私の幽霊

朝、目が覚めるとそこにはいつもと変わらない景色があった。

昨日までとは違う、いつもの景色。


怒涛のように過ぎ去ったこの一週間。

朝目が覚めるとソファに無造作に寝ている人の姿があった。

私にしか見えない幽霊。

私だけに話しかけてくれる幽霊。

私だけを見てくれる幽霊。


その姿を見ると何故か少しおかしくなって笑ってしまう。

幽霊なのに寝るなんてあまりに非常識ではないだろうか。

そんなことを毎朝、毎朝、思いながら笑みがこぼれてしまう。

しかし今日の朝はその非常識な幽霊の姿がない。

ただいつもの日常が戻ってきただけだ。

何も変わらないはず。

何も変わらないはずなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう。

どうして涙が溢れるのだろう。

変な人。

泣いてると思ったらとても満面の笑みを浮かべる人。

口下手だけど必死に思いを伝えてくれる人。

私に歌う楽しさを思い出させてくれた人。


たった一週間だったけれど毎日が楽しかった。

朝起きるのが苦痛では無く楽しみになっていた。



ああそうかやっぱり私は―。



今日は事務所に行かないと行けない日だった。

朝ごはんの準備をして早くあのソファで寝ている幽霊を起こさないと―。

もう起こさなくて良くなったことを忘れていた。



「なんで……」



目から出る涙が止まらない。

拭っても拭っても涙が次から次へと流れ出てくる。

感情が溢れ出してくることを止めることが出来ない。

私はこんな人間じゃなかったはずだ。

もう涙も感情も枯れたと思っていた。

それでも涙は止まらない。



『何を思ってるか、何を考えているのか。

聞かせてください!あなたのことを!』



彼の言葉を思い出す。


そうか止めようとしなくていいんだ。


それが私だ。


見失ってしまっていた私というものだったのだ。


止まらない涙を拭うのを辞めた。


拭わなくていいということを彼が教えてくれた。



「末松さん……」



嗚咽に似た声が漏れる。


小一時間泣き続けた私は徐ろに鏡の前に移動する。

そして思いっきり笑顔を作った。

そこには涙でグシャグシャになったひどい笑顔が映っていた。

しかし今ならこの笑顔が一番いい笑顔だと思える。

彼が大好きだと言ってくれたこの笑顔を。

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