第2話 君は知っているか?人を殺せる魔術について。



どうしてだか、分からない。

でも、俺はまだ……「死んではいけない」はずだ。

霧島カイトはもうここにはいない。あの日を境に人間であることを忘れて生きることにした。

今はただ、目的の達成を願うのみだ。それを叶えてしまえば、もうあとは何もいらないから。




魔術は人を救うためにあるべきなのにどうしてこうも複雑になってしまったのだろうか。強い力を目にすればやがて人はどう使えば自分の利になるのか考える。そしていろんな人間が自分のために力を使いたいと騒ぎ出す。アレが欲しい、コレが欲しい、アイツが奪った、アレのせいで、ココさえ無ければ…等と散々だ。

彼らが行き着いた先に待っていたのは魔術を使って人を殺せたらどんなに楽か、ということだった。魔術士は人を殺すことができない。これは普通の人間に無い力と引き換えに受ける代償だ。精神を崩壊させたのちに自我を失い人としての価値までも失ってゆく。そして大抵は死んでしまう。魔術士のもつ、殺しの代償というものは戦争に役立たず、殺さない戦い方を徹底させられるものだった。



時代が移り、新たな魔術に関心が高まる。

名を黒魔術という。

人を殺しても術者が死なない魔術、などと言われ、その上威力は絶大だった。

黒魔術が脚光を浴びたのはそんなにいい話ではない。戦争に使えそうだと判断されたからだ。

戦争は誰もしたくないと言い張るが、力は手元に置いておきたい。どの国も考えることは一緒だ。殴られた時に殴り返せないのならば力尽くで奪ってしまえるから。そんな時に仕返しができる、牽制ができる、そのために武器が欲しい。それを保有していないと怖くて仕方がない。

黒魔術が求められて研究が盛んになって、現代に至る。日本は戦争放棄を掲げていたため黒魔術を知ってから慎重な判断を迫られた。国の中でも黒魔術に関して誰も責任者がいない。見放されたり置いてかれたり何かのきっかけで体制が狂った時、危うい立場に追いやられてしまうことは分かっていた。だから、誰か、力になれる存在が欲しかった。黒魔術のことに専門的になれる国民が欲しかった。


魔術省の黒魔術課はそのようにして始まる。

国立魔術高専を首席で卒業し、入省した先は魔術省の黒魔術課であったが、そこでは黒魔術の情報を管理する最も大きな機関だった。しかしそれでも黒魔術は書類や外から受けた情報でしか理解は進んでおらず、まだまだ謎の多いものだった。

魔界の調査をしたい。黒魔術発祥の地にある、それはどんなものなのか、できるだけ対応力の高い優秀な魔術士を派遣したい。日本のトップの偉い方々がそんな風に考え出す。

特定の人間にしか分からない範囲で立ち上がった組織が魔界調査班だった。



五名の官僚が適任だと判断され、俺たちは魔界で命の危機に遭遇しながらも任務を遂行した。

黒魔術の調査には戦闘能力は必須で、高学歴である必要があった。魔術省に入省したからには学歴に関してはクリアしているものの、魔術に反応する体質や戦闘の向き不向きなどは完全に個性によるものだ。選ばれた五人は全てにおいて非常に優秀であると判断され、国を代表して動き出すことが決まった。俺はその役目を任された時、自分で良いのかと少々不安にはさせられたが、それ以上に魔術の研究を愛し、未知の魔術を好き好んでいた性格だったものだから、好奇心がやや強めに出ていた。もちろん恐怖はあったが、元から魔術研究のために死ねるならそれほど幸せなことは無いと考える人であったから、旅立つ時に感じたものはもう日本で美味しいご飯を食べて実家に帰って寝ることはできないかもしれないなと、寂しさを覚える程度の事だった。高専の親友には軽く挨拶して、「しばらくは会えないけど、仕事だから頑張る」とは伝えた。高専でお世話になった恩師にも挨拶しておけば良かったのだが、あの人は勘が鋭いから、顔を合わせるのに俺自身が日和ってしまった。結局、よく俺を可愛がってくれていた先生には何も告げずに旅立つ事にしてしまい、ほんの少しの罪悪感を覚えた。もし、任務中に自分が不幸にも死んだとしたら先生にはただひたすら申し訳が立たない。

