二階堂翔太#5

水族館を出た僕たち四人は、少し早いが飲みに行くことにした。

ヤマケンがアルバイトしているダイニングバーはマスターの気まぐれでオープンする日や時間が変わるらしい。今日は昼過ぎからやっているそうで、ヒマだから誰か連れて飲みに来いと言われたそうだ。


バーに向かう途中、気付けば僕の横を都ちゃんが歩いていた。高瀬さんはヤマケンと笑いながら前を歩いている。

「イルカ、すごかったねー」

都ちゃんが屈託無く笑う。よほど楽しかったのだろう、心なしか頰が紅潮しているようだ。

「そうだね」

僕も笑顔で答える。だけど、心の中では以前の合コンでの彼女を思い出していた。

「今度、よかったら二人で行かない?」

都ちゃんは積極的だ。僕に対する好意を隠すつもりはなさそうだ。

答えあぐねているとスルッと僕の腕に腕を絡ませた。

「えっ?」

「行こ?」

上目遣いに僕を見る。きっと大概の男(ヤマケンを含め)はこれで落ちるのだろう。

ただ、高瀬さんが見せた自然な笑顔や振る舞いを思い出すと、都ちゃんのソレはとてもわざとらしく、もっと言えば安っぽい芝居のように感じられた。

なんと言って断ろうか。返事に困っているとヤマケンのアルバイト先に着いた。

「またみんなで行こう」

ドアを開けるのを理由にさりげなく腕を解きながら答えると、都ちゃんは心なしか怒ったように店に入っていった。


ノンアルコールカクテルだけの飲み会は都ちゃんが終始不機嫌なオーラを放っていて、なんとなくギクシャクしたままお開きの時間を迎えた。

帰る方向が同じということでヤマケンは都ちゃんを、僕は高瀬さんを送って行くことになった。

都ちゃんは最後まで不満そうだったが、表面上は笑顔で僕に手を振って帰って行った。


高瀬さんの家は僕のアパートから一駅先にあった。駅から歩く道すがら、僕たちはまた色々話をした。ホントのところはもっと高瀬さんのことを知りたかったのだが、あまり自分のことを話すのは得意じゃないみたいだ。

僕はずっと気になっていた『あの事』を尋ねてみた。

「高瀬さんって、年上なの?」

「あー、都ちゃんに聞いた?」

「まぁ、うん」

「別に隠してるつもりはなかったんだけどね、言いそびれちゃった」

「あ、じゃあ……」

「うん、私今21歳」

3歳も上。きっと社会に出ればこんな年の差大した事ないんだろうけど、学生の僕たちには結構大きな差だ。

「そうなんだ。大人っぽいと思ってた」

「だからお酒飲んでもいいんだよ」

高瀬さんが珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「やっぱりビックリしちゃうよね。みんなひいちゃうかな」

「ひかないよ!年がちょっとくらい上でも勉強したくて学校に来てる人なんだから何も間違ってないよ」

強めの口調でそう言うと高瀬さんはビックリしたようだが、ふっと表情を和らげた。

「ありがとう、いい人だね。二階堂くん」

「翔太、って呼んでくれていいよ。むしろ……」

むしろ何なんだよ。てか名前で呼んでくれなんて恥ずかしい事、よく言えたもんだよ。


大きな家の前で高瀬さんが立ち止まる。

「ここなんだ。送ってくれてありがとう」

「いや、全然……」

「じゃあまたね、翔太くん」

はにかむように笑って高瀬さんはドアの向こうに消えた。


あぁ、やっぱり僕は高瀬さんが好きだ。

年上だって構わない。お父さんのこともあるから簡単には付き合えないだろうけど、高瀬さんも僕のことが嫌いというわけではないようだ。

今日見た色々な笑顔を思い出すと顔がニヤける。

つまらないはずの僕の話を一生懸命聞いてくれて、笑ってくれた。

そうだ、僕は彼女に恋をしたんだ。


歌い出したくなる気持ちを何とか抑えアパートに帰ると、スマホにメッセージが入っているのに気付いた。

『今日は楽しかったね。でももっとお話したかったなぁ。また遊ぼうね!』

都ちゃんからだった。高瀬さんからではないことに露骨にガッカリしてしまった。

続いてもう一行メッセージが届いた。


『ねぇ。麻里絵ちゃんって、パパがいるから誰ともお付き合いしないんだって』

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