ゆらゆらと。
日付が変わり、バイトから帰ってきた彼女は鞄の中に入っていたDVDをテーブルの上に積み上げ始めた。
「堀さんがこんなにDVDくれました!お風呂出たら見ていきますよ!」
そういうと彼女は素早く洗面所に消えて行った。
彼女はお風呂から出てくるとすぐに化粧水やら乳液やらを塗り、髪を乾かし準備万端という表情で俺の方を向く。
「おまたせしました!続きです!」
そう言いながら彼女はDVDプレイヤーを操作し始める。
オープニングの音楽が鳴り始めアニメが始まる。
二人でワクワクドキドキしながら画面を眺める。
この時間が堪らなく心地いい。
楽しい時間を共有している感覚。
ずっと一人で見てきた世界を隣で同じ世界を見てくれる人がいる感覚。
今まで感じたことない幸福感に満たされる。
ああこれが幸せというものなのかもしれない。
今まで『へー、アニメ見てるんだ』と言われた事もあった。
決してそれを恥ずかしいと思った事はなかったが進んで人に言う事もなかった。
残念ながらイケメン陽キャがアニメ見てるのとブサメン陰キャがアニメを見ているのでは違いがあるのだ。とても大きな違いが。
イケメン陽キャがアニメ見てるとキラキラのピカピカな感じがするがブサメン陰キャが見てるとドロドロのベチャベチャな感じがする時もある事を俺は知っている。
大好きなアニメを俺が見ている事で周りに見下されて見られることが何よりも嫌だった。
けれど彼女は違った。
俺が見ているアニメもキラキラのピカピカにしてくれた。
それがほんとうに嬉しかった。
それがほんとうに幸せだった。
「末松さん、ごめんなさい、眠さの限界が……」
最終回前まで後二話というところで彼女の眠さの限界が来たみたいだ。
仕方ない、普通の人はこんな時間まで起きてないしむしろ慣れないアニメをこんなに一気に見てることはほんとうにすごい。
「明日は今日よりちょっとバイト早めに行って帰ってくる日なので明日帰って来たら見ましょう。いや、明日って言うよりもう今日ですね(笑)」
彼女はそう俺に言うとベッドの中に入っていった。
今日は土曜日。
今日と明日でこの生活は終わり。
熊井さんと過ごした五日間は俺の残念な二十二年を帳消しにしてくれた。
彼女は相変わらずベッドに入ってからすぐに眠りについていた。
俺はソファーから立ち上がると玄関に向かった。
もう一度自分の部屋を見ておこうと思ったのだ。
特に愛着が部屋にあったわけではないが4年過ごした部屋だし最後に
玄関をすり抜けるマンションの階段を降りると見慣れた街が広がる。
四年過ごした街。
そんなに時間が経っているわけではないが懐かしいと感じた。
ゆっくりと街を歩く。
深夜二時、街は静まりかえって光が漏れているのは居酒屋とコンビニぐらいだ。
そんな街を歩き十分ぐらいで俺の部屋に着いた。
自分の部屋の玄関をすり抜けると見慣れた光景が広がっている。
まだ死体は見つかってなかったか。
可愛そうな俺の肉体。
まだ誰にも見つからず隣の部屋でぶら下がっているのか。
思ったより感傷的にならなかったのは熊井さんのおかげかもしれない。
この部屋で毎日夢にまでみたことを今俺は出来ている。
それだけで十分だった。
相変わらず部屋は暗いが飾ってある
このフィギュアを買うのにお小遣いをだいぶ貯めたっけ。
慣れないクレーンゲームでめちゃくちゃ失敗しながら店員さんの助けも借りて取ったっけ。
たくさんの思い出がこの子達には詰まっている。
俺が生きていた証であり、俺の誇りだ。
「あー、タバコ、吸いたいなぁ」
机に無造作に置いてあったタバコとジッポライターを見て思わず口に出る。
そういえば五日間も禁煙出来たのは初めてかもしれない。
意外とやればできるもんなんだなと思う。
無理だとわかっていてもタバコに手を伸ばしてみる。
タバコの箱の位置まで左手を伸ばして掴む仕草をする。
予想に反して左手にはしっかりタバコの箱が握られていた。
箱から一本タバコを取り出し口に咥える。
右手を伸ばしライターを取る。
ジュポ
ジッポライターの油の匂いが鼻の奥に届く。
ジュ
タバコに火が付く。
それを肺の中に吸い込む。
久しぶりの感覚、ヤニクラは無い。
ゆっくりと煙を吐き出す。
煙がゆらゆらとタバコから立っていた。
神様も最後の一本ぐらいは許してくれたのかな。
まったく粋なことをしてくれる神様だ。
短くなったタバコの最後の一口を吸い込み灰皿で火を押し消した瞬間に左手のタバコ箱とライターは俺の手から滑り落ちていった。
◇
俺は熊井さんの部屋に戻っていた。
ベッドではすやすや寝息をたてている彼女がいる。
あー、やっぱり可愛いな。
見た目とかだけでなくこの人自体が可愛い、そう思うのだ。
ずっと寝顔を見てるのは流石に変態かもしれないが少しだけ許して欲しい。
神様、あと2日だけ許してください、そう思った。
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