第2話 恒星と惑星の関係
愛し合った後、枕元の灯りだけつけて、私はカッちゃんの講義を聴いた。
彼が行っている研究のテーマは、簡単に言えば、太陽系の外に地球と同じような惑星を探す、ということだった。
太陽系の外にある惑星を一つ見つけられるだけでも大発見で、しかも、そこに生命が存在し得る、つまり、水が存在する惑星を発見できれば、それはもう天文学史に残る偉業であるらしい。
カッちゃんは、左手の拳を握りしめ、それを指さしながら言う。
「いいか、これが
「はい」
たった一人の生徒が返事をする。
「この恒星のまわりを、惑星がこう、回っている。太陽系で言えば、地球がそうだ」
そう言って、カッちゃんは握り拳のまわりで右手の人差し指をぐるぐるさせる。
「太陽系の外にある惑星を観測したいとき、どうすればいいと思う?」
「はい、先生」
「裸の君」
「感度の高い望遠鏡を使えばいいと思います」
「と思うだろう。ところが、それだけじゃダメなんだ」
私は、この講義をもう何度も聴いている。ここでカッちゃんの使う比喩が好きだった。
「恒星を灯台、惑星をそのまわりにいる蛍だと思ってほしい。灯台の光が強すぎて、蛍の光は消されてしまう。太陽系の外にある惑星を観測することの難しさも、それと同じだ。恒星が明るすぎて、惑星を直接観測することはできないんだ」
そのために、いろいろな方法が工夫されている。その中の一つがドップラー法というらしい。
「恒星は引力で惑星を引っ張っているが、惑星も引力と遠心力によって恒星を少し引っ張っている。だから、恒星の自転軸が少しだけブレるんだ。太陽系の外でも、恒星なら地球から観測しやすい。その恒星の自転軸のブレに周期性があれば、そこに惑星が存在するとわかる」
もう一つの代表的な方法をトランジット法というらしい。
恒星と地球との間に惑星が位置するとき、日食の原理で、恒星からの光が弱くなる。
その弱まり具合と周期、さらに自転軸のブレを考え合わせることで、恒星からどのくらいの距離に、どのくらいの質量を持つ惑星が公転しているかまでを推測できる、という。
細かいことは私にはわからないけれど、ともかくそういう理由で、カッちゃんは日々、膨大なデータとにらめっこしているのだった。
講義が退屈になってきたので、私はカッちゃんの握り拳を左手で、右手の人差し指を右手で掴んだ。
「恒星がカッちゃんで、惑星が私。私はいつも、カッちゃんのまわりをぐるぐる回ってる」
「逆だろう。瑠奈が恒星で、俺が小さな惑星だ」
私はカッちゃんの人差し指をぱくっと口に入れて、舌先で指をなめた。
「惑星を食べるな」
耳たぶを噛んで、首にキスをして、胸に、お腹に……と唇を
カッちゃんは、私より一回りも年上で、私とは比べものにならないほど頭が良く、腕力も強い。
ベッドの中にいるときだけ、そのカッちゃんを支配している快感に酔えるのだった。
もう一度愛し合った後、私は口をすすいで、カッちゃんと自分用にカモミールティーを淹れた。
ヨーロッパでは古くから不眠症の薬としても使われてきたこのハーブは、興奮をしずめ、眠気を催させる。
私はベッドに戻ると、カッちゃんの胸を枕にして眠った。
*
翌朝、私が目を覚ましたとき、カッちゃんはもういなかった。
テーブルの上に、おにぎりもカモミールティーも一口も手をつけないまま置いてある。
最近のカッちゃんの、こういう冷たさは何なのだろう?
少なくとも、付き合い始めた頃はこうではなかった。カッちゃんの部屋で一晩を過ごした夜など、翌朝、私が帰ろうとすると、駅まで送る、と言ってついてきて、そのまま一緒に電車に乗り、結局、私の部屋まで来て、また泊まっていったりした。
同棲を始めたことが良くなかったのだろうか。男は束縛すると逃げていくという。
スマホに新着メッセージが1件届いていた。
紗英からだった。昨夜の誕生日会が盛り上がったことを伝える内容に、楽しそうな写真が添付されている。
カッちゃんはLINEをしない。メールもあまり好きではない。
それでも、昔はちゃんと返信をくれていた。
最近は、私が一方的にメールを送って、最後に返信をもらったのは……いつだろう? 思い出せない。
私は、シャワーを浴びながら、不安と寂しさが込み上げてきて、下唇を噛んだ。
髪を乾かしてセットし、メイクをして、いちばん好きなチュニックに着替える。そして、昨日プレゼントされたイヤリングをつけて、鏡に顔を映し、
「大丈夫。私は愛されてる」
と自分に言い聞かせた。
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