だから後になって、ちゃんと挨拶するべきだったなと、後悔していた。









その先生とは、2年後に再会することとなる。

先生の名を、榊原ヨウといった。

榊原先生は魔術倫理教師で、国立魔術高専の教員だった。

魔術師としての貫禄があって、噂によると凄い腕の持ち主で治癒魔法を使うことも出来る上に戦闘力にも長けているらしい。学生の頃、先生の腕を拝見することはなかったが、伝説のようにそんな噂話だけは有名だった。

白髪の混ざったグレーの髪がダンディで、ワイングラスがよく似合う顔立ちをしている。酒豪でもあるが、酒に呑まれる訳でもない。渋い声と見た目によらず可愛らしい部分は、アイス好きであること。新作アイスが出ればコンビニでひょいと買ってきてはペロリと食べてしまう。「霧島くんもどうだい?」といつも分け与えていた記憶がある。納豆味のアイスを買ってきた時にはさすがに断ったが、変わったものも時々食べてみると面白かった。それと、還暦も近い年齢……だからなのか、やたら温泉に行くことを好み、その趣味に俺はよく連れ回されていた。



彼は倫理の教師であると同時にクラスの担任の先生でもあった。

高専生の間はずっと榊原クラスで育ったので、4年間みっちり時間を共にしている。

だからこそ俺は榊原先生の勘の鋭さに怖気づいたのだろう。全て見抜かれてしまうような気がして、あの人の前で簡単に嘘は吐けなかった。仕事のことだから先生は気づいても何も言わないと思うが、その沈黙が変な緊張感を与えてきていた。



だから、日本に生還した後も仕事のことを思うと榊原先生に会うのだけはどうしても避けたかった。

危険な任務から、生きて帰って来れて良かったねなどといった言葉じゃ済まない。

それもそのはず、同僚が全員、生きて帰って来れなかったからだ。

遺体も何もかも全部向こうの世界に置いていってしまった。大切に保管できたものは、先輩のくれた手紙やボイスメッセージ、制服や武器など、彼らが身につけていたものであった。それらの思い出だけが孤独に生き残ってしまった自分の唯一の形見になっている。

一番辛かったのは、3歳から一緒に育って、同じ榊原クラスで毎日顔を合わせていた幼馴染が、もう、自分の隣に立っていない事だった。

自分が半分欠けてしまったような気がして失ったものはあまりにも大きかった。魔界から帰還した直後の俺は、元の人格であったのかどうかも怪しいくらい、酷く精神を病んでいたから死ぬ事について常に頭の中で考えていた。死に場所を探し出して、ようやくここだと決めた時に、何か、頭にこびりつくような変なものに取り憑かれた気がした。直感的に全身を触り、振り払おうとすると、ぽとりと小さな黒い物体が床に転がったのに気づく。それを見て、俺は一つ大きな事を閃いた。

せっかく、死ぬのなら人体実験をして死のう。

転がっていたものは、魔界の生物であった。悪魔と呼ばれるものでまさか、自分の服や体に引っ付いてここまでついてくるとは思わなかったから、衝撃を受けたのだが、俺の体は生還した頃に黒魔術が扱える身体になってしまっていたから、悪魔の研究と共に実験を始める事にした。

その時に、もう人として生きるのを辞めようと思った。

これからは人体実験のためだけに生きると、そう決めた。

目的は死んだ幼馴染を悪魔と黒魔術の力で蘇らせること。それが可能かもしれない、そう思わせられたから、俺の身体は再び魔術のために動き出した。もう一度奮い立って、もう少し悪あがきをしてでも、実験を成功させてみようと思った。

その途中で体が蝕まれて死んだら、それはそれで、幸せなんじゃないかって。誰かを思いながら死ねるのなら、研究の果てに死ねるのなら、それが幸せなのだと、本気でそう考えていた。



そうやって、固い意志を決めた時期に、その人は現れた。

笑ってしまうくらい、偶然にも都合が良すぎるタイミングで嫌気が差した。

魔術省を辞めることができて、やっと自由になれたというのに、また誰かが自分を縛ろうとしてくる。これが運命であると言うように。


俺の人生を変えさせたのは、

あの時、挨拶すらしなかった高専時代の恩師—————。


榊原ヨウだった。

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