死と生とアールグレイ。

「まさかぁ!そんなはずないじゃないですか。末松さんは面白い方ですね」



彼女は笑いながら言う。

もしこれが合コンだったらいい滑り出しだろう。

まぁ俺は合コン行ったことないんでわからないんですがね。


さて、どうすれば信じてもらえるか。

答えは単純明快だったので実践に移してみる。


俺はコップを持とうとした。

俺の手は無論コップをすり抜ける、彼女はあんぐりと口を開けていた。

口開けて間抜け顔で驚いてても可愛いなぁ。

まったく、こんな笑顔を奪おうとしたトラックの運転手は許せん。世界が許しても俺が許さない。



「本当に幽霊さんなんですか?」



幽霊『さん』!

生前思ってたことがあるんですよ。

なんで可愛い人はいろいろなものに「さん」を付けるのだろう。

そんな単純そうで複雑な命題は死後の俺にも襲い掛かってくる。人は考える葦である。俺もまた然りということか。

難しそうな言葉で表現してみたが何が言いたいのかわからなくなったのでやめた。



「そうなんです。幽霊さんなんです」



ふっ。もう何度も同じ轍は踏まないさ。

「しゅ」この言葉のせいで何度俺が恥ずかしい思いをしたことか。高校生の時も初めの挨拶で



「末松でしゅ!」



とか言ったせいで三年間ニックネームは「しゅえまつ」だったのだ。

思い出したくも無い黒歴史。

穴があったら入りたい。むしろ穴を掘って入りたい。



「なんで末松さんは私に見えてるんですか?」



俺は答える。



「それは、、俺が君の運命の相手だからだよ。(キラッ)」



と言う妄想をしてみた。恥ずかしくなった。



「いやぁなんでですかね!知らないと思うんですが昨日ちょっと認知されてるかの実験をあなたにさせて頂いたんですが、そのときは見えてなかったっぽいですよ!」



彼女が

えっ?ストーカー?

みたいな顔をしたので(俺の被害妄想かも)俺は慌てて言い直す。



「いや!変な感じじゃなくて!変な意味じゃないでしゅ!」





俺は誤解を解くために切り出す。



「非常に情けない話なのですが」



俺は今までのことをざっくばらんに彼女に話した。いろいろうまくいかなかったこと、精神的に子供であったこと。

そして衝動的に自殺をしてしまったこと。


彼女も自分のことを話してくれた。

彼女は二十三歳。俺の一つ年上で、出身は宮城県。小さい頃からの夢である歌手になりたくて十八歳の頃上京してきたそうだ。

チャンスをいまだ掴めないでいること。元あるじはバイト先の後輩であること。

そしていまだチャンスを掴めないでいる自分が悔しくて情けなくて、もう宮城に帰ろうかと考えていること。

そして彼女は俺に尋ねてきた。



「死んだら救われましたか?楽になったんですか」



彼女の言葉の真意はわからないが、彼女は間違いなく俺よりも苦労をしてきている。

五年も夢に向かって追いかけるなんて俺にはとんでもじゃ無いが不可能だと思う。

そんな彼女に向かって俺の死んだ理由を話すのが情けなくて恥ずかしかった。

死んだら救われたことなんてなんにもなかった。

楽になったこともなんにもなかった。

初めて女の子に淹れてもらった紅茶も飲めない。

愛しいものフィギアコレクションに触れることもできない。

人に話しかけることもできない。

テレビの電源を入れることもできない。

なにひとついいことは無かった。


彼女の問いかけは深く俺の胸に刺さった。


生きることそれは辛いこともあるし悲しいこともある。けれどそれがあるから楽しいことも嬉しいこともある。


『不幸とは幸せだと気づけない事 』


ボカロの歌が頭の中にこだまする。

あぁそうか幸せだったかもしれなかったな俺は。

何もかも早かったかもしれない。

せっかちはこれだから困るんだよ。


湯気を立てていたアールグレイはいつの間にか冷えていた。

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