僕の名は。

彼女は非常に上手く警察等の対応をこなし、一応検査ということになったので病院に向かう救急車の中に乗り込んでいった。


え?うん、しれっと俺も救急車乗り込んだけどね?

いや、え、あれですよ、あれ!

彼女からしたらなんでこの人事故現場残るの?って思うかもしれないじゃん?

だからまぁ念のためね?


彼女の検査は特に問題なく終わり、検査結果は右足首の捻挫のみだった。

湿布を処方され彼女(と俺)は帰ることになった。



「ほんとにありがとうございました」



彼女は病院が見えなくなってから大きく頭を下げた。



「あっ、おっ」



こんなシチュエーション一回も経験したことない俺は声にならない声を出しながらおどおどした。



「なにか事情があるみたいですが、今回の件に関してはほんとに感謝してます。あなたがいなければ私は……」



「と、とりあえず、何もなくてよ、よかったでしゅ」



いやぁ俺キモイ。超キモイ。キョドりまくり。最後噛んだし。

てかさまず、おかしい。アニメの主人公はニートコミュ障設定あるのになんで彼らは可愛い女の子とスラスラと話が出来てるの?

普通俺みたいになるでしょ!普通!

でしゅ。とか言うよね普通!



「熊井梨子です」



「おっ。あっ。えーと」



「名前です」



彼女は苦笑にも似た表情をしながら言う。



「私は熊井梨子と言います」



「っ。うっ。僕は、末松和彦。といいましゅ」






拝啓、シナリオライター様。

もしこの世界にシナリオライターがいたならば、そのシナリオライター様に俺は土下座で感謝を述べるだろう。


そう。俺は。


初めて女の子の部屋に来た。


やばいね!なんでこんないい匂いするの!

同じ人間なのになんで男の部屋とこんな違うの?

これがあのニコラ・テスラですらわからなかったというあれですか!


なんだろう。この居るだけで満たされた気持ちになる空間は!

意外と女の一人暮らしの部屋は汚いというまとめサイトのスレを見たことあるけど嘘だね!俺わかんだからね!


そんなことを考えてるうちに彼女は自分の分と俺の分の紅茶を持ってきてくれた。

部屋の中が紅茶の芳醇な柑橘系の甘い香りに包まれる。

知ってる、知ってる。これはリ○トンだな!



「アールグレイ好きですか?よろしかったらミルク入れてくださいね」



そう言いながら彼女は牛乳パックをテーブルの上に置いた。


そう!アールグレイね!知ってたよ!むしろあなたが好きです!



「紅茶あまり好きではないですか?緑茶もありますが」



俺が手を付けないでいると彼女は気を使って言ってくれた。

いや、紅茶好きです。むしろ朝昼晩三食紅茶ぐらい紅茶好きです。嘘ですごめんなさい。

如何せん俺は


『コップに触れられない』


触れようと思ってもすり抜ける。

あぁ神よ。なぜあなたは私にこんな試練をお与えになるのでしょうか。


彼女は不思議そうに俺を見ている。

普通に考えて紅茶出されてるのに触らず喋らずというのは変な話だ。

正直言うと本当のことを言ったら嫌われるのでは、避けられるのではと思っていた。それが嫌だった。

しかしこの気まずい状況も嫌なので俺は意を決して言うことにした。



「あの……僕、ほんとは死んでるんですよ。いわゆる幽霊ってやつですかね!だからコップ触れないんでしゅ!」



ああ、また噛んだ。

目の前が真っ暗になってセンターに運ばれてくれと心から願った。

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