二階堂翔太#6
都ちゃんから送られてきた最後のメッセージに動揺し、返事をすることも寝ることもできないまま朝を迎えた。
寝不足のダルい体を引きずるように大学に向かうと、少し前をよっくんが歩いているのが見えた。小走りして隣に並ぶ。
「おはよ」
「……おはよう」
僕は早速昨日のことを相談することにした。
「女の子って何考えてんだろうな~?」
「……俺、前に『高瀬さんに謎がある』って言っただろ。……あれ、会田さんに言われたんだ」
「あー、やっぱり」
「会田さん、相当お前のことが好きみたいだな」
「そうかなぁ」
「もしくは、相当高瀬さんが嫌いか」
その可能性は考えていなかった。でも高瀬さんの事情をあちこちに言いふらすのは、どう考えても悪意があるように思える。
「こえぇ」
「どっちにしろ、会田さんに好意がないなら、本人にちゃんとそう言った方がいいんじゃないか」
「でも告白されたわけじゃないし……」
「そうか。……じゃあ翔太の方から高瀬さんに告白して『付き合ってる』ってことをアピールするしかないんじゃないか」
「はっ?」
僕が?高瀬さんに?告白する?
「じゃないと会田さんも諦めないだろ」
「ででででも、オッケーしてもらえるとは限らないし……。現に!『パパがいるから誰とも付き合わない』って……」
「それも会田さんが言ってるだけだろ。とりあえず本当かどうかを確認するところから始めたらどうだ」
そうか。そうだった。年齢のことと介護が必要なパパがいること以外、本人からは何も聞いていないんだった。
僕はさっきより少しスッキリとした頭で大学の門をくぐった。
昼休み、中庭のベンチでお弁当を食べている高瀬さんを見つけた。
周りには誰もいないようだ。
「高瀬さん」
声をかけるとちょっと驚いた様子でこちらを見たが、僕だとわかると笑顔で手を振ってくれた。
「あれー、翔太くん一人なの?珍しいね」
ナチュラルに名前を呼んでくれたことに軽く感動する。
「うん。高瀬さんは?一人?」
「うん。なんだか外で食べたくって」
梅雨が明けたばかりでこれから徐々に日差しが強くなってくる。
屋外で食事をするには今の気温が限界なのかもしれない。
隣に腰かけると、お弁当箱を片付けている彼女に意を決して話しかけた。
「高瀬さ……」
「ふふ。麻里絵でいいよ。おあいこ」
「麻里絵、ちゃん」
「そうそう」
二人で顔を見合わせて笑う。なんだこれ。やばい、可愛い。
「付き合ってください」
考える間もなく口に出してしまった。
「え?」
「あ、好きです!」
順番もバラバラだ。第一告白するつもりなんてなかったのに。
何を言ってるんだ、僕は。
「えっと…」
「突然でごめん!でも初めて見た時から気になってて……」
「ごめんなさい!」
僕の言葉を遮るように麻里絵ちゃんが頭を下げた。
「私、お付き合いはできないの」
すぐに言葉が出なかった。……振られた!一瞬で!
「……それはパパがいるからってこと?」
「うん。パパには私がついててあげないとダメなの」
『他に好きな人がいるから』という返事じゃなくて少しだけホッとした。
でも、理由が『パパ』とは……。
「……そっか。僕のことは……どう思ってる、のかな?」
「……正直に言うと、好きなんだと思う。でもパパが……」
都ちゃんが言っていたことは本当だった。
麻里絵ちゃんにとって一番大事なのは麻里絵ちゃん自身でも、ましてや僕なんかでもなくて『パパ』なのだ。
「……麻里絵ちゃんは、ほんとにそれでいいの?」
「え」
「僕と付き合えないっていうのはわかった。でも、それは僕のことが好きじゃないからじゃなくてパパが一番大事だからっていうんなら……僕はいつまで待っても麻里絵ちゃんの一番になれないってことなのかな。『パパ』はそれを望んでいるの?」
言っているうちに感情が溢れ、まくしたててしまった。
だって、何より『パパ』が優先だなんて。恋愛もせずずっと『パパ』と一緒にいるっていうのか。
僕の勢いに押されたのか麻里絵ちゃんは俯いてしまった。
「……ごめん。言い過ぎた」
麻里絵ちゃんがゆっくり顔をあげた。泣いてはいないが、目は潤んでいる。
黒い瞳が僕の目をじっと見ている。
「『パパ』が大事なのはわかったよ。
でもそれとは別に、僕が麻里絵ちゃんのことを好きなことはわかって欲しい。
それでもし僕のことを少しでも好きでいてくれるんなら、付き合ってほしい。」
麻里絵ちゃんは何も言わない。怒っているのだろうか。僕が勝手なことを言ったから。
遠くでチャイムが聞こえる。もうすぐお昼からの授業が始まるという合図だ。
いつまでもここで話をしているわけにもいかない。
「返事はいつまでも待つから。考えて、それでもやっぱり付き合えないっていうならそれでもいいから。ただ、よく考えてほしい」
「うん。わかった」
麻里絵ちゃんが頷く。そしてもう一度僕を見た。
「じゃあね」
彼女は、笑っていた。
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