊井さん。俺の方こそあなたには感謝してるんです。たぶん昔の俺ならもっと大騒ぎしてると思います」



時間はたぶんあんまりない。

だからそこ慎重に考えて言葉を選ぶ。



「熊井さんと出会えたこの一週間は俺にとって宝物でした。熊井さんに俺はなんにも返してあげることはできなかったのが残念です」



「そんなことない……!私の方が末松さんにたくさんもらって……」



彼女はさっきよりももっと顔をグシャグシャにして言う。



「熊井さん……笑ってください。熊井さんが笑ってる顔が俺は一番大好きなんです」



その言葉を聞いた彼女は顔を上げて俺に満面の笑顔を見せてくれた。

涙でグシャグシャだったがほんとに可愛いく素敵な笑顔だった。



「素敵な笑顔だ。ありがとう」



先程おれは欲深い人間ではないと言ったがそれは嘘だ。

最後の最後にこの笑顔を望んでしまった。

そしてやはり彼女が大きなステージで歌ってるところを見てみたいと望んでしまった。

とんだ欲深い人間だったのだ俺は。


そして俺の意識はそこで途切れた。

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