第8話 キスの感触
意識が
もともと、アルコールに強い方ではない。視界が狭まり、物が揺らいで見える。
「もうやめた方がいいよ」
と柏木君が言う。
彼と再会したのは偶然だった。
私は、カッちゃんを探して街を歩いていた。彼と初めて会った場所である、昔バイトをしていたカフェを訪れてみたとき、たまたまそこに柏木君がいた。
店内で少し会話をした後、飲みに行かない? と誘われるまま、近くのバーに入ったのは、カッちゃんに嫌われるようなことをしたかったからだ。
「どうしてやめた方がいいの?」
と私が聞く。
「もう酔いすぎてるから」
「酔わせるつもりで誘ったんじゃないの?」
「違うよ。それに今日の瑠奈ちゃん、ちょっと変だ。言うこともそうだし、服もメイクも。前に会ったときと違いすぎる」
私は、白のキャミソールに黒のミニスカートを履き、頬には桃色のチーク、唇には濃いローズの口紅をひいていた。カッちゃんが嫌うタイプの服とメイクだ。
カッちゃんが、私を置いて去っていこうとしていることは確かなように思える。私には、その理由がわからない。だから、わざと嫌われることをして、そんな女だから捨てられるのだ、と納得したかった。
「ねぇ、柏木君」
「何?」
「あなたのこと、カッちゃんて呼んでもいい?」
「は?」
「あなたカッちゃんでしょ」
「ああ、僕が柏木だから?」
「うん」
「まあ、いいけど……」
「じゃあ、カッちゃん」
「何?」
「キスしない?」
「ここで?」
私は黙って頷き、カウンターの上に置かれた彼の左手に指をからませ、膝をコツンとぶつけた。してほしいときに、私がカッちゃんによくする合図だ。
彼は一瞬困った顔をしてから、それでも、私の首の後ろに手を置いて、口づけてきた。
「もう一回」
「うん」
今度は少し強く。唇で唇を二、三度食むようにしてから、舌をからめてきた。彼の整髪料のにおいが鼻をくすぐる。
「ふふふふふ……」
「どうして笑ったの?」
「あなた、カッちゃんじゃない」
「は?」
「感触も違うし、においも違う」
「いい加減にしてよ。僕は、瑠奈さんの亡くなった……」
と柏木君が何か言いかけたとき、誰かが後ろから腕を掴んで、私を立ち上がらせた。
「瑠奈、帰るよ」
そう言って、私を引っ張って歩き出したのは紗英だった。
*
駅前の公園まで歩くと、紗英は私をベンチに座らせ、自動販売機でウーロン茶を買ってきてくれた。
「はい、これ飲んで」
「ありがとう。……でも、どうして紗英がいるの?」
「柏木君から、私と千佳に連絡があった。瑠奈が変だから来てって」
ウーロン茶を一口飲んでから、私は聞いた。
「私って、変かな?」
紗英は少し考えてから言った。
「今の瑠奈は、ちょっと変。でも、あんなところでキスした柏木君も変だし、彼と瑠奈をくっつけようとした私も変だった。二人ともに悪いことしちゃったね」
「ううん、紗英は変じゃないし、柏木君も変じゃない。キスしようって誘ったの、私だから」
冷たいウーロン茶を飲んで、夜風に吹かれているうちに、酔いは覚めてきていた。柏木君にひどいことをしたという後悔が込み上げてくるのと同時に、なぜ? という疑問が湧く。
「どうして、私と柏木君とくっつけようとしたの? 私にはカッちゃんがいるのに」
紗英は、
「それ、少しちょうだい」
と言って、私の手からウーロン茶を取ると、一口飲んでから、しばらく考えていた。
彼女の横顔を月の光が照らしている。
「そうだね。瑠奈にはカッちゃんがいるね。でも、これだけは忘れないで。瑠奈には、私たちもいるってこと」
そう言って、紗英は優しい笑顔をつくった。
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