高瀬雅也#2
麻里絵と一緒に住むにあたり、俺たちは籍を入れることにした。
麻里絵は大層喜んだが、俺自身は麻里絵への愛情などほぼなく、麻里絵が独り立ちできるようになったら離婚すればよいと思っていた。
相手はまだまだ子どもで、無関係の大人と一緒に暮らすには大義名分が必要だったからそうしたまでだった。
別に俺がその役を買って出る必要はなかったのかもしれない。しかし実の親よりも俺の事を案じてくれていた安達夫妻に、俺ができる唯一の恩返しは『麻里絵が自立するまで見守る』ことぐらいなのだと感じていた。
火事の前に受験していた高校から合格通知が届き、麻里絵は晴れて高校生となった。
『高瀬麻里絵』として。
結婚し、麻里絵との生活が始まっても俺は相変わらず海外出張に飛び回っていた。いや、結婚したことで評価が上がったのかますます仕事は忙しくなっていった。
そんな日々が数ヶ月続いたある日、久し振りに家へ帰ると麻里絵から「子どもが欲しい」と切り出された。
麻里絵が高校へ入ったばかりであること、俺は忙しくてほとんど家にいてやれないことなどを説明し、寂しければ家に友だちを招くかペットを飼えばよいと言った。それに対し麻里絵は一言だけ呟いた。
「ホントの家族が欲しい」
そういえば結婚してからも手を繋ぐ事すらしてこなかった。麻里絵に同情はしても愛情をほとんど感じていなかったからだ。そもそもあの火事がなければ結婚して妻を持つこと、子どもを作って父親になることなど考えてすらいなかった。
だが俺は麻里絵に「わかった」と答えた。
そうだ、麻里絵には家族が必要だ。俺と離れてもそばにいてくれるような、麻里絵と血が繋がった家族が。
麻里絵が妊娠したのはそれから半年後だった。出張から帰ってきた俺を待ち構えていた麻里絵は、妊娠検査薬を握りしめ少し赤らんだ顔で「赤ちゃんができた」と言った。そして次に麻里絵が言った言葉に、俺は血の気が引いた。
「これで三人ずっと一緒だね、パパ」
麻里絵は悪阻に苦しめられていたものの、嬉々として出産の準備を始めていた。
お腹が目立つ前に高校の休学手続きをし、妊婦に良いとされる健康法を片っ端から試していた。俺は相変わらず忙しく、身重の麻里絵を残して出張に飛び回っていた。
赤ちゃんのため、としつこくせがまれ、『あだち』のあった跡地に家まで建てた。結婚して子どもまで授かったのに麻里絵に愛情が持てず、ましてや父親の自覚なんてない俺の罪悪感の表れだった。自分の家があれば「家族」の実感が湧くのではないかという思いもあった。
麻里絵は毎日幸せそうだった。
まだ膨らんでもいない腹を愛おしそうに撫で、日に日に完成に近づく我が家を事あるごとに訪ねていた。
新居が完成する少し前、仕事から帰った俺はイライラしていた。俺のせいではないミスで損失を出し、責任を負わされたのだ。
「ただいま」
いつもより少し棘のある声になってしまっているのは自覚していた。玄関ドアを閉める手付きも乱暴だった。
「おかえりなさい、パパ」
リビングに入った俺に返ってきたのはいつも通りの明るい麻里絵の声だった。
「ねぇ、今日ね、病院で……」
俺の様子がいつもと違うことなど意に介さず麻里絵は今日あったことを話し始めた。
その時、気付いた。麻里絵も俺を愛しているわけではない。家族を構築するピースの一つとして俺が必要だっただけなのだ。
その考えに辿り着くと、目の前で幸せそうに話をしている麻里絵が知らない女のように思えた。
「疲れてるんだ」
麻里絵の話を途中で遮り、浴室に向かおうとした。
「待って!大事なことなんだよ。パパなんだからもっとちゃんと話を聞いて」
今まで俺の言うことに反抗なんてしたことがなかった麻里絵が、そう叫んで俺の腕を掴んだ。
それを振り払ったのは、咄嗟の行動だった。
その一瞬で全てが失われると知っていれば……。俺はこの行動を一生後悔することになる。
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