高瀬麻里絵#2

ある日の授業終わり、教室で同じクラスの会田さんから声をかけられた。

「麻里絵ちゃん、来週末の土曜日って空いてる?」

名前で呼び合う程仲良くなったとは思えないけど……私は女友達が少ないし、今どきの女の子同士ってそういう距離感なのかな。

「多分空いてると思うけど、どうしたの?」

ヘルパーの河村さんは基本的に平日しか来てもらえない。とはいえ、今までも何度か土日に来てもらったこともあるし聞いてみないと。今うかつに返事はできない。

「実はね男の子たちと遊びに行こうって話になってて。一緒に行かない?」

「男の子?」

「同じクラスの翔太くん、あ、二階堂くんたちなんだけど」

一瞬胸がざわついた。昔飼っていた犬に似ているというだけで、二階堂くんに勝手に親近感を抱いていたのだ。新学期の飲み会で話して以来挨拶と軽い世間話くらいしかしていないが、授業の前後なんかに二階堂くんを見かけると何だか落ち着く。

でも会田さんはその彼を名前で呼んでいる。

もしかして付き合ってるのかな?

まぁ……私がつべこべ言う筋合いではないのだけれど。

「今日帰ってから返事するのでもいい?」

初めは断ろうと思っていた。きっとパパも心配するし、河村さんだって本来休みなのだから迷惑をかけてしまう。でも……何故だろう。二階堂くんともう少し話をしてみたい。好きなものは何だろう?地元ではどんな生活を送っていたのかな?教室で話しかけるのは恥ずかしいけど、一緒に出かけられたら……。

「うん、連絡待ってるね!」

そう言って会田さんは教室を出て行った。


家に帰るとまず河村さんに来週末の予定を尋ねた。

「大丈夫ですよ。一日中空いているので」

休日出勤を嫌がるどころか嬉しそうにすら見える。パパといられるから?

河村さんが帰った後、パパに来週末のことを話した。

「誘われただけだからまだ返事はしてないの」

「いいじゃないか。行ってきなさい。勉強だけじゃなくて友達も作らないとな」

パパの目が少し潤んでいる。ホントはイヤなんだろうか。パパに無理をさせたくない。

「イヤならそう言っていいんだよ。最近パパとの時間もあんまり取れてないし……」

「いいんだ。麻里絵が勉強や友達に興味を持ってくれて嬉しいんだよ。俺のことは何も気にしなくていいから」

久しぶりに見るパパの笑顔。あぁ、そうだった。この人はこんな風に笑って、こんな風にシワができるんだった。

「パパ、ありがとう」


約束の日、朝から学校近くのカフェで待ち合わせをした。

遅れないように少し早めに来たつもりだったが、すでに二階堂くんが神妙な顔で待っているのが見えた。

「おはよう」

声をかけると少し驚いた様子だったが、すぐに顔をクシャクシャにして笑った。さっきまでキリッとした顔をしていたのに、なんだか子どもみたいに見えた。

「おはよう」

あぁ。この人は、こんな風に笑うのだ。


都ちゃん(名前で呼ぶように言われた)とヤマケンくんもすぐにやって来て、四人で水族館に行くことになった。

ヤマケンくんはどうやら都ちゃんのことが好きらしい。気付けばヤマケンくんと都ちゃん、私と二階堂くんの二人ずつで歩いていた。都ちゃんはチラチラ後ろを伺っていたので、きっと二階堂くんと話したかったのだと思う。


二階堂くんとはとりとめのない話をした。

よっくん(原田くんのことだ)を含めた三人の高校時代の話や苦手な英語の授業の話、アルバイト先の変なお客さんの話などなど。

一生懸命私を飽きさせないように話を続ける二階堂くんはすごく誠実で、男の人に対して失礼かもしれないけれど、可愛らしく見えた。

二階堂くんは私にも何か話して欲しそうだった。でも私には話せるようなエピソードが浮かばない。パパの話はこんな明るく楽しい場にはそぐわない気がした。


イルカショーの前にお手洗いに立つと、都ちゃんも同じように席を立った。

「ねぇ。正直なところ、翔太くんってどう思う?」

鏡ごしに目を合わせながら尋ねられた。

「すごく誠実な人だね。それになんだかワンコっぽい」

面白おかしく答えたが、きっと都ちゃんの望む返答ではなかったのだろう。

「好き?」

単刀直入に切り出された。

「嫌いではないけど……わからない」

正直に答えた。そう、自分の気持ちがわからない。誠実で可愛くて良い人で、気になっているのは確かだ。でも恋愛感情なのかどうか、判断ができなかった。

私は恋をほとんど知らないから。

「私ね、結構好きなんだ。翔太くん。麻里絵ちゃんがよければ応援して欲しいな」

都ちゃんは『彼を好き』と言い切った。自分の気持ちを率直に言える、そんな彼女を羨ましく思った。

だけど、応援するとは何故かどうしても言えなかった。



「ごめん、何とも言えない」

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