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寒さに震えながら目が覚めると、午前十時を少し回っていた。板の間に布団を敷いただけに寝たので、背中や腰が痛んで起き上がるのに苦労した。
新しい家。昨日の午前中に引越し屋に運び込んでもらった家財道具と段ボール箱が、部屋の一角を陣取っている。今日からゆっくりと片づけていくのだ。部屋と、私の人生を。
家、といっても家賃四万円のボロアパートの一室を借りただけだ。贅沢は言っていられない。夫に慰謝料もなにも求めるつもりはないから、貯金がなくなる前に仕事を探さなければいけない。
学校へはもう行かない。私は疲れてしまった。生徒たちの目、保護者達の目、それと対峙することができなくなってしまった。私は教師失格だ。時間に縛られたり決められた通りに物事を進めるのが嫌いな私にはもともと向いていなかったように思う。昨日、電話がブーブーなっていたのは、夫からか、学校からか、きっと両方だろう。どちらも私が一所懸命に尽くしていた時には目もくれなかったクセに、一たび消えていなくなるとすぐに責めてくる。私は家畜じゃない。責任感や義務感に翻弄されるのはもう沢山だ。
「日用①」と書いた段ボール箱を開け、トースターとコーヒーメーカーを取り出し、床の上でパンを焼き、コーヒーを作った。食材はほとんど置いてきたから、また買い揃えなければいけない。パンをかじりながら、次々に箱を開ける。「GUN」と書いた箱には私の大好きな黒い銃たちをみっちり詰めてきた。ハンドガンはCZ75、ベレッタM92F、コルトM1911、AMTオートマグ、スィグP226、パイソン357マグナム。サブマシンガンは
私がトイガン、つまりオモチャの鉄砲なんかを好きになったのは、夫の影響だ。結婚して間もない頃に夫が仕事の同僚たちとサバゲーにハマり出し、私はその頃、夫のやることはなんでも真似したかったから、くっついて参加し、いつのまにやら夫よりもガンシューティングにハマっていた。実銃を撃ちにアメリカに行ったことも三度ある。一番好きな銃はCZ75だ。デザインが最高にいい。グリップは小さめで女でも握りやすい。学校に行くときもいつもバッグのなかに入っている。べつに護身用というわけではないけれど。
まだなんにも片付いていないのに、銃を床に並べて鑑賞する。ベレッタを取りあげ、マガジンに弾が入っているのを確認してコッキングし、段ボール箱に弾を撃ち込む。パン、パン、パン、と乾いた音をさせて弾が出る。白い弾は気持ちいいくらい段ボールをぶち抜く。いつの間にか、昨日の風呂場を思い出して夢中で全弾撃ち込んで、弾がなくなってスライドが後退したとき、そうだ、お店に行こう、と思った。お店と言うのは、大久保にある「ハーディン」というシューティングバーのことだ。十五時から開いているはずだった。私はCZ75とMP7を選んでバッグに詰め、部屋を出た。外は吹く風こそ冷たかったが、日光が当たっているところはとても暖かだった。
街はクリスマスムードにわいていた。昨日は逃げることに必死で周りを見る余裕もなかったが、沢山の若者で賑わっている。私はマフラーを深めに巻いて顔を隠して歩いた。生徒に見つかっては厄介だ。いずれは新しい部屋の近くで店をさがそう、と思った。
「ハーディン」は開いていた。似合わないのにクリスマスの飾り付けなんてしている。店内にはほとんど客はいなかった。通されたブースの隣では四、五人、二十歳前後の若い男女がタバコの煙にまみれながら的を狙って騒いでいる。昼間っから何してんだこいつら、と、私は自分のことを棚に上げ、席に腰を下した。ふと隣を見ると、金髪の女の子が撃っていた。私は目を疑った。
愛情は6ミリで 射矢らた @iruya_rata
